竜の骨と呪われた家13
骨の修復が終わり、私たちはたくさん花を摘んで、竜の周囲を飾った。
最後に、布で包んだ相棒の骨を添える。
白、薄いピンク、黄、青。
色とりどりの花に囲まれて眠る、風属性の竜の姿が見えた気がした。
「カンタートル。とても綺麗だね」
フィリップ様はその竜の名を呼びかけながら、片膝をついた。
「ああ、骨になっても、こんなにも愛おしい……」
フィリップ様は白い花を、カンタートルの額の近くに添えた。
彼は目を閉じ、しばらく祈りを捧げてから、ゆっくりと立ち上がった。
その光景を見ていた竜騎士たちが、涙を拭っている。自分と相棒の竜を重ねたのかもしれない。
フィリップ様は深く息を吐いてから、ゆっくりと口を開いた。
「水底に沈む時、これもまた私の運命なのだと、一度は受け入れましたが……やはり、愛しい竜を苦しませてしまったことだけは、悔しくてたまりませんでした。私の弱い心は、誰かを憎まずにはいられなかったのです」
悲しみに暮れ、憎しみを抱えたまま水底へと沈んだ竜騎士の言葉に、誰もが耳を傾けていた。
「そんな私の思いが、彼女をこの地に繋ぎとめてしまった。私の怒りが、呪いを生んでしまったのです。泉が枯れ、私の意識が目覚めたその時……私の怒りはすべてエクプローヴァの子孫に向けられてしまった」
フィリップ様は私の方へ向き直り、静かに微笑んだ。
「だから、あなたが治すと言ってくれた時、本当に嬉しかった。身体は朽ちてしまったけれど、それでもこの子に向き合ってくれる竜医師がいるなんて、思わなかった」
「ありがとうございます」そう言って、彼は竜騎士の敬礼をした。頬には、一筋の涙が伝っていた。
彼を包んでいた黒い靄は消え、長い夜が明けたような、穏やかな表情を浮かべている。
ようやくフィリップ様が憎しみから解放されたのだと、私は胸が熱くなった。
その時、ヘリアス様が静かに告げた。
「エクプローヴァの研究者は、治療薬をあなたの部隊の近くまで運んでいたそうだ」
「え……」
ヘリアス様の言葉に、フィリップ様が目を見張る。
「今さらだと思うだろう。許せないだろう。それでも、伝えておきたかった。あなたの想いを受け継ぎ、治療薬を完成させた者の情熱を、あなたに知っていてほしかった。私の自己満足だが」
「そうだったのですか……」
フィリップ様は両手で顔を覆い隠し、悔やむようにつぶやいた。
「ああ、私は馬鹿だ。信じきれなかったのは、私の方なのですね」
フィリップ様は、両手に顔を埋めたまま、静かに嗚咽を漏らした。
きっと心の中で、たくさん謝罪と後悔を繰り返しているのかもしれない。
しばらく涙を流していた彼は、ようやく心が落ち着いたのか、ゆっくりと顔を上げた。
「フィルナ様」
「はい」
「どうか、あなたの歌をお聞かせください。大丈夫、私がこの子を連れて行きます」
目を涙で濡らしながらも、フィリップ様は微笑んでいた。旅立つ準備ができたのだろう。
私は静かにうなずいて、すうっと空気を吸いこんだ。
彼らがもう一度、晴れやかな気持ちで空を飛べますように……。そう願いながら、私は歌った。
最後の音を紡ぎ終えると、風が優しく吹き抜け、色とりどりの花弁が風に乗って舞い上がった。
私は空を見上げた。
陽の光を受けてきらめく花弁の間を、ふと大きな影が横切った。
「竜?」
大きな影は、竜に見えた。その背に乗った誰かが、一度だけこちらに手を振ったように見えた。
彼らの姿は次第に薄れて、最後に竜の鳴き声を残して、澄んだ青へと溶けていった。
その時、近くでドサッと音がした。
後ろを振り返ると、フィリップ様が倒れている。
「え? フィリップ様!?」
どういうことだろう? 彼は今まさに旅立ったと思ったのに……。
慌てて近づくと、彼は「ううん……」と寝起きのような声を上げながら、ゆっくりと身体を起こした。
彼の目は赤くなかった。髪と同じ、ミルクティーのような色をしている。
「ん? ここは?」
「大丈夫ですか?」
「ええ、体調は悪くありません。とても清々しい朝ですね。まさか土のベッドで眠っていたなんて、自分でも驚きです」
「え?」
彼は私を見上げ、はっと息を飲んだ。そして私の右手を取って、そっと微笑む。
「初めまして、美しい人。私はフィリップ・シンヴレスと申します」
「フィリップ様、どうされたのですか?」
「人の妻を口説くな」
不機嫌な顔をしたヘリアス様が、フィリップ様の手を引きはがした。
フィリップ様は、「おや」と一瞬きょとんとした表情を見せた。
「これは失礼いたしました、ヘリアス卿。おわびに歌いましょうか!」
「結構だ」
ヘリアス様はため息をつきながら、フィリップ様に手を差し伸べた。
フィリップ様は嬉しそうにその手を取り、立ち上がった。
「あの、フィリップ様。私たちを覚えていないのですか?」
「いいえ、武芸大会の前夜祭でおふたりをお見かけしました。ぜひご挨拶をと思っていたのですが、急用ができて町に戻らねばならず……今でも、それが悔やまれてなりません」
百年前のフィリップ様は、アルトリーゼの竜騎士に初めて会ったと言っていたけれど、目の前の彼は、私たちのことを以前から知っているようだ。
(目の前のフィリップ様は、先ほどまでのフィリップ様とは別人?)
私たちは、百年前の彼と同じ名を持つフィリップ様に、これまでの事情を説明した。
彼は驚いた様子を見せながらも、どこか納得したようにうなずいた。
「ずっと悲しい夢を見ている気がしましたが、そういうことでしたか。もうひとりのフィリップが、私の身体に宿っていたのですね」
彼の話によれば、百年前のフィリップ様は、彼の高祖叔父にあたる方だという。
そして今、目の前にいるフィリップ様は、シンヴレス家の次期当主だそうだ。
「それにしても、今度は私の高祖叔父やその竜を救ってくださるとは! あなたはシンヴレス家にとって命の恩人です」
「今度は……? 失礼ですが、私はこれまでシンヴレス家の方とお会いした記憶がなくて……」
「いいえ、フィルナ様。あなたはシンヴレス家の竜、カンシオンを救ってくださいました。覚えておられませんか?」
カンシオン? その名前を、つい最近見た覚えがある。
でも、まさか……。そう戸惑う私に、フィリップ様は「会えばわかりますよ」と優しく微笑んだ。
ヘリアス様に視線を向けると、彼もまた、迷う私の背中を押すように、そっとうなずいた。
会ってみよう。前に進むために。




