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いつもの日々に  作者: ルウ
幕間 修行
88/174

インターバルと言う名の修業回 中編


サイファ学院都市 研究棟内 能力者向け基本学科教室


彩はその部屋の中で一人、カリカリとペンを走らせている。Lの形をした大きな机の一画で物を書き続ける、その横には山の様な紙束が積み上がっていた。


「お、終わらない…。」


紙束の山の中に頭を抱えて突っ伏す彩、前回の期末テストでもあまり良い点を取れずに午後の補習からの再テスト。テスト明けてからは何やら色々事件を解決したと言う天子に捕まって、引き摺られる様に来たのがここサイファ学園都市だ。

最初は以前話していた能力者の基本的な事が色々と欠如しているからという事だったが…。


「だからって、何で一人ぃー。」

「それはね、あなたの固有能力が原因なのよ。」


部屋の扉から現れるのは長い黒髪の女性。黒縁アンダーリムの女性、どこかしらだらしない雰囲気が漂う彼女が大量の紙束を持って入ってきた。


「ハイ、追加。」

「げーまだ増えるんですかー。いつになったら終わるんですか…。」

「これが全部終わるまでらしいわよ? 教授曰く、今までさぼってた分やり終えるまで夏休みはない!! だそうよ?」

「うわー、酷い、横暴だ!! 鬼、悪魔、風文さん!!」

「最後のそれ大丈夫?」


部屋に入ってきた女性は金崎かなざきまどか、現住所は高見原の桜区門前町。実は喫茶店『里桜』の二階にいる居候である。


「この話を持ってきたのは風文さんだから当然の帰結です!!」

「とは言っても、基礎的なアレやコレを知っとかないと成長できないよ?」

「…三次元的波動の数式と周波数・脳内シナプスのイオン濃度と電位・神域。空間の支配と法則の支配。サルでもわかる励起法…最後の何ですか!! 嫌がらせですか!?」

「えぇ、これ…は? ………メモによると『基本的な所からやり直すのにはこれが一番 風文』だって。」

「あ・の・ひ・と・はー!! 昔っから、いつも、私を、からかってー!!」


サイファ学園都市の関係者、とりわけ教師などは彩とは幼い頃からの顔見知りである。姉である折紙奈緒美が亡くなってから、身元引受人になったのがこの学園の金属材料工学科の教授『多々良一鉄たたらいってつ』。多々良老の通り名を持つ老人と、この学園の理事に就いているエッグハルト・F・フランメワンドこと三剣風文、生化学研究の教授である重金浄とは昔馴染みだ。

中では風文にはよく揶揄われ、遊ばれているので彩は彼だけには怒り癇癪をだしてしまう。


「まあまあ、あの人の性格がひん曲がってるのって今更じゃない? 腹黒には近寄らず相手しない方が正解よ?」

「でも、私悔しくって!!」

「気持ちはわかるわー。と言うか、あの人の本性知っている人間はみんなそう思うわー。」

「ですよね!!」


円から同意された彩はとても嬉しそうである。


「それよりも何で私一人なんです? 固有能力が原因なんですか?」

「ああ、それ。理由は簡単、あなた聞いた所によると無意識に能力使っちゃってるんでしょ? 識者の能力者あるあるだけど、それがいけないのよ。」


それは読心の能力者、特に彩の弱点である答えだけを知ってしまい詳細な内容を必要としないと言う考え方だ。それは蛇の尾を見て頭が解る状態で、胴の長さを知らないようなものだ。


「だから今やっているのは、そこを埋めるための勉強って事。それで一人って言うのは、貴方が無意識で読んでしまうのを防止する為よ。でも、寂しいと思うから私が一緒にいるように頼まれたから私が来たの。」

「誰に?」

「重金教授。」


やはり頼れるのは重金教授か、と納得している彩を尻目に、円は自分の作業の為に部屋に備え付けられているもう一つの机に着くと、ノートパソコンを開いて作業に入る。


「円さんは何をされるんですか?」

「私? 私は副業の合間に本業よ。」


そう言うと円は一つの雑誌を取り出す。それは高見原の見どころを紹介する、地域の飲食店やレジャーの広告が書かれているタウン誌『高見原ナビ』だ。


「円さん本業の小説家で売れないから、副業のタウン情報誌の制作やってるんでしたっけ?」

「そーなのよ。私の小説が売れなくてねー。エゴサして散々言われて落ち込んでる最中なのー。」

「それはしなきゃいいんじゃないです?」

「気になるのよ!!」


エグエグと泣きながら立ち上げたノートPCで作業する円を放って、彩はやるしかないかーと諦めて勉強を始めた。




時間は少し遡る。

莉奈と天子が帰還し、風文へ報告の後にフレイアに引き摺られ莉奈が向かった先。


高見原中央区 サイファ警備保障高見原支社 地下 装備科


ここはサイファ警備に所属する人間の装備品を一手に扱っている場所だ。その装備科の中に放り込まれた莉奈は、部屋の片隅に作られた作業スペースに人が居るのに気付いた。


「あれ? もしかして明日香さん?」

「あら? 莉奈ちゃん?」


作業用のエプロンを身に着けた長い黒髪の女性は、作業台の椅子から立ち上げると目を保護する硬化偏光サングラスを取ると振り向いた。

長い黒髪を髪留めで一つにまとめた柔和な顔の女性、少し友人の天子に似ているが大人の女性と言うような感じで、何時会っても莉奈は少し憧れる。

彼女の名前は日向明日香ひむかいあすか、高見原楼閣町の片隅で手作りアクセサリーショップを営む女性である。


「お久しぶりです。今日はここで何を?」

「風文さんに頼まれて、装備品の試作品を作る手伝いに来てたのよ。もう終わったから、ここの設備を使ってちょっと大きめのアクセサリーを作ってたんだ。莉奈ちゃんは?」

「実は…。」


莉奈は風文と支社長室で話した事を明日香に話した。すると彼女は腕を組んで難しい顔をした。


「特別訓練か。…私も一度参加したことがるけど、キッツいわよ。」

「マジですか? 内容はどんな事を?」

「うーん、単に何がキツイかは言えないのよね。こればっかりは体験してみないと。」


明日香が言うにはこの訓練はとある方法で『異世界』へと赴いて様々な作戦行動を行うのだ。それにおいて必要なのは様々なスキル、しかも高度かつ維持し続けないと言うのだ。


「維持、ですか?」

「そうよ、異世界での作戦は長期間を必要とするものばかりなのよ? その時必要なのが何か解る?」

「えーっと、サバイバル能力とかですか?」

「それ貴方が得意なのよね? 違うわ高深度の励起法よ、しかも最低維持ラインが深度4以上よ?」

「深度4!?」


励起法の強さは大まかに深度で表現される。理論限界値は深度8、これは素粒子すらも操作し莫大なエネルギーを生産する深度だ。深度4は自分の遺伝子などを操作するレベルだ。


「なんでそんな高深度まで? 高位能力者でも深度3から3,8くらいって聞いてますけど。」

「深度4が能力者の壁って言われてるけど、なぜ深度4かと言えばそのレベルから老化を止めれるからよ。」


そう深度4からの励起法は老化を止めれるのだ。励起法を使うたびに細胞が活性化され、テロメアを修復や遺伝子の修復などを行える。


「私も以前作戦に参加したって言ったでしょ? どれくらいの期間だったと思う?」

「長いって言ってましたよね? 1か月ぐらいですか?」

「10年よ。」

「えぇ!?」


明日香は以前、固有能力とその能力を使うために高深度の励起法が使える為に作戦参加を依頼されて行った事があるのだ。


「私幾つぐらいに見える?」

「えーと、25ぐらいですか?」

「残念、見た目はそうだけど。中身はもう45ぐらいなのよ。」

「マジですか……まさか、私それに連れて行かれるんですか!?」

「多分ねぇ。それ以外にも、色々、ねえ…そうだ。」


高深度の励起法を習得しないとマズイと、慌てる莉奈に明日香は少し悩むと作業台の隅に置かれた一冊の本を渡した。それを手に取った莉奈は、それを素直に開く。


「白紙?」

「違うわ、これ『儀式』で作られた本よ。何か自分が知りたいものを念じて表紙に手を置いてみて?」


言われて莉奈が表紙に手を置くと驚いた。


「頭に直接知識が流れてくる!?」

「すごいよね。西洋の魔法使いが使っていたとされる儀式道具『魔導書グリモワール』の再現品らしいわ。昔の儀式使いはこれを持ち歩いて様々な儀式を使ってたらしいわ。」

「凄いです!! でも何でこれを私に?」

「これを持っていれば、貴方の戦術が広がるからよ。演算する時に励起法に偏ってると固有能力が使いにくいでしょ? だったらこれを使ってそれを補うって事よ。それと、あらかじめインプットしておくと色んな知識を送ってくれる。」


長時間・高深度の励起法を使う予定になってる莉奈にとってこれは助かるものだ。特に科学知識や化合物の分子構造式をインプットしておけば好きな時にそれを呼び出せる。


「ありがとうございます!! これで何とかなりそうです!!」

「力になれて嬉しいわ。ああ、インプットは背表紙にある端子をケーブルで繋いでやってね。」

「はい!! すみません、私準備があるんでもう行きます。」

「うん頑張ってね。励起法は深度4以上を早めに習得する事、じゃないと直ぐにおばあちゃんになっちゃうわ?」


莉奈は顔を引き攣らせながら分かりましたと言って、隣の備品室へと駆けて行った。

明日香は彼女にとって大変な試練になるなと少し同情しながらその背を見送る。

異世界での訓練は過酷だ、以前聞いた話だとこの世界の『主神』が他世界の主神に依頼されて行う事が多い。仕事内容は世界のバランサーの仕事、それは戦いを主軸とした大変な仕事が多いのだ。

明日香は以前、固有能力で焼き払った都市を思い出す。やらなければならなかった事とは言え、心が辛い仕事だった。


「…頑張ってね。」


彼女の道行きに幸あらん事を。


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