幕間ーストーカーの計画
ミアは、一人で旅立ってしまった。
こんな予定ではなかったのに。
僕の家門は特殊だ。
諜報活動や隠密、暗殺、王家の汚れ仕事を担う家柄で、分家も含めた全ての子女が訓練を受ける。
僕もアルクハイド王子の側近として、護衛と行動監視の役目を帯びていた。
彼は育ちがいいものの無能だ。
いや、完全な無能ではないのが性質が悪い。
適度に優秀、人当たりは良い。
だから、学園でも人気があったのだ。
僕は、出来るだけ人と接触しないように過ごしていた。
裏方に徹する為だ。
そんな僕にも優しく微笑みかけてくれたのが、ミーティシア(以下略)
彼女を好きになり、すぐに婚約者と婚約を円満に解消した。
婚約者に都合の良い家門を用意すれば、すぐに整う。
我が家の婚約は王国で一番、愛の無いものだ。
何せ、派閥の均衡を考えて選ばれるからである。
だが、どうしてもミアだけは欲しかった。
そこで王子を利用する事に決めたのだ。
多少の混乱はあるだろうが、第二王子が優秀なので、挿げ替えれば済む話である。
王子が廃嫡されるような、醜聞があればいい。
だから、ミアと王子が恋に燃え上がるように手助けをして、周囲には醜聞をばら撒いた。
人が好いだけの王子が失脚して、ミアの評判が下がれば、僕の手に入る。
何故なら貴重な光魔法の使い手だから。
名誉を回復しなくても、僕の家門の役には立つ。
彼女が、何か企んでいる事も知っていたけれど、些細な問題だ。
他国の間諜でない事は確認しているし、僕の傍にいれば幸せになれるのだから。
なのに。
彼女は記憶を失ってしまった。
突然。
そして、夢みたいに王子の伴侶になれると思っていた純真無垢な少女は消えた。
代わりに降って湧いたのは超理論的な、現実主義の女性である。
呆気に取られた。
正論で全てをぶち壊していく。
僕の立てた綿密な計画も。
幸せな家族計画も。
何もかも全て。
根回しはしていた、それはもう沢山。
王子が失脚しても自分だけは助かる予定だったし、第二王子に仕える予定だった。
なのに、目の前でどんどん壊されていくのを見守るしかなかったのだ。
反論していたら、うっかり僕の悪事まで暴かれそうな勢いで、思わず見守ってしまった。
彼女は何の未練も無いように、さっさと部屋を後にする。
ああ、全てやり直しだ。
彼女の変貌は見事なくらいだった。
考えて出来る事ではない。
呆然として追いかけることすらできなかったが、彼女の家、男爵家の屋敷を見張ることにした。
翌朝すぐに、彼女は淑女らしくない姿で現れた。
「ミア、そんな恰好で、何処へ行くんだい?」
声をかけると、ミアは戸惑ったような様子で答えた。
「えぇと……男爵家に迷惑はかけられないので、旅に出ます。冒険者になろうと思って」
「そ、そんな危険な仕事、か弱い君が出来るわけないだろう!」
何を言ってるんだ、ミアは。
記憶をなくしたとはいえ、飛躍し過ぎではないか?
訓練だって受けていないのに、戦える筈がない。
「……でも、もう、私は一人で生きていかないといけないんです。誰にも迷惑はかけたくなくって」
追い詰めたのは僕だ。
こんな風に一人にするつもりは無かった。
思わず涙が溢れる。
「ああ、僕が力になれたら……」
ミアは、困ったように微笑む。
記憶がなくなったとしても、人に優しい女性なのは変わらない。
「お気持ちだけで、嬉しいです!じゃあ、私急がなきゃなので」
「何処へ行くんだ、ミア、せめて送らせてくれ」
今すぐには動けない僕は、行き先だけでも知らなくてはならない。
本当なら、攫って屋敷に押し込めたい所だが、家族が家族なのですぐにばれてしまうだろう。
「い、いえ、お気持ちだけで」
「最後に、それくらいはさせてくれ」
遠慮がちなミアを説得する。
諦めたようにミアは行き先を告げた。
「じゃあ、冒険者ギルドにお願いします」
「本気なのかミア」
戦えない者が行く場所ではないのに。
説得しようとしたら、ミアは焦ったように男爵家を振り返った。
「はい!本気です!急がないと、私……」
脅えた様なその素振りに、僕は馬車の扉を開けて彼女を乗せる。
もしかしたら、男爵に追われているのかもしれない。
「……君を、安全に匿うとしたら、侍女になるというのはどうだろうか?」
「いえ、ご迷惑をかける訳にはいかないです。それに、お父様に見つかったら、きっと何処かの愛人を募集しているお金持ちに売られてしまいます」
「な…何と卑劣な……」
我が家の侍女、いや僕の専属侍女としてなら守ってやれる。
いや、必ず守るしいずれは結婚もするから、そうすればいいのに、ミアは脅えたように断った。
でもそれは一理ある。
卑劣だとしても家族の繋がりは強いのだ。
女性の嫁ぎ先に一番効力を発揮するのは、父親の男爵の決定である。
どの程度の金持ちを想定しているかは知らないが、僕の家は侯爵家だ。
十分結婚できる可能性はある。
「良いんですよ。もう私の事はお気になさらないで下さい。所詮は平民が見た一時の夢です。記憶はなくなってしまったけれど、きっと、皆様と過ごした時間は私の宝物でした」
だがミアは、諦めたように自嘲の笑みを浮かべる。
そんな儚い風情のミアは、見たことが無い。
見たことが無いミアはとても美しかった。
「……なんて健気なんだ、ミア。記憶がなくなっても、やはり、君は私の天使だ……」
どうにか家に連れて帰りたいが、本人の承諾がなければ、いくら僕でも無理だと分かる。
ただでさえ厄介ごとの中心にいた女性なのだから。
今まで僕がやってきた事が、ここにきて裏目に出てしまった。
「そんな事、ないですよ。許してくれたんだったら、婚約者さんの方がずっと優しいと思います。幸せになってくださいね」
そうか。
ミアは記憶が無いから、僕が婚約解消したのも忘れているのか。
どうしても、引き止めたいが、無理だとしたら。
「旅費の足しにしてくれ……こんなもので済まないが」
「いいえ、ありがとうございます。とっても嬉しいです」
ずっと遠慮し続けたミアが、最後の最後で素直に受け取ってくれて安心した。
せめて金があれば、暫くの間、危険な仕事をしなくて済むだろう。
そして、このミアの行動を王子と、かつての取り巻き達に報せる。
恋敵に塩を送りたくは無いが、ミアがもし死んでしまったら本末転倒だ。
ああ、こんな時まで過去の自分が足を引く。
第二王子は優秀だ。
彼の元で仕えるのは嫌ではなかった。
でも、ミアがいないのでは、それも全て意味が無い。
かといって、全て放り出してしまえば、家族に消されるのは僕の方だろう。
何とか、ミアを追っていけるように準備をしなくてはならない。
それにはまず、王子を彼女の元へと向かわせなければ。
彼女さえ生きていればいい。
後からどうとでもなるし、してやる。
僕は改めて、計画を練り直していった。




