表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

148/193

守護竜プロメテウス10

 翌日。金紅の竜舎内にある会議室にて、ラドロンの異常個体に関する報告があった。


「アルトリーゼ公爵からの報告だ。異常個体の単為生殖が確認された」


 ライラ師長がそう報告すると、会議室内が騒然となった。

 「静かにしろ」とライラ師長の鋭い声が響く。

 その一言に、室内はぴたりと静まり返った。


「基本的に、ラドロンが卵を産むのは一ヶ月に一度だ。しかし、刑吏の一族が一ヶ月間隔離した異常個体は、一週間に一度卵を産んだそうだ。しかも、メス単体で」


 それが本当なら、異常個体が恐ろしいスピードで増えていることになる。

 あの恐ろしい魔物が、大量に襲いかかってくるかもしれない。

 私はその光景を想像し、ぞっとした。


「しかし、異常個体の単為生殖は不完全なものだ。というのも、生まれた子供はすべて、数時間以内に死亡している」


 不完全という言葉を聞いて、室内の緊張がわずかに緩んだ。

 それでも、ライラ師長の表情は厳しいままだ。


「今の段階では、卵を山ほど産んだとしても、それが直ちに脅威となる可能性は低い。だが、異常個体が人為的に生み出されたものだとすると、さらに改良される可能性がある」


 「そして」ライラ師長はちらっと私に視線を向けた。


「天青の神殿にいる水棲竜が狙われたのは、完璧な単為生殖を行うラドロンを開発するためだと思われる」


 私の脳裏に、ルーチェの水槽で大暴れする大型ラドロンの姿と、それを使役するマスカルンの姿がよみがえった。

 現在、天青の神殿は、セイレニア教の襲撃を警戒し、警備が強化されている。もう二度と、エンリカ様たちの日常が脅かされることがないようにと、そう願っている。


「竜と互角に戦える大型ラドロンも確認されている。人や竜を守るために、我々竜医師はこれまで以上に、覚悟を持って職務にあたらねばならない。だからこそ、竜のどんな異常も見逃すな。少しでも疑問や違和感があれば、それが気のせいであろうと報告しろ。以上だ」


 「解散」ライラ師長はそう話を締めて、一番に部屋から出ていった。

 解散しても何人かの竜医師や補助竜医師たちは、その場にとどまって不安を口にしていた。

 私も椅子から立ち上がり、部屋を出た。向かう先は、プロメテウスの竜房だ。


(人や竜を守るために、今の仕事を精一杯頑張って、たくさん学ばないと!)


 竜房に到着すると、プロメテウスはすでに目を覚ましていて、ぼんやりとこちらを見つめていた。

 ライラ師長も鉄格子越しに、プロメテウスの様子を観察している。


「おはよう。よく眠れた?」


 そう声をかけると、プロメテウスは「うん」と小さくうなずいたように見えた。

 三百年も生きているから、もしかしたら人間の言葉を正確に理解しているのかも。

 「よかった」とつぶやくと、プロメテウスはにこっと目を細めた。

 守護竜に対して失礼かもしれないけれど、とても可愛い。


「フィルナ研修医」

「はい!」


 ライラ師長に声をかけられ、私は姿勢を正す。


「では、今朝もいつも通り食事から――」


 ライラ師長がそう指示を出そうとした瞬間、ぐぽっと変な音が響いた。

 プロメテウスの方を見ると、彼の口から、まるで噴水のようにばしゃーっと大量の黄色い液体が噴き出した。


(あ、吐いた!)


 プロメテウスは、少し申し訳なさそうにこちらを見ている。

 ライラ師長は「大丈夫か?」と優しく声をかけながら、プロメテウスの状態を確認している。

 腎臓が悪いから、吐き気もあるんだと思う。


「よし、掃除をするぞ」

「はい!」


 私たちは竜房の掃除をして、それからプロメテウスの身体の汚れを拭くことにした。

 プロメテウスは本当に大人しくて、胃液で汚れた身体を拭いている間も、こちらが拭きやすいようにごろりと寝転がって、「どうぞ」というように目を閉じている。

 

「無抵抗だろう? いつもこんな感じだ」

 

 ライラ師長が鱗についた汚れを拭きながら、優しく目を細めて言った。きっと彼女も、この守護竜が可愛くて仕方がないんだと思う。

 その穏やかな表情に、私もつられたように微笑む。

 そんな風にプロメテウスを大切にしているライラ師長だからこそ、彼も心を開いているんだと思う。


「気持ち良い?」


 そう声をかけると、尻尾で床を叩いて返事をしてくれる。とても律儀な竜だ。

 身体の汚れを拭き取ったあと、ライラ師長は「脱水が心配だな」とつぶやいた。


「今日はちょうど皮下点滴を行う日だから、手伝ってくれ」

「はい!」


 これだけ大きな竜だから、輸液剤の量も多かった。

 点滴後、プロメテウスの背中がぽっこり膨らんでいた。

 

「食事量が減ってきたので、さらに目標の量を食べさせるように回数を増やす。とはいえ、負担にならないよう、調節はしていくつもりだ」


 ライラ師長は書類を確認しながら、てきぱきと食事の用意を指示していく。

 餌桶が用意されると、ライラ師長は少し不安そうにプロメテウスに声をかけた。


「プロメテウス、食べられるか?」


 プロメテウスはライラ師長の顔をじっと見て、それからゆっくりと身体を起こし、食事を始めた。

 それ見て、ライラ師長はほっとしたような顔をした。


 プロメテウスは頑張って食べているけれど、その横顔はとても苦しそうだ。途中で一度休憩して、ライラ師長の表情を確認すると、再び食べ始めた。

 その光景を見て、私は「ああ、やっぱり……」と思ってしまった。


(ライラ師長を悲しませたくないのね)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ