女の子の冒険 前準備
側道の入り口は、よく見ないと気付けないような荒れようだった。しかし、3m程草をかき分けて行けば、人二人が肩を並べて歩ける位の道があった。薄暗い森の中、白い玉砂利が敷き詰めてある道がぼんやりと浮かび上がる様に見えていた。
治孝の頭の中に霞がかかった様になっていた。言葉が出ない、身体が思うように動かない、誰かに誘導されているかのように足が道を歩いている。
身体が動かないから必死に抵抗をするも、ピクリとも動かない。どうして、動け、動けと体を動かそうとしても全然動かない、そのくせ目から涙が零れる。
必死で抵抗するもどこかに向かう足以外は動かない。それから抵抗を始めて10分ほどでそれが見えた。
二本の木が道の脇に立っており、その間に伸びる玉砂利の道が途切れていた。
その道の終着点には、廃墟の様に古ぼけた神社がたっていた。
「夏でもここまで高地だと薄着じゃ寒いねー。」
「海抜五百メートルだと三度くらい低いうえに、風による体感気温の低下が考えられます。焚火の薪を増やしますか?」
「フレイヤさん大丈夫だよ。私が作った特殊な薪を使ってるから。」
夕暮れの中、そよそよと吹く風が肌寒い。フレイヤが言う通り、この場所は少々高地にある。しかし、人形のフレイヤはともかく莉奈と天子の二人も寒そうではない。理由は莉奈が火にくべている特殊な薪にある。
「私の能力で処理した薪だよ。燃焼時間の延長と火力のアップしてるから長く熱く燃えるんだ。」
「莉奈ちゃんの能力便利よね、一家に一台欲しいわー。」
「私は家電じゃないわよ。」
「知ってる、工場だもんね。」
「違うっ!! 誰よ私の最近の仇名ばらしたの!!」
莉奈の最近の仇名は『工場』。何故なら材料さえあれば、設備や触媒を必要とせず余剰物を出さずにあらゆる物質を作り出すことが出来るからだ。しかも能力で作るので際限なく作り続けることが出来ると言う。
切っ掛けは風文による修業の話からだった。莉奈は覚醒が早かったのだが、隠れていたためにあまり能力を使ってこなかった。その所為か、能力の熟練度がかなり低い事が解ったのだ。
それを危惧した風文の鶴の一言で能力を使った訓練、兼部隊の資金稼ぎ兼試薬の販売による物流からの研究所の全容を探ると言う作戦が発動されたのだ。その結果が莉奈が持つ『工場』と言う仇名である。何しろ一人で工場並みの物資を生成できるのだ、そう呼ばれても仕方がない状況である。
「桂二君が教えてくれたよ? でも流石に一日でトン単位で作るのは工場だって。」
「そうだけどさぁ、そうだけどさぁ!!」
打ちひしがれる莉奈は、バーナーにかけたコッヘルの中身をグルグルとかき混ぜる。
「ちなみに何を作ってるの?」
「ううー…マサラチャイだよ。うちのネパール出身の先輩から教えて貰ったの。」
「紅茶の葉ってティーポットで出すんじゃないの?煮出してるけど大丈夫?」
「作り方はこうなんだって、スパイスと砂糖を入れるから濃い目に出したセイロンかアッサムが良いって聞いたけど…大丈夫かなこれ。」
見れば少し茹って、水面がぐらぐらと動き茶葉と入れたスパイスがグルグルと回っている。完全に沸騰する前である。
「データによれば、一度沸騰させて中火位でいいらしいですよ?」
「へー、ありがとうフレイヤさん。だったらこのままか。」
「スパイス何入れたの?」
「世界最古のスパイスと呼ばれるシナモン、スパイスの女王カルダモン、強い方向を持つクローブ!!」
莉奈の目が輝いているのを見て、天子はこれはマズい傾向だなと顔を引き攣らせる。天子は今まで第三部隊の人間と良く関わってきた、そのお陰かあの部隊の人間は共通点がある事が解る。
それは部隊全員、何かしらマニアックな趣味を持つという事だ。
例えば大隊長の風文は本・ビブリオマニア、部下の桂二は情報収集家で他にもプラモやアイドル・編み物・多肉植物・猫・家庭菜園・水槽…etc。
莉奈はそんな彼ら彼女らに影響を受けたのだろう、予想だがお茶マニアになっている気がする。
「でね、クローブは芳香性健胃薬に分類されてね。とても体に良いの!!シナモンの整腸作用が…」
いや違った、薬草マニア…生薬マニアみたいになってる。
「風文さん、第三部隊どうなってんの…東哉君にどう言えば良いのよ…。」
楽しそうに語る莉奈の横で天子は頭を抱えるのであった。それはそれで溜息を吐きつつ天子は、手に持ったどこにでもある掌大の石に爪楊枝をあてがう。
「そうだ、莉奈ちゃんそれ飲んで仮眠取ったら探索に行くからねー。」
「りょーかい。何処から回る?」
「最初に居なくなった興水って子の最後の目撃地点から始まって、いなくなった人達が消えたと思われる地点を回るでいいんじゃない? 共通点を考えて回るといいかもね。」
「共通点? 隊長は特にないって言ったけど。」
「追加調査で解った共通点があるのよ。フレイヤさん、あれを。」
天子が指示を出すと、ローチェアで寛いでいたフレイヤが傍らに置いたリュックサックから紙束を出す。
「これは…行方不明者の身辺調査。名前・出身・職業、動画配信者…趣味、天体観測・ナイトハイク。あーなるほど。」
動画配信者は見ていたから解る、人屋の森で心霊系の配信をしていた。天体観測は言わずもがな、ナイトハイクは夜山に登り夜景を見るためハイキングするものだ。
全ての共通する事は夜に出歩いているという事だ。
「だから夜に調査するって事ね。」
「そういう事―。順番に回るから装備はしっかりね。」
了解、そう言いながら莉奈は出来上がったマサラチャイを三杯それぞれのテーブルの前へと差し出した。
「ところで爪楊枝を石に当てて何やってるの?」
「ああこれ? 励起法の訓練。励起法って強化は全身だけど、強化率を上手く調整して使うと効率が上がるらしいんだ。そこでこれ、見てて?」
そう言うと天子が励起法を使う。瞬間で励起深度が下がり急激なエネルギーの上昇により天子の身体が薄っすら光を放つ。光が収束し身体の光が爪楊枝に集まると同時に天子は爪楊枝を石に差し込んだ。
「えっ。凄い。」
「霧島神道流の基礎にして奥義と言われる、励起法の余剰エネルギーを使った物質強化。効率よく能力が使えると武器に励起法が出来る。莉奈も訓練次第で出来るよ?」
「いやー、それは…無理だと思うな。」
莉奈は愛想笑いで出来ないだろうなと思った。
「それより、九時近いけど行く?」」
「そうね、お茶飲んで身体もあったまった。行こうか、フレイアさん此処よろしくね」
「了解しました。」
二人は椅子から立ち上がるとキャンプの向こう、該当のない道へと歩き出す。暗い闇を湛えた森へと入って行った。
「さって、お遊びはここまで。本気で行くよ莉奈ちゃん、ここからは冒険の時間だ。」
「そんな年じゃないんだけどなー」
二人の日常は終わり、そして始まるのが女の子の大冒険だ。




