守護竜プロメテウス10
翌日。金紅の竜舎内にある会議室にて、ラドロンの異常個体に関する報告があった。
「アルトリーゼ公爵からの報告だ。異常個体の単為生殖が確認された」
ライラ師長がそう報告すると、会議室内が騒然となった。
「静かにしろ」とライラ師長の鋭い声が響く。
その一言に、室内はぴたりと静まり返った。
「基本的に、ラドロンが卵を産むのは一ヶ月に一度だ。しかし、刑吏の一族が一ヶ月間隔離した異常個体は、一週間に一度卵を産んだそうだ。しかも、メス単体で」
それが本当なら、異常個体が恐ろしいスピードで増えていることになる。
あの恐ろしい魔物が、大量に襲いかかってくるかもしれない。
私はその光景を想像し、ぞっとした。
「しかし、異常個体の単為生殖は不完全なものだ。というのも、生まれた子供はすべて、数時間以内に死亡している」
不完全という言葉を聞いて、室内の緊張がわずかに緩んだ。
それでも、ライラ師長の表情は厳しいままだ。
「今の段階では、卵を山ほど産んだとしても、それが直ちに脅威となる可能性は低い。だが、異常個体が人為的に生み出されたものだとすると、さらに改良される可能性がある」
「そして」ライラ師長はちらっと私に視線を向けた。
「天青の神殿にいる水棲竜が狙われたのは、完璧な単為生殖を行うラドロンを開発するためだと思われる」
私の脳裏に、ルーチェの水槽で大暴れする大型ラドロンの姿と、それを使役するマスカルンの姿がよみがえった。
現在、天青の神殿は、セイレニア教の襲撃を警戒し、警備が強化されている。もう二度と、エンリカ様たちの日常が脅かされることがないようにと、そう願っている。
「竜と互角に戦える大型ラドロンも確認されている。人や竜を守るために、我々竜医師はこれまで以上に、覚悟を持って職務にあたらねばならない。だからこそ、竜のどんな異常も見逃すな。少しでも疑問や違和感があれば、それが気のせいであろうと報告しろ。以上だ」
「解散」ライラ師長はそう話を締めて、一番に部屋から出ていった。
解散しても何人かの竜医師や補助竜医師たちは、その場にとどまって不安を口にしていた。
私も椅子から立ち上がり、部屋を出た。向かう先は、プロメテウスの竜房だ。
(人や竜を守るために、今の仕事を精一杯頑張って、たくさん学ばないと!)
竜房に到着すると、プロメテウスはすでに目を覚ましていて、ぼんやりとこちらを見つめていた。
ライラ師長も鉄格子越しに、プロメテウスの様子を観察している。
「おはよう。よく眠れた?」
そう声をかけると、プロメテウスは「うん」と小さくうなずいたように見えた。
三百年も生きているから、もしかしたら人間の言葉を正確に理解しているのかも。
「よかった」とつぶやくと、プロメテウスはにこっと目を細めた。
守護竜に対して失礼かもしれないけれど、とても可愛い。
「フィルナ研修医」
「はい!」
ライラ師長に声をかけられ、私は姿勢を正す。
「では、今朝もいつも通り食事から――」
ライラ師長がそう指示を出そうとした瞬間、ぐぽっと変な音が響いた。
プロメテウスの方を見ると、彼の口から、まるで噴水のようにばしゃーっと大量の黄色い液体が噴き出した。
(あ、吐いた!)
プロメテウスは、少し申し訳なさそうにこちらを見ている。
ライラ師長は「大丈夫か?」と優しく声をかけながら、プロメテウスの状態を確認している。
腎臓が悪いから、吐き気もあるんだと思う。
「よし、掃除をするぞ」
「はい!」
私たちは竜房の掃除をして、それからプロメテウスの身体の汚れを拭くことにした。
プロメテウスは本当に大人しくて、胃液で汚れた身体を拭いている間も、こちらが拭きやすいようにごろりと寝転がって、「どうぞ」というように目を閉じている。
「無抵抗だろう? いつもこんな感じだ」
ライラ師長が鱗についた汚れを拭きながら、優しく目を細めて言った。きっと彼女も、この守護竜が可愛くて仕方がないんだと思う。
その穏やかな表情に、私もつられたように微笑む。
そんな風にプロメテウスを大切にしているライラ師長だからこそ、彼も心を開いているんだと思う。
「気持ち良い?」
そう声をかけると、尻尾で床を叩いて返事をしてくれる。とても律儀な竜だ。
身体の汚れを拭き取ったあと、ライラ師長は「脱水が心配だな」とつぶやいた。
「今日はちょうど皮下点滴を行う日だから、手伝ってくれ」
「はい!」
これだけ大きな竜だから、輸液剤の量も多かった。
点滴後、プロメテウスの背中がぽっこり膨らんでいた。
「食事量が減ってきたので、さらに目標の量を食べさせるように回数を増やす。とはいえ、負担にならないよう、調節はしていくつもりだ」
ライラ師長は書類を確認しながら、てきぱきと食事の用意を指示していく。
餌桶が用意されると、ライラ師長は少し不安そうにプロメテウスに声をかけた。
「プロメテウス、食べられるか?」
プロメテウスはライラ師長の顔をじっと見て、それからゆっくりと身体を起こし、食事を始めた。
それ見て、ライラ師長はほっとしたような顔をした。
プロメテウスは頑張って食べているけれど、その横顔はとても苦しそうだ。途中で一度休憩して、ライラ師長の表情を確認すると、再び食べ始めた。
その光景を見て、私は「ああ、やっぱり……」と思ってしまった。
(ライラ師長を悲しませたくないのね)