悪意の残響 三剣風文
男の名前は三剣風文。天子に紹介された莉奈を助けたり、陰ながら誠一達を支援している謎の男である。しかしてその正体は、裏の世界において正体が解らない恐怖の代名詞『第三部隊』の総隊長だ。
その顔は天子と莉奈が一番最初に会った倉庫の時とは違い、涼しげで精悍な顔つきに柔らかな笑顔を浮かべていた。天子を筆頭とした知り合いが見れば、胡散臭いと顔を引き攣らせる事間違いない。
紅と言うより暗赤色の軍服の様な服には、所々に色々な文字が描かれていた。東哉と誠一はその装備に妙な圧力を感じ、二人は自然と道を開ける。
風文はそれを見て、校庭の惨状を見て、校舎の生徒会室のある場所の大穴を見て、最後に虎人を見て頷く。
「なるほど、追い詰められて偽神薬を飲んで暴走変異体になったか…見た目から虎人、ワーキャットとは違うか。」
「ちょっとあんた、そんなにのんびりしてたら!!」
「ん?」
そう、のんびりしていたら虎人は隙と感じ襲ってくる。風文が東哉の言葉に首を傾げた瞬間、跳び上がって伸びた爪を風文に振り下ろす。
「ああ、安心すると言い。こんなのは隙とは言わん、余裕って奴さ。」
「ええっ!!」
ガインと鈍い音と共に爪が受け止められる、『二本の箸』で。
「は、し!?」
「うな、アホな。」
風文の手に持たれた二本の箸が、虎人の爪をしっかり摘まんで押さえていたのである。
涼しげな顔の風文と対照的に、表情が出ない筈の虎人が困惑していた。
「ちょうどいい君達にも少しレクチャーをしてあげよう。一つ、能力者の励起法は接触した場所もしくは物も強化できる。この今さっきまで使っていた割り箸もこの通り強化されて、この鋭い爪も受け止めれる。」
笑顔で言われても状況を飲み込められない二人は、壊れたロボットの様に頷く事しかできなかった。
そんな二人に笑顔で答えると、箸でつまんだまま虎人を投げ捨てた。
「まあ、こんな安物じゃ強化したエネルギーに耐え切れずにすぐにボロボロになるけどな。さて次のレクチャーは戦いにおける能力者の戦い方だ。」
ボロボロに崩れ落ちる割り箸、火を付けた訳でもないのに黒く炭化した箸が崩れ落ちる。
「とは言え。能力者の戦い何て決まったセオリーなんてない。何故かと言えば神域の強さと固有能力の違いがあるからだ。例えばそうだな、この変異体は暴走しているだけあって強力な神域を纏っている…だから。」
風文は右手に剣指(指を立て剣の様に使う)を作りスッと上から下へと線を引く様に振り下ろす。瞬間、爆音と共に空中になぞった線から陽炎を作る程圧縮された空気がかまいたちの様に虎人に飛んだ。かまいたちに虎人は動じず無視する様に受けるとそれは霧散する。
「強力な神域はこんな風に、物理攻撃や自分以外の能力を減衰し中和もしくは突破する。固有能力だってそうだ直接作用する様な能力も相性次第で無効化されてしまう事もある。」
虎人は攻撃されたのを返すかのように咆哮する、それに応じるように水の触手が立ち上がり風文を襲う。
それを人混みの中避けて歩くかのように虎人に近づきながら避ける風文。
「ふーん。研究部の報告通り、脳内の『賢者の石』濃度が高くなり結晶が脳を圧迫して海馬と前頭葉がまともに動いてないな…哀れな。」
近付いてきた風文に再び迫る爪、それを半歩だけ体を後ろにさげ紙一重で躱す。通り過ぎる爪が振り下ろされると同じスピードで今度は一歩踏み込み、体を捩じる様に前に蹴る。
「グアァ。」
「脳が正常に動いていないせいで本能だけ、獣性で動いているから動きが単調で読みやすい。本当に哀れだ、命が軽いな。」
どのように蹴ったかは分からないが体を抱えるように蹲る虎人を、風文は哀れんだ目で見降ろした。
「まあこんな風に能力者の戦いは個人によって千差万別になる。要するに見極め、考えて臨機応変に、的確に対処するのが最善だな。最後のレクチャーは心構えだ、能力者は覚醒してから精神構造が少々変わる。感情の希薄化や多くは偏執的になったり打算的になったりする、それはとても厄介だ。だからこういう時はどうするかと言えば。」
カチャリと音が聞こえる。東哉が音源を見れば、風文の腰には太刀、日本刀がある。いつの間にとしか言われるほどに、そこに太刀があると気付かなかった。誠一を見てみると東哉と同じように気付かなかったようで、驚愕する顔があった。
だがそれは、その驚きは東哉とはちょっと違う。
その訳はすぐ解る、風文が鞘を持ち鯉口を切ったからだ。
「えっ!?」
「学生だから戸惑うのはしょうがない。能力者にとっては生きていく上での最初の試練だ。」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。あんた一体何しようとしてんだ?」
「何って、始末しないと。」
裏の世界の能力者にとって、ある程度の実力があると幾つもの試練が降りかかる事がある。表向きではこの平和な国で一番最初に来るのが、命を奪う事だ。
先ほど風文が言った通り、能力者が覚醒すると少々精神構造が変化する。これは能力者が覚醒すると脳内の演算野が拡大する事によって他の領域が抑えられているからと言われるからだ。そうなると性格に偏りが現れ、偏執的になったり、打算的になったりする事が多い。そうなると問題がある、戦いになると相手が死なない限り戦闘が続く場合があり、最後までやり切って始末してしまわないと命の危険があるのだ。
「そういう理由で能力者同士の戦いは泥沼になりやすい、こんな危険な相手は特にな。それに生命活動はしていても人として死んでるやつは…もうどうしようもない。」
「どういう事、ですか。」
「ここ数日の調査結果で分かった事だ。偽神薬は普通の人間には少しの副作用があるだけだが、能力者に使うと9割の確率で脳の急性機能障害で死んでいた。後の一割は…。」
そう言っていまだ腹を押さえて蹲る虎人に目をやる風文、実際の所暴走変異体はもう死んでいるのと同じだ。脳のほとんどを能力の出力を上げる為に演算野に変えられ、外見も獣に変っている。今回はその影響で自意識も亡くなっている。
「と言う訳だ。」
「でも、だからって…。」
それでもと、口籠る東哉。彼も言われて何となく解っているのだろう、だが今まで培ってきた倫理観が東哉を悩ませる。
しかし、そんな東哉の悩みも長くは続かない。彼の肩に退かせようとする手がかかる、東哉が振り向くとそれは覚悟に満ちた誠一の目があった。
東哉を退かせると、誠一はフードの下にある目を風文に向けると緊張した声色で話しかける。
「それは、能力者のだれしも通る道ですか?」
「いいや、危険に近づかなければ通らない。」
「危険に近づければ?」
「遅かれ早かれ通る事となるだろう。通らない選択肢はとても細く狭い道で難しい。君はもし、見逃した敵が自分以外を傷つけるような事があっても後悔しないか?」
それを言われて誠一は唇を噛んで頭を振り、東哉はこの間戦った能力者が莉奈を傷付けると考えて奥歯を噛んで俯いた。
「因果はどう動くか解らない。だが結んだ因果は当人でしか処理が出来ないんだよ。」
「だったら…俺がやります。」
「おい、誠一!!」
「スマン…、ここでやらなきゃダメなんだ。多分この間言った俺の消えた記憶にあると思う…ここで、やらないと後悔する気がするんだ。」
誠一は右拳を握り左手で隠し、深い呼吸をもって身体を整え、腰を落とす。励起法を最大深度まで下げ、同時に能力を最大出力で使い身体を最大まで強化。
「誠一…。」
東哉はそう言われると何も言えなかった。何となく解るのだ、消えた記憶が訴えてくるような奇妙な感覚。言葉にするならば、それは仲間の為にだ。
「後悔はしない為に、俺は俺が持つ最強の技を持って手向け(たむけ)とする。」
風文はそっと道を空ける、動けるようになった虎人が立ち上がろうとするその時。誠一が一瞬で懐まで飛び込むと、隠した右拳が複雑な指の動きをした直後、虎人の胸へと拳を当てた。
「儀式絶招『龍声』!! さよなら…」
当てられた拳から逃げようと虎人が動いたと同時にその胸が巨大な大砲で打ち抜かれたかの様に爆発し…その場に斃れた。
その様子を崩れた生徒会室の穴から見ていた天子は悲しげに呟く。
「クローンでも、あなたに変わらない。気に食わなくて嫌いだったけど、さようなら260番」




