表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

推しの魔王を殺しに行った。

作者: らぷた


side:シュウ




ついに、ついにここまでやって来た。


目の前には重厚な扉。この向こうに魔王さま(推し)がいる。



「ライル、魔王戦は俺にやらせてくれるか」


「へいへい、そのつもりだって。シュウずーーーーーっと会いたがってたもんな?」



そう。思い返せば十年間、この時のために生きてきた。



俺は孤児だった。


この国では税が重く、孤児院も必然貧しかった。


ある日ひもじさに耐えかねて「絶対に入るな」と言われていた近隣の森に忍び込んだ。


森には獰猛な魔獣が住んでいた。貧弱な孤児がそれらに敵うはずもなく…蹂躙され俺は死にかけていた。




その時、現れたのだ。銀髪に褐色の肌をした、美しいひとが。



彼は瞬きのうちに魔獣を捩じ伏せた。 

倒れている俺に静かに近づき、回復魔法をかけた。食料確保の安全なルートを教え音もなく掻き消えた青い目の彼に、俺は心を奪われたのだ。



それから彼が「魔王」と呼ばれる存在であること、また王家が彼を殺す「勇者」を魔王城に送り込み続けていることを知った。


魔王は民衆に憎まれている。自分たちに不幸が襲いかかるのは全て魔王のせいだ、と。



しかし俺は気づいた。このイメージは王家が民衆の敵意を魔王に向けさせ、腐りきった王家に反感が向かぬよう捏造したものだということに。


だがいくら真実を広めても人々の心はすぐには変えられない。「勇者」は現れ続けるだろう。




誰かに殺されてしまうくらいなら、いっそ俺が、この手で。推しのご尊顔を一目生で拝見し、殺したあと俺も死のう。この一心で厳しい修行に耐え抜いてきた。 





「ああ。緊張で既に泣きそうだ」


「うわあ…一応危なくなったら俺も出るから」


「わかってる」


扉に全体重をかけ何とか開ける。ギイイイと音を立ててゆっくりと部屋が覗いた。



と、そこには。



「あ…」



記憶の中と寸分違わぬ、思わず息を呑むような美貌があった。

長い銀色の髪に褐色の肌。そしてその深い青の双眸が、俺を、見ている。推しの視界に映っている。


その事実だけで止まっていたはずの心臓がもの凄い勢いでバイブレーションを始めた。待て待て爆発するし不整脈で主に死ぬ。



「お前が勇者か。よくぞここまで辿り着いた、シュウ」


「はわわ」


「は?」


「間違えました」 



いけない動揺が漏れた。低めのイケボすぎる声に名前を呼ばれ存在を認識されていることに既にキャパオーバー気味だ。 


気を取り直して咳払い。



「魔王さっ…ではなく魔王ノア、」


「ヴッ」


「え?」


「…何でもない。続けてくれ」


「あ、ああ。…俺は貴様の首を取りにきた」


「だろうな」


「貴様を…殺す前に。一つ言いたいことがある」


「なんだ」


「俺は十年前、あなたに助けられた。覚えているか?」


「…………」



無感情な目線が俺を射抜く。



「記憶にないな」


「そうか、そうだよな…」 


「お前のような一兵卒など知るはずがなかろう」



わかっていたし覚悟はしていた。それでも鋭い目で射抜かれ、「知らない」と冷たく言い放たれるのは心にくる。


鼻の奥がつんと痛んで迫り上がってくるものがある。泣いちゃ駄目だ。俺は、俺はちゃんとこの愛しいひとを殺して…………本当に、俺にそんなことができるのか?



「お前には俺は殺せない」



心の弱い部分を言い当てられた。思わず俯く。

涙が数滴、靴を濡らした。




「ノア、いい加減にしなさい!!」



唐突な大声にのろのろと顔を上げた。



「…ネオ」



魔王さまの側近の人が俺の横にやってくる。すると魔王さまの眼光が更に鋭くなって俺は身を縮こまらせた。



「こんなに一途で可愛い人を泣かせる無粋な野郎はもう知りません」



温かい手が背中に触れた。優しく背中を撫でられる。見上げると慈愛のこもった目が俺を見つめていた。



「シュウさん、この魔王(クソ)は十年前あなたに一目惚れから毎日毎日毎日飽きずに水晶であなたを見ていました」


「え、」


「あなたに近づく不埒な王族を裏でメタメタに潰し、ライルさんなど勇者パーティの人間に歯軋りし、仕事しろっつってんのにあなたの寝顔を延々眺め続け」


「えっえっ」


「見ます?クソ魔王(ストーカー)の部屋。やばいですよ、あなたの写真だらけ。成長メモリアルかよって」


「魔王相手に容赦ねえなー」



背後でライルの苦笑が聞こえたがそれどころではない。ネオさんは肩をすくめて続ける。



「今日あなたが来ると知って馬鹿みたいにそわそわそわそわ、真顔で城中を行ったり来たり。部下が死ぬほど怯えてました」


「ネオ!」



魔王さまが声を荒げた。



「なんです?あなたが悪いん」


「気安くシュウに触るな!!」


「そっちですか…」



あーはいわかりましたよ。言ってネオさんが離れるや否や、ぐいと強く引き寄せられた。そう、魔王さまに。


ぼん、と顔が沸騰した。そのまま間正面から抱きしめられて、「ひぃいいい」と心の声が漏れる。



「…ネオの言った通りだ」


「そ、そ、そんなっ」


「酷い態度をとってすまなかった。本物のお前に緊張していた」


「いえ!!!」



慌てて口を挟む。俺は言葉を交わせただけで僥倖と思っているので気にしないでほしい。



「一つお願いがある」


「俺にできることなら何でも!」



真摯な声に勢いよく返答する。しかし。



「勇者を辞めてほしい」


「え…」



思わず目を見張った。大好きな魔王さまの頼みなら何でも聞いて差し上げたい。けれど、それは。



「でも、そしたら違う人に、」




あなたがころされちゃう。



想像した瞬間、引っ込んだはずの涙があとからあとから溢れてくる。



「し、シュウ、泣かないでくれ」



魔王さまを困らせている、泣き止まなければ。けれど意識すればするほどしゃくりあげる声が止まらない。



「お前に泣かれるとどうしたら良いかわからない…」



恐る恐るといった風に頭を撫でられる。そのぎこちない手つきが愛しい。



「俺は人間ごときの柔な力では死なん。だから安心しろ」


「本当ですか…?」


「誓おう」



力強いまなざし。俺を助けてくれたときと同じ。


その言葉に酷く安堵している自分に気づく。わかりましたと小さく頷いた。



「すまない。言葉が足りなかったな」



跪き、俺の左手を取る。薬指に口付けられてぴくりと体が震えた。



「シュウ。俺とともに、此処に在ってくれるか」


「…もちろんです!!」



もはや脊髄反射だ。


あまりの即答に魔王さまは面食らったように瞬きをして言葉を重ねる。



「…民衆を、敵に回すことになる。お前もきっと憎悪されるだろう」


「構いません。地の果てまでご一緒します、魔王さま」


「シュウ…!!」



息が詰まるほど抱きしめられて胸がいっぱいになった。



「ノアでいい。敬語も要らぬ」


「ねえ、ノア」


「なんだ」



心がぽかぽかする。頬が緩んでいる自覚がある。これから先ノアと歩んでいけることが、どうしようもなく嬉しいんだ。






そうか、ではこの感情の名は。





「ノア、愛してます」


「……俺もだッ…!!!」





推しが恋人になりました。




─────



sideライル

 



抱きしめ合う2人を虚無顔で眺めていると、肩にぽん、と手を置かれる。 


振り返ると魔王の側近が死んだ目で俺を見ていた。


俺も恐らくこいつ同様、引き攣った笑顔で砂糖を吐いてるんだろう。



「あんたは確か、」


「ネオです。私も水晶越しに勇者パーティを見ていましたが、前からあなたとは気が合いそうだと思っていました」


「奇遇だな…俺もあんたとは初対面な気がしねえや…」


「今から飲み行きません?」


「行く行く。飲まなきゃやってらんねーわ、さんざ目の前でいちゃつきやがって」


「…語り明かしましょう」



俺たちは肩を組んで酒場に向かった。




・・・・




「あーくそっ」


何杯目かわからないビールを机にダンッと置けば、ネオも深く深くため息をつく。


俺らの存在など忘れて2人の世界に突入したことにもちろん少々イラッとはした。



だが知っている。知っているのだ。



あいつがどんなに長いこと魔王を想っていたか。


そして話を聞く限り、魔王がどれだけ熱烈にシュウを好いていたのか。




ああもう、だからいっそのこと、



「「せいぜい末永く爆発しろ!!!」」



2人でずーっと、お幸せにな!






【終】



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ