ヘリアス様との出会い
アウデンティア公国は二重の壁に守られた国で、強大な軍事力を要する竜騎士の国と呼ばれている。
上空には警備をする竜が飛び交っていて、専用の櫓に止まって羽を休めている竜も見受けられる。
たくさんの竜を見るのはわくわくした。ちょっとした現実逃避なのかもしれないけど。
頑丈に舗装された発着場に竜を降ろし、その背中から滑り降りると、それを見計らったようにひとりの男性が近づいてきた。
「フィルナ様、ご足労いただきましてありがとうございます。私はライン・フレンテ。気軽にラインとお呼びください」
彼はそう言って穏やかに微笑んだ。
年齢は二十代後半くらいだろうか。少し癖のある黒髪で、長く垂らした前髪で右目を隠している。
それでも彼の表情が暗く見えないのは、唯一露出している左目の目尻が下がっていて、にこやかに見えるからだろうか。
竜騎士という堅苦しさを感じさせない、どこか品のある男性だった。
地味な自覚のある私は、彼の洗練された雰囲気に気圧されてしまい、頬が引きつった。
それでも、何とか自己紹介を済ませる。
「フィルナ・キントバージェです。本日はお招きいただき、ありがとうございます。竜の診察というご依頼でしたが……」
「ええ、少々厄介なことになっておりまして、ぜひフィルナ様のお力をお貸しいただきたいのです」
「私でお役に立てるのなら」
私の返答に、ラインさんはほっとしたような顔をして、城に案内しますと言って歩き出した。
私は警備をしている竜騎士に竜を任せて、その後ろにつづいた。
アルトリーゼ家には優秀な補助竜医師たちが揃っているはずだけど、わざわざ外部の私に声をかけたということは……。
(厄介なことになっているのは、火の竜?)
私以外に優秀な竜医師は数多く存在している。それでも私を指名したのは、火の竜を診察できるから、だと思う。
王に献上した火の竜や、エアルに関する記憶を思い出しながら歩いていると、あっという間にアルトリーゼ家の城にたどり着いていた。
インヴィディア王国の城にも負けないほど優美であり、軍事的要素の強い大きな城だった。
「す、すごい!」
「でしょう?」
その大きさに圧倒された第一声に、ラインさんが誇らしげに笑った。
竜を乗せて上空から攻撃を仕掛ける防衛塔がいくつもあり、ここまで攻めこまれても応戦するという強い意志を感じさせる。
そして何より驚いたのは、城を囲む広大な土地だった。
竜を扱う竜騎士の家の敷地は広いけど、アルトリーゼ家の敷地の境界線が、ここからでは判然としない。アウデンティア公国の中にもうひとつ国があると言われても納得してしまいそうだ。
ウィル様に与えられた土地も相当に広いと思っていたけれど、ここは桁違いの規模だった。
「ここからでは見えませんが、もっと向こうに放牧場があるんです。竜がいないと、この敷地を一日で回るのは不可能ですよ」
ラインさんがそう説明してくれた。それはそうだろう、と私は素直に感嘆の声を上げる。
「こんなにも竜優先の設計にしている場所は初めて見ました。ここなら、竜たちがのびのびと過ごせそうです」
思ったことを伝えると、なぜかラインさんは目を丸くした。
「驚きました。そんな風に褒めてくださったのは、フィルナ様が初めてですよ」
「そうなんですか?」
「ええ! アルトリーゼ家は竜優先の家ですから、そうおっしゃっていただけると誇らしいですね!」
ラインさんはにこにこしながら、私を城内へ案内してくれた。彼はずいぶんと上機嫌な様子だ。城のことなんて、褒められ慣れていると思うのだけど、何度褒められても嬉しいものなのかもしれない。
城内に足を踏み入れると、思っていたより質素な印象を受けた。けれど、置かれた什器類はどれも一級品らしく、洗練された空間が広がっている。
失礼にならない程度に城内を眺めていると、私を出迎えてくれた使用人たちが恭しく一礼した。けれど、彼らは疑わしそうな顔を隠しもせず、まるで城内に侵入した異物を見るように私をにらんでいる。
(一方的に婚約を破棄し、アルトリーゼ家の名を穢したリスティーの姉が来たんだから、当然の反応よね)
しかし、それだけとは思えない憎しみと恨みの視線に晒され、私は足が震えそうになりながら急いで階段を上った。
思えば、リスティーの後始末はいつも私がしていた。
士官学校での成績が悪かったリスティーは、竜医師の資格を取得することができず、両親がお金を積んで、竜医師の家系という特例が適用されてようやく資格を取得した。
そのような過程で得た資格のため、竜医師としての知識も曖昧で誤診が多発。それをフォローしていたのが私だった。
そのフォローですら、すべてリスティーの功績にされていたけど。
(こんな時まで、私がリスティーの責任を負わなければならないの?)
リスティーの責任をとって殺されたくない。
まだエアルのことだって諦めきれていないのに。
私はラインさんの後ろで、手の平に爪が食いこむほどに強く、拳をにぎりしめていた。
「フィルナ様」
はっと顔を上げると、ラインさんが扉を開いて「中へどうぞ」と案内してくれた。
ラインさんは私をソファーに誘導すると「お掛けになってお待ちください」と言って部屋から去っていった。
ソファーに腰を下ろして、そわそわしながら待っていると、扉がノックされた。
返事をする前に扉が開く。そうだった、ここはアルトリーゼ家の城だ。
扉の向こうから、精悍な竜騎士ヘリアス様が姿を現した。




