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人魚姫と水棲竜7

「気に入っていただけて、とても嬉しいです」

「ふふ……フィルナって、手先もとても器用だね。それに」


 彼女はそこで一度言葉を切って、少し寂しそうな声でつづけた。


「仮面があってもなくても、フィルナは態度が変わらないね。みんな気持ち悪いって言ったのに」

「気持ち悪い?」

「だ、だって、すごい火傷でしょ?」


 アリーチェ様が、無理に明るい声を作って言った。


「半年前に王都のお城に呼ばれた時に、第三王子の娘だから自業自得だって、いい気味だって、笑われたから」


 私は耳を疑った。そして、反射的に訊ねていた。


「誰が言ったのですか? 覚えているのなら、私がお話ししてきます」

「い、いいよ! フィルナが怒られちゃうでしょ?」

「大丈夫です。これでも私、アウデンティアで鍛えられたのですよ」

「大丈夫だよ! もう気にしてないから!」

「いいえ」


 私は身を屈めて、そっと小さな手を取った。

 こんな小さな子供に悪意をぶつけた存在がいるなんて、許せなかった。


「あなたの心は傷つけられた。簡単には消えない傷を刻まれたのです。それなのに、あなたを傷つけた人たちは、何も知らずにのうのうと生きている。私は、それが許せない」

「フィルナ……」


 アリーチェ様は息を飲んで、それからゆっくりと首を横に振った。


「その気持ちだけで、すごく嬉しいよ。私のためにこんなにも怒ってくれたのは、お母様以外だとフィルナが初めて。誰かが怒ってくれると、こんなにも心が軽くなるんだね」


 アリーチェ様はそう言って、今度は私の手に、その小さな手を重ねた。


「ねえ、フィルナ。あなたのことを嘘つきだなんて言って、ごめんなさい。私、怖かったんだと思う」

「怖かった?」

「うん。うちに来る竜医師は、何だか怖い人たちが多かったの。だから、フィルナも同じなのかもって思いこんじゃった」


 アリーチェ様がそれほど警戒するほどの竜医師とは……? 疑問には思ったけれど、口には出さなかった。


「それに、キントバージェ家の噂も、聞いちゃったから……」

「そうでしたか。悪評は事実ですから、否定しません」

「違うよ、フィルナは悪い竜医師じゃない! 私は誰かの噂話を信じて、あなたを拒絶しちゃったの。私を馬鹿にして笑った人たちと同じことをしちゃったんだよ」


 アリーチェ様の声が、ほんの少し涙に濡れていた。


「フィルナが池に飛びこんだのを見て、私、自分が嫌になった。大切だって言いながら、私はただその場に立って、見ているだけだった」


 仮面のことも、ルーチェのことも……。そう言って、アリーチェ様は、きゅっと私の手をにぎった。


「私は怖がってばかりだった。フィルナみたいに、必死になって何かを守ろうとしてこなかったんだ」


 仮面の向こうで、ぐすっと鼻をすする音が聞こえた。

 彼女はゆっくりと私の手を離し、羽織ったままだったマントに触れながら言った。


「お母様に、フィルナのことを話してみる」

「本当ですか!」

「うん。だから、お願いします。もう一度チャンスをください。たくさんひどいことを言ってしまったことを謝罪します。申し訳ありませんでした」


 私が言葉を挟む隙もなく、アリーチェ様はつづけた。


「私は、私ができることしたい。フィルナみたいに頑張ってみたい。何もできない醜い人魚姫なんて言われたくない! だから」


 アリーチェ様が仮面を外し、私を見つめた。

 深い海の色を宿した青い瞳が、かすかに揺れている。


「ルーチェのこと、どうかよろしくお願いします。フィルナ先生」


 アリーチェ様の信頼と願いが、真っ直ぐに胸を打つ。

 私は静かに息を吐いて、アリーチェ様の目を真っ直ぐに見つめた。


「はい。お任せください!」


 力強く応える。

 すると、アリーチェ様はほっとしたように、大きく息を吐き出した。


「ありがとう、フィルナ。明日、もう一度ここに来て。お母様を説得してみせるから!」


 アリーチェ様はそう言って、屋敷に向かって走り出した。一度振り返り、こちらに手を振って、そして今度こそ去っていった。

 その後ろ姿を見送っていると、シーラがふふっと嬉しそうに微笑んだ。


「奥様って、結構人たらしなところ、ありますよね。竜たらしでもありますけど!」

「え? そんなこと、初めて言われたわ」

「ふふ! ちなみに私も、奥様に魅了されました!」


 シーラが誇らしげに胸を張った。自分に向けられた好意が嬉しくて、何だか照れくさい気持ちになる。


「それと奥様、島を出たらシャワーを浴びましょうね。お手伝いします!」

「は、はい……」


 私はどろどろになったコートを見て、「ひどい格好」と苦笑した。


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