逃亡者の補話 騎士と裏切者 中編
リュシオールを背に庇い、右手にナイフを構える少女の額に冷や汗が流れる。
自動小銃を構えた男達に囲まれれば、いかな能力者とて仕方がない。
歳のころは十代半ば、肩まで伸ばしている少しくすんだ金髪を後ろで一つに纏めた彼女の名はフロー。
もちろん偽名である。
彼女の所属する、WHOに対してオブザーバー的な騎士団内のみで通じる名で、本人も本名に似ているので愛称としても気に入っている。
しかし、
「久しぶりだな、フロー。数ヶ月会わないだけで見違えたなぁ」
「黙れ、裏切り者!! お前にそんな呼び名で呼ばれたくない!!」
「そう言うなよ、お前が騎士団に保護された頃からの仲なのによ?」
「ふざけるな!! あれだけの事をしておいて!! フレイ、あなたは!!」
銃を向ける男達の中で、中東においては珍しい北欧系の顔付きの男に愛称を呼ばれた瞬間に、フローは目を吊り上げて怒りをあらわにする。
フローの所属する騎士団は騎士とは名が入っている、そして名称に病院が入る為に『病人を保護』する活動が主だが、もう一つ。その具体的な活動は、能力者の『位置の把握』と『保護』。
「私達、能力者の同胞を売った罪は重いわ!!」
「オイオイ、たかが非登録者のリスト売り払ったぐらいで怒るなよ」
騎士団の人間は、ほとんど能力者によって構成されている。
それは騎士団によって保護されたり、同盟関係を持つ能力者集団との兼ね合いから所属する場合が多い。
かく言うフローはルーマニアの元ストリートチルドレンで、とても寒い雪の降る夜にフレイに拾われ騎士団に登録されて活動している。
しかし保護されたとしても、戦いが嫌や普通の生活をしたいとして、登録せずに各国で協力者としている能力者もいる。
それが非登録者だ。
この数年、非登録者の人間や家族が消えたり、惨殺されたりする事件が起こっていた。
一年当たり約10人単位で非登録者が消える。そんな異常事態に人命を尊重する騎士団は急遽調査を始めた。
調査は難航を極める、犯人どころか手掛かりすらも見付からない。
『人間至上主義の組織』か『何等かの能力者組織』が関与している風は解るのだが、正体すら見えて来ない不気味な相手だった。
だがある時、とある伝で『サード・フォース』の情報部と名乗る男から有力な手掛かりの情報が入る。
曰く『今、世界各国で起こっている能力者の行方不明事件の被害者の半分は、騎士団で把握している能力者だ』と。
それは裏を返せば、騎士団に情報源があるという事だ。
闇に隠れ未だに全貌どころか尻尾すら何処の組織にも掴ませない『サード・フォース』の情報と言う事と、身内に裏切り者がいると思っていない騎士団は最初誰も信じなかった。
そんな中、調査官の補佐としてついていたフローが妙な違和感に気付き調査官だったフレイに内緒にして調査した。やり方は簡単、あえて未登録の能力者を護衛しながらフレイに流したのだ。その結果、未登録能力者の元に人攫いが来たのだ。
「そいつらを尋問したら吐いたわ、貴方から情報を貰ったってね。お金に目がくらんで、こんな事をしているとは思わなかった。でも貴方の凶行に気付かなかった私にも責はある。拾ってくれた恩もあるし、長年の仕事仲間だった貴方は…私が裁くわ!!」
「俺を殺るってか? やめとけ、あんな奴らの為に危険を犯すのは馬鹿だぜ?」
「あんな奴らですって!? 貴方の売った情報で失われた命がどれだけだと思っているの!? ………その罪、己の命で償って貰う。フレイ!!」
「熱いね、相変わらず。そんな正義感の篭った台詞嫌いじゃないぜ? 喜劇って意味でなぁ!!」
次の瞬間、二人の手が動く。
フローはナイフの持つ手とは逆の振り上げ、フレイも銃を持つ逆の手を振り下ろす。
「「炎よっ!!」」
敵味方という関係で紡いだ言葉は同じで、二人の間で爆炎が巻き起こる。
二人の能力は奇しくも同じ『火』を操る系統の能力だった、正確には『プラズマ発生操作』系の能力者。
空気中の浮遊分子にエネルギーを与え帯電、酸化などを起こしある意味燃焼させる現象を叩き出す。
「グッグウウゥゥッ」
「ハッハッハッ、どうしたどうした? これくらいで音をあげるんじゃないぞフロー!!」
渦巻く炎、光をあまり伴わない熱が二人を照らす。
一方は嗜虐欲に塗れた笑顔、もう一方は苦しみに歪んだ表情。
能力者同士の戦いには特徴がある。
識者同士であれば、己の感覚に沿った死角の見つけ合い、法師同士では神域と言う空間の塗り替え相手の支配空間を取り合う陣取りゲーム。
そして今回の様な導士同士であれば、それは空間内操作物質の奪い合いである。
フローは今回、裏切り者のフレイ相手に二つの不利があった。
一つは彼女の後ろで頭を抱える様にしてうずくまるリュシオール、もう一つは戦う場所と経験。
一つ目は言わずもがな、自分の放ったブラズマ炎にリュシオールがやられない様に出力が思うように上げられない事。相手はそんなものを気にせずに使っているから猶更だ。
もう一つは能力者としての経験はフレイの方が上で、微細な処理能力かつ出力の絶妙さで空間内の分子の大半を先に掌握されてしまっていた事だ。
同系統の能力者であれば椅子取りゲームの様に、先に掌握した方が有利になる。
一応対応策としては、気流を使い大量に酸素分子を含む空気を持ってきて使い捨ての物量戦に出るのだが、洞窟内の為にその戦法がとれない。
一方的になりつつある状況は、完全にとまではいかないが手詰まり状態を作り上げていた。
「さあフロー、質問だ。何度も以前も聞いたが、俺と共に来ないか?」
「くどい!!」
「あーあ、残念だよ。いい相棒になるかと思ったんだかな?」
「誰が悪徳を重ねる貴様なんかと!!」
徐々に掌握される分子がフレイに片寄る、数千度と言う能力者すら一瞬で炭化する炎がフローとリュシオールに迫っていた。
「ほらほら。意地を張っていると、その綺麗な顔が真っ黒に焼け………何っ!!」
プラズマの塊が一際大きく輝く。目を焼く程の輝きが起きてフレイの視界を白く塗りつぶした。
それはアジズが昔取った杵柄で作ったマグネシウムの粉と硝酸カリウムの混合物、俗に閃光粉と呼ばれる昔カメラのフラッシュで使われていた物だ。それを詰めたプラスチックの容器をプラズマの塊に放り込んだのだ。
そしてフレイの視界が戻った時には二人は何処にもいなかった。
何て事はない、能力を使い横から忍び寄っていたアジズが掻っ攫い、二人を抱えて部屋の端に能力で隠れているだけだった。
とは言え、いきなり掻っ攫った上に口を塞がれたフローは堪ったものではない。
同じ様に掻っ攫らわれたリュシオールが、安堵の笑みでアジズに抱き着いているのを見るまではフローは暴れまくっていたが、彼女は助けられた事に気付く。騎士団の訓練の賜物だ、だが警戒はまだ解かない。何故ならば、フレイはまだ同じ室内にいる。
「…空間操作系の能力者か? いや、そこまでの能力であれば大掛かりに………と言うより、幻覚や隠蔽系の能力と考える方が自然だな。だったら…。」
フレイはまだ同じ室内にいる事の可能性を感じていた。なぜなら、ここは洞窟で自分が居る位置は、広いながらも出入り口の前だ。自分の周りに通った感じはなかった、目にも留まらぬ猛スピードで居なくなるとしても風の動きもなかった。能力者の固有能力の発動は微弱ながらも感じた…という事は、考えられるのは逃げたと見せかけてまだ同じ室内にいる可能性がある事。
そのフレイの呟きはフローにも聞こえていた。その推測は当たりで、このままでは遅からず近い未来に見付かるのは確実だ。
フローはこの能力を使っているであろうアジズに目配せして、ユックリとした脱出を促そうと思っていたその時。
「たっ助けてくれ、フレイ!!」
出入り口に陣取るフレイの背中から、浅黒い肌をした小肥りの中年男性が息も絶え絶えに走り込んでいた。
「…どうしました? 此処のトップの貴方が、そんなに慌てて?」
「そっそれどころじゃない!! しっ侵入者っがっ!!」
「それくらい部下に任せてさっさと」
「違うっ、みんな殺られた!! ヒッヒイィィッッ!!」
「何っ?」
開け放たれた扉、その向こうの薄暗い通路を見た中年男性は悲鳴を上げる。
暗闇の中、白銀のレインコートが浮かんでいた。




