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これは契約だ

 私は最初に案内された部屋に戻り、ヘリアス様と向かい合って座った。

 最早、私には縁のないと思った「結婚」という言葉に混乱しながら、私は疑問に思ったことを訊ねた。


「なぜ、私たちが結婚を?」

「そうだな、あえて厳しく言おう。離縁を言い渡されたあなたは、失礼だがいい縁に恵まれるとは思えない。しかも、キントバージェ家最大の財産であった火属性の竜も、すでにウィル卿のものだ」

「あ……」


 頭部を鈍器で殴られたような衝撃を覚え、一瞬意識が遠のいた。

 そうだった、と今更ながらに自分の置かれた立場に気づく。

 実家に戻ってからは、両親の言いなりになって忙しく過ごしていたから、気づいていなかった。否、気づかないふりをしていた。

 ウィル様に裏切られたことも、リスティーに奪われたことも、エアルを置いてきてしまったことも、何も考えたくなくて現実逃避をしていただけだった。


(改めて考えると、今の私は人生に行き詰ってる状態よね……)


 たとえ次の結婚が決まったとしても、我が家の補助竜医師の妻にされて、一生両親にこき使われる可能性が高い。

 竜医師として働くことに不満はなくても、両親の奴隷になりたいわけではない。

 けれど、これが私に残された唯一の未来。再び気が遠くなる。


「そして、私の立場だが」


 ヘリアス様の声に、沈みかけた意識が浮上する。


「残念ながら、私の妻になりたいと願う令嬢はいないと考えている。五年前のあの反乱軍討伐戦から、特にな」


 第三王子と実の父親を討ち取った苛烈な竜騎士。そして、今回の婚約破棄が噂になれば、ヘリアス様に非はなくても寄りつく令嬢は限られるかもしれない。

 姦通は罪ではあるが、竜騎士の妻が他の竜騎士に奪われるというのは、竜騎士の恥と考える風潮もある。若い貴族の娘の中には、「奪うような恋」に憧れる者もいる。ヘリアス様に対し、「奪われた者」というあまりにも失礼な評価をつける者もいるだろう。

 ふっと、ヘリアス様の唇に小さな笑みが浮かぶ。

 それがどういった感情なのか、私にはわからなかったけれど。


「つまり、利害の一致による結婚ということだ。あなたも、キントバージェ家での扱いに思うところがあるのではないか」


 なぜそれを。言葉にはしなかったけど、私は一瞬ドキッとした。

 私の反応など気にした様子もなく、ヘリアス様は話をつづける。


「あなたのことは軽く調べさせてもらった。あなたのような竜医師がいるなら、キントバージェの名はもっと広く知られていてもいいはずだ。あなたは雑に扱われすぎている」

「そんな、もったいないお言葉です……」


 正当な評価を受けていないことを、まるで自分のことのように怒り、顔をゆがませるヘリアス様に、私は頬が熱くなった。


(だって、そんなこと、誰も言わなかったから……)


 嬉しくて、誇らしくて……何だかぼんやりとし始めた思考に、私は慌てて首を横に振った。


(浮かれている場合じゃない! ちゃんと考えなきゃ……)


 そう、私は現在、ヘリアス様に利害による結婚を提案されている。

 未来に暗雲が立ちこめる私にとって、それは雲間から差す陽光のような希望にも思えた。

 でも……と私は膝の上で拳をにぎる。


「しかし、ヘリアス様。私の家には、アルトリーゼ家に差し出せるような財産がございません」


 竜騎士との結婚ならば、社会的地位を示す竜が財産となる。アルトリーゼ家ほどの貴族ならば、与えられるべきは火属性の竜だ。

 しかしエアルはウィル様のものとなり、リスティーとの婚約では上級竜五頭をすでにアルトリーゼ家に献上している。

 今、キントバージェ家の上級竜は三頭しかいない。


「出戻りの娘を妻にしても、ヘリアス様に利益がありません。たとえ五年前のことや、今回の婚約破棄の話があったとしても、ヘリアス様と結婚したいと思う美しい令嬢は必ずいます」


 事実を口にしているだけなのに、あまりの惨めさに、無意識に唇を噛みしめていた。

 ヘリアス様はほんの少し目を見開いて、「そんなことか」とつぶやいた。


「あなたは優秀な竜医師だ。あなたを妻にする理由はそれだけでじゅうぶんだ」

「え……」


 優秀な竜医師。理由はそれだけ。外見の美しさも、美しい歌も必要ない。

 その言葉は、真っ直ぐに私の心を貫いた。


「私は妻にも、竜優先の生活をしてほしいと考えている。それが無理なら、せめて私が竜優先で生きていることを認めてもらいたい。そう約束したことがある。しかし、そのような約束をしていても、不満を述べる者はいるのだと学んだ。だが、竜医師であるあなたなら、理解してくれると思った」


 ヘリアス様は一度言葉を切り、紅茶を飲んでから口を開いた。


「あなたも離縁されたばかりで、新たな結婚を考える余裕もないだろう。だからこそ、無理に愛を育もうと考える必要はない。これは契約だ」

「契約……」


 私はじっと、ヘリアス様の表情を観察する。

 結婚を切り出した割には、ヘリアス様は平然としていた。恋に浮かれているような熱はこれっぽっちも感じない。

 それが逆に私を冷静にさせた。

 恋愛に夢を見て玉砕した私には、無理に恋愛をする必要はないという提案に好感が持てる。

 ヘリアス様は、考えこむ私の態度を迷いととったのか、さらに言葉をつづけた。


「はっきり言おう。私はあなたを利用する。だからこそ、あなたも私を利用すればいい。私はあなたを竜騎士の妻として迎えたい」

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