姫って呼ぶな
王子を託児所に預けてティアに変身すると、私はまず魔法薬の店に足を運んだ。
魔力回復薬を買うためである。
棚には幾つもの商品がならんでいるけれど、薄い赤のものが低価格、薄い紫が高価格。
アウリスは良い物を私にくれたのだと分かる。
良い人だ。
価格は20銀貨。
はぁ?
20銀貨ぁぁ??
普通の回復薬の4倍、良品の回復薬の2倍の価格。
高い。
安くても10銀貨か……。
仕方ない。
枯渇する前に治療を切り上げて、安い魔力回復を飲めば何とかいけるかな?
全く魔力がない状態じゃ歩く事もできないしね。
まさか王子の負んぶで依頼を達成しに行く訳にもいかない。
介護じゃん。
私の方が迷惑かけるのはちょっとなぁ。
光魔法を成長させると、色々冒険も捗りそうだし、ここは耐えよう。
薬のラベルと品質を確認していると、嫌な名前が目に入った。
アーヴォの作った薬かよ。
これは却下です。
何か変な病気が伝染りそう。
別の人の名前の書いてあるものを選んで棚から取り出すと、見覚えのある人が店に入ってきた。
ネストリ……!
市場調査だろうか?
まあ、関係ないし、今私ティアだったわ。
そ知らぬ顔で通り過ぎて会計を済ませる。
「おや……お見かけしない方ですな」
声かけてくるな……めんどくさい!
明らかに私を見て言ってきたので、ティアとしては無視し難い。
ぐぬぬ。
「ティアと申します。大聖堂に仕えておりますの」
嘘。
バイトしてるだけ。
でも仕えてる(ちょっとだけ)だから完全な嘘でもない。
「ほう。では癒し手の方ですか。……ああ、すみません、お引止めしてしまって。どうぞお許しください」
「いえ、では失礼させて頂きます」
やけにあっさり退いたな。
まあ良かったけども。
ていうか、今気づいたんだけど、もしかしたらネストリを利用するって手もあるな。
私の薬は特殊かもしれないし、販売元を探らせない力はありそうだし。
新規参入するとかなら、良いのかも?
ただ、これ以上関わりを増やしたり、弱みを握られるのは困るなあ。
まいっか。
保留、保留。
この時私は、とある理由でネストリが一瞬でティア=ミアだと見破っていた事を一切知らなかったのである。
後から知らされて身もだえする事になる事も。
大聖堂のアルバイト賃は歩合制だ。
一人頭幾らと換算されるので、時間拘束ではない。
それなので、私は10人を目安にする事にした。
初日にそれくらいやって、頭がくらくらしていたのを思い出したので。
午前中は回復要員もそれなりに多い。
やっぱり朝目覚めてすっきりして魔力も満タンだもんね。
午後は一眠りすれば、他の仕事も出来るだろうし。
底辺冒険者よりは、余程良い暮らしが出来る。
10人の治療を終えたところで、私はどうかというとピンピンしていた。
……薬、買う必要無かったか。
だが、あと数人が限度なのは、分かっている。
この前看た人間の数が、MP回復を含めても35人だったのだ。
回復のレベル増加による消費MPの減少と、光魔法の上達で増えたMPの総量が増えた事がその差だ。
うんうん、これなら冒険出れそう。
かーえろっと。
意気揚々と廊下に出て、外に歩いていくと、目の前に嫌な男が現れた。
「御機嫌よう、ティア姫」
え、きも。
姫呼びとか虫唾が走るんだけど?
「姫ではございませんが、何か御用でしょうか?」
冷たく応じると、何故か戸惑ったような顔をしている。
普通に、親しくも無い男に姫呼びされても、嬉しくないんだよ。
ホストクラブじゃねえぞ、ここは。
「……ん、ああ。アウリスは不在だ。私が送迎しましょうか?」
「いえ、お心遣いだけで結構です。体調も悪くはございませんので、一人で問題ありません」
私はぺこりと会釈をして通り過ぎる。
この前に比べて、少し言葉遣いが丁寧になっていたのは何でだろう。
上司に怒られたんかな?
どうでもいいけど。




