対処法は
部屋の隅で丸まって眠っていたドゥルキスは、私が近づくと一度だけのそりと顔を上げた。
最強種と呼ばれる威風を漂わせた、立派な竜だ。
ひと目見て、大事に育てられていることがわかる。
「大きいですね。この子を基準に竜舎が作られているんですね」
「ああ、そうだ」
ヘリアス様は、ドゥルキスを見つめながらうなずいた。
身体はエアルよりもずっと大きい。起き上がれば、二階建ての建物の天井を突き破るかもしれない。
私はドゥルキスから視線を外し、鉄格子の近くに設置された餌桶に視線を向けた。
食事には一切口をつけていないらしく、肉の塊がそのまま綺麗に山積みになっている。
鉄格子以外の場所にも餌箱などが設置されているけど、それも減っている様子がない。
「まったく手をつけていませんね」
「ああ。二日くらいこの状態だ。ほとんど食べない」
「そうですか……。では、糞を見せてもらってもいいですか?」
え!? と声を上げたのは、ヘリアス様の近くに控えていた補助竜医師の男性だ。
「フィルナ様が糞を!?」
「見るのか!?」
ヘリアス様にも食い気味に驚かれて、戸惑ってしまう。
「だ、だめなんですか!? もしかして、糞に何か秘密が!?」
「いや、ただの糞だが」
「ただの糞ですか……」
じゃあ、どうしてそこまで驚くの? 疑問に思いながらも、私は補助竜医師に案内されて、竜舎内にある糞置き場に案内された。
私は貸してもらった手袋を装着し、今朝集めたというドゥルキスの糞に近づいた。
こんもりと小さな山ができているそれに触れ、内容物を確認する。
「報告書にあった食材しか使用されていない。変な物を食べた形跡もなし」
私は糞を元に戻しながら、食欲不振の原因を分析する。
「形、色、においは悪くない。でも、あの身体の大きさでこの量は少なすぎる。しかも食欲促進剤を使用してこの量だなんて……」
口に出しながら思考し、振り返ると、ヘリアス様と補助竜医師が変な顔をしていた。
さすがに驚かれるのに慣れてきた。
貴族の娘が竜舎にいること事態が物珍しいのかもしれない。
「あの、ヘリアス様」
「何かわかったのか?」
「はい。うちにいた火属性の竜にも似たような症状が出たことがあります。その時の対処法を試したいのですが、よろしいですか?」
「ああ、構わない」
ヘリアス様の了承を得た私は、早速ドゥルキス用の食事を作ることにした。
肉を食べないので、好物であるニシンと野菜などを細かく刻んで鍋に入れる。
しばらく鍋の中の食材を混ぜていると、いつの間にか隣にヘリアス様が立っていて、飛び上がりそうになった。何とか悲鳴を飲みこんで作業をつづける。
それから十分ほど煮込んだものを、大きなボウル型の餌桶に移す。野菜から出た水分をたっぷり注いだ魚の煮物を、ヘリアス様は興味津々に見つめていた。
「具材そのものの量は少ないが、水分量が多いな」
「はい。材料は普段食べているものを使用しておりますので、ご安心ください」
「そうか」
私はずっしりと重いボウルを両手で運びながら、ドゥルキスがいる竜房に近づいた。
すると、その様子を遠巻きに見ていた補助竜医師たちが、疑わしげな顔をしてひそひそとささやき合った。
「本当にあれで大丈夫なのか?」
「同じ食材を使用しても食べなかったけど?」
「これで食べなかったら、どうするつもりなんだ!」
私はその声を振り払うようにひとつ深呼吸して、竜房に近づいた。
(みんな不安なんだわ。だって、ドゥルキスを見る目は、誰もが心配そうだったから……)
私は鉄格子に設置されている小さな扉を開き、肉の入った餌桶とボウルを入れ替えた。
すると、ドゥルキスが眠そうな顔を上げて、のそりと上体を起こした。
すんすんと鼻を動かして、においの元を探ろうとしている。
はっと、ヘリアス様が息を飲む気配がした。
(立って)
私は心の中で祈りながら、じっとドゥルキスの動きを見つめていた。ドクンドクンと心臓が脈打ち、額にじわりと汗がにじむ。
お願い、お願い……。
その祈りが届いたのか、ドゥルキスがゆっくりと立ち上がった。大きな身体でのしのしとボウルに近づき、ゆっくりと顔を近づける。
くんくん、と警戒したようにしばらくボウルの中身を嗅いで、それからぱくりと一口、しっかりと煮込まれた魚を食べた。
「食べた……」
ヘリアス様が目を見張り、ぽつりとつぶやいた。
そして、同じように見守っていた補助竜医師たちも「食べた!!」と小声で歓声を上げていた。
ドゥルキスは歓喜する人々に気づいた様子もなく、夢中になって食べている。
それを見ていた補助竜医師たちの中には、笑顔で抱き合う者、そして両手で顔を覆って泣き出す者もいた。
最上級竜を預かる彼らが、専属の竜医師がいない状態で、どれほどのプレッシャーに晒されていたのか。それが痛いほど理解できる。竜騎士の竜が食事をとらなくなり、死なせるようなことがあれば、死罪もあり得るからだ。
それでなくとも、大切な竜を失うなんて、一度だって経験したくない。
「よかった……」
バクバクと勢いよくボウルの中身に食いつくドゥルキスに、私も「はぁぁぁぁ……」と長いため息をついて、安堵した。
心地良い疲労感と達成感に包まれて、何だか全身がふわふわする。




