逃亡者とその仲間
「香住屋が帰ってこない?」
「ああ、多分何か起きた。」
高見原中央区 サイファ警備保障高見原支社 二階トレーニング室。
ここは隊員が身体を鍛える為に、最新鋭の設置されたトレーニング施設だ。そこでは誠一と桂二が体を鍛えていた。桂二は大胸筋周りをマシンチェストプレスで、誠一はベンチで腹筋を行っていた。
ちなみにいつもの三人の拓海は絵を仕上げるのと趣味じゃないと言って辞退している。
誠一はつい三日前一通りの修行が終わり、休息を挟んでからの今日だ。夏休みも数えるくらい残り少ないが、宿題は早めに終わらせており何をすることもなく居た所に桂二に誘われて、ここの施設を借りて体を鍛えていた。
そんな時にこの情報だ。誠一はマズいんじゃないかと思い慌てて立ち上がると、桂二に詰め寄ったのが冒頭の会話である。
「待て待て待て、落ち着け。ほんの一時間前に入ってきた話だ。」
「だと言っても帰ってこないってのは心配だろうが。」
「そうなんだが、俺らは動けない理由がある。」
「理由?」
そうだと言って誠一は一歩離れる。桂二はこの間の件で少し変わったなと思いつつ理由を語る。
「まず一つ、本当に行方不明なのかって所だ。まだ7時だしな、俺らくらいの学生ならないとも限らん。」
「たしか香住屋は真面目な性格だったはずだろう? 俺らのクラスでも聞いた事がある。そんな奴が予定外の時間まで出歩くか?」
「可能性という事ならある。それと二つ、人員がないんだ。誠一、ここは何の会社だと思う?」
「えーと、警備会社?」
「そう、しかも警備会社の本業はこの時間の方が多いんだ。うちの部隊は一応秘密組織の秘密部隊でな、普通の仕事もしてそれ以外の時間で部隊の活動をしているんだ。」
だから、情報を取る為の人員が居ないという事だと桂二は言う。
「あー、東哉は?」
「…チョットしごき過ぎた。今上の階で寝込んでる。」
「帰ってきたの三日前だろ? まだ寝込んでるのか?」
「身体の成長には励起法が厳禁だ。自然回復に任せるしかないんだ。お前も知ってるだろう?」
「…?」
そうなのと頭を傾げる誠一に、何でお前知らないのと桂二は半目で返す。誠一は自覚していないが、彼の師匠である思惟が無自覚で励起法で強化して鍛錬した後、身体の成長を促し反動を抑える特殊な漢方を使った薬茶を飲ませていたからである。
そんな手がない東哉は暫く寝込んでいるところである。ちなみに天子と彩はまだ帰っておらず、莉奈も東哉と別の方向でダウンして学園都市の寮で塞ぎ込んでるのでいない。
「それと三つめは、俺も疲労でちょっとキツイ。少し休憩を入れたい…能力者じゃないから過労死するんじゃないのかな?」
「それが本音じゃないか? と言うか分かったから無理するな。」
凄く疲れた顔をした桂二に誠一は気遣いながら、ならどうすると考えるが誠一ではなかなか思いつかない。どうしたらと悩み込む誠一達に横から声がかかる、どうもここで働く女性社員だ。
「分隊長、訪問客。八番です。」
それを聞いた途端、桂二の目付きが引き締まる。訪問客は普通の言葉だが、八番は隠語でトップの八方塞の誰かからの紹介と言う事だ。
「どこに?」
「応接室に通してます。あと、風文隊長は本社に行っていらっしゃいません。」
「マジか…、分かった俺が出る。応接室だったな。」
「はい。」
確認すると桂二は誠一に顔を向ける。
「すまない、ちょっと付き合ってもらっていいか。」
「ああ。」
服を着替える為に桂二は誠一を連れ立ってトレーニングルームを出ると、応接室へ行く準備を始める。
そして、手早く汗を落とし服を着替えて応接室へと入るとそこには中東の男性と、誠一達と同じぐらいの少女。そして金髪を後ろ手ひとまとめにした碧眼の少女。
桂二は少女をみて目を眇める。
「やあ。病院騎士の期待の新人、蛍火のフローレンスさんですか? こんな極東までどういったご用件で?」
「いきなり用件を聞くとか、この会社のマナーはどうなっているんですか?」
「いえいえ、ヨーロッパの能力者の保護をしておられる教会の騎士さんがいらっしゃるとは思ってもいなかったので好奇心に負けましてね、不作法で申し訳ない。」
売り言葉に買い言葉、お互いに丁寧に話しているが内容と平坦な声色で場の空気は恐ろしい事になっている。女性の横に座っている男女と桂二の後ろに立っている誠一は顔を引き攣らせている。
病院騎士。一般的な病院騎士と言えば第一次十字軍のおり、聖地巡礼に訪れたキリスト教徒を保護する騎士団の事を言う。何故病院かと言えば、その騎士団が教徒の保護施設に病院を併設していたからだ。
では現在はどうかと言えば、その病院騎士団は別名になり病院騎士団はべつの組織の名前になった。その組織の活動、それは能力者の保護と育成を主とするモノとなっている。
「まあ、ウィットな話はここでおしまいにして、本題に入りましょう。」
「…そうね、いい加減本題に入りましょう。と言っても今回は病院騎士として来ているのではないのよ?」
「ん? 違うのですか?」
「ええ、本題はこちらの二人。アジズ・サルワリさんとその娘さんリュシオール・サルワリさん。紹介状代わりの名刺をもらって、あなた達に協力をしてもらいたいの。」
そう言って彼女は一月前程の話を話し始めた。
中央アジアにある文明の十字路と言われた、中東のとある町。
国土のほとんどが砂漠と砂利や粘土で構成された荒野で、町中は砂が舞い飛び大陸特有の乾いた風が吹いていた。
首都から離れた名もなき町。舗装は凸凹で地肌を見せていて、状態が維持できていない事が解る。昼を少し過ぎた時間帯、町一番の活気がある大通りでは雑貨屋や屋台がチラホラと建っていた。
その小規模な繁華街の中に場違いな人影が歩いていた。周りの人間と比べて頭一つ分は高く体格は細身の長身、砂や埃でくすんだ周りの色とは対照的な白銀のレインコートの男。
色のコントラストで周りから明らかに、男は浮いていた。
しかし、おかしな事に誰一人として気にしないし気付かない。
この地域は雨があまり降らないにも関わらずだ。
見た目は白昼夢でみる幻影や幽霊のように動きの様で、フードを目深に被った白銀のレインコートの男はユックリと町中を移動する。
白銀の人影が歩く事数分、とある建物の前で立ち止まり中へと入っていく。
「あら、いらっしゃい。今日は早いのね?」
建物の中は、何処の国でも嗅げるアルコールの香りで充満していた。そこは世界の何処の国でも飲まれている、酒を主体に出す店『酒場』。
奥のカウンターに目を向ければ、中年の豊満な身体をした女性が出迎えてくれる
男はレインコートのフードをとると、少し薄暗い店内を横切りカウンター席へと歩を進めた。
「…マスターはいないのか?」
いつもなら男が来ると人懐こそうな笑顔の店主が居ない、いつもと違うと尾もあって声をかけた。
「一寸騒動があってね、旦那居ないのよ。だから今は私が一人…。」
女性の不安そうな顔に男は何があったのかと尋ねると、ちょっと逡巡した後に話始めた。
「最近、南の山にならず者が居ついちまったらしくてね。そこの奴らにうちの娘が攫われたらしくて…。」
「仕事をしている場合じゃないと思うが。」
「私だってそう思うよ、でもね…落ち着かなくて…いつも通り仕事でもしてないと飛び出して行っちまいそうになるんだ…。」
女性は苦しそうな顔をしながらグラスを拭く手を止めた。その手は小刻みに震えていたのだ。




