悪意の残響 音源
高見原中央区 サイファ警備保障高見原支社 二階 小会議室
そこでは他の二組と離れてノートパソコンの前に座る桂二がいた。今日は人と会う予定があり、ここで仕事をしながら待っていたのだ。
「予算管理が一番強敵だよな…金が湧く泉とか万馬券とか一等前後賞当たんないかなー。」
「それは無理ってものだ、いつだって人間は限られた範囲でしか動けないものだよ。」
「うおっ、ビックリしたっ!! って紫門さん!?」
突然後ろから声を掛けられて、桂二は椅子から転げ落ちそうなほど驚いた。それもそうだろう小会議室の唯一の扉は目の前、にも拘らず声を掛けられたのは後ろからだ。いくらノートパソコンに集中していたとしても、目の前の扉が開いたら流石に解る。侵入も感じさせずに入ってきたらこんなに驚くのは当たり前である。
「ふふふ、そんなに驚くとは。まだまだ修行が足りないんじゃないかい?」
「修業とかそんな問題じゃないですよ…能力者の先輩方ならともかく、自分これでも一般人に毛が生えた位ですからね?」
「残念、『儀式使い』は一般人ではありません…まあ、それよりもだ。『残響』の尻尾をようやく掴んだ。」
「本当ですか?」
『残響』
それは桃山財閥の中枢にいると言われていた謎の人物である。『残響』の名前は20年以上前の書類などから知られてはいても、その人物像どころか性別・人種・年齢・国籍が一切不明だ。ところが今回、天子にそのような人間がいると言われ、その人間が研究所に来た日時とリムジンの記録から逆算する事で細々とした情報を得ていた。
「聞いた話から調べた結果、こいつがヒットした。」
「日本芸術界の幹部、各務雲信49歳、K大学医学研究科卒業…遺伝子学の博士号持ちで芸術家へと転身、とても胡散臭い経歴ですね。」
「ああ、こいつの作品はいくつか見てきたが、確かに芸術家って感じの作品だった。しかし、君の友人程じゃない。」
「金を使った地位の可能性が高いですね。隠れ蓑なのでは?」
「多分な。とまあ確定ではないのだけど、多分こいつだ。」
「確実ではないんですね?」
桂二は珍しいと、目を見開く。
それもそのはず彼は、サイファグループの裏を担う諜報員だ。これまで数々の諜報を成功させてきた、諜報のプロだ。今の様に確定しない時点で話すのは珍しいのだ。
「ふふっ。いつもと違うから動揺させたかな? 調査期間が短いのもあるが、相手のガードが殊更に硬くてね。今回は方々に調査の解析を頼んだせいで特に。」
「方々ですか…。」
「そのお陰で、そいつの能力も何となく解った。」
「能力もですか!?」
さすがサイファグループにおける諜報員、凄い人だと桂二は苦笑する。
「追跡調査をしている内によって解ったんだが、そいつの周りで人が変わったと言う話が多くな。予想を立てて、この間の海上発電実験場のオブジェクトに残された儀式と照らし合わせて突き止めた。あの男の能力は恐らく『増幅』だ、しかも質の悪いもので精神の『増幅』だ。」
「それはとても質が悪い。」
紫門の話によると、各務雲信の周辺を探ると奇妙な話が多い事に気付いたらしい。彼と関わると皆人が変わったように錯乱したり欲望をむき出しにしたり、人によっては善人に成ったりもしていたという事だ。
「という事で、その人が変わった人間の様子を集めて脳科学や心理学の医者に話を聞きに行って、最後に浄の所での売力を使ってもらって出た結論が『増幅』だった。」
「なるほど、勉強になります。…という事は、感情の増幅という事でしょうか?」
「俺の見立てと浄の推論で言えばそうだ。錯乱したのは様々な感情をランダムに増幅された事、欲望もそうだな。善人に変わったのは良心を増幅されたからだんじゃないかという事だ。」
それを聞いて桂二は天子に聞いた、誠一の記憶が消えた切っ掛けを思い出す。豹変したかのように誠一に襲い掛かる…おそらくはその時に何らかの感情を増幅されたのだ。これは思ったより厄介な相手だ、と桂二は頭を抱える。
「それともう一つ。お前の所の生徒会長、一度確認した方が良い。」
「はっ、確認? どういう事ですか?」
「その生徒会長の住む寮に、未確認の能力者が入り込んでいる可能性がある。お前の報告後に張り付いてた調査員からの報告がさっき上がってた。」
「えっ、すみません。その情報はまだ目を通していませんでした。・・・しかし、それだとしたら事態が色々ぐちゃぐちゃになってマズいような…。」
事態は混迷を秘めて、桂二の頭はやる事の多さが相まって沸騰しそうになっていた。今の高見原の状況、焼死事件の推移、『残響』の正体とその対処、そして生徒会長の不穏な動き。
どれから手を入れればいいのか…と悩んでいると、桂二の携帯電話が鳴っていた。
「紫門さん、すいません失礼します。…どうした拓海………なんだって!?解った。お前は絶対に動くなよ戦闘力がないんだからな。東哉が言った場所は複数あるが反応が一番大きいのが生徒会室だって? まずいな、誠一達はさっきまで中央区の港通りから帰ってきてる最中。俺も今ここから動けない、どうする? 東哉の馬鹿が、無事に帰ってきたら鬼と言われたのうちの訓練を受けさせてやる…。」
後先考えず突っ込んでいった東哉に対して悪態を吐きつつ、状況のヤバさにいつもは余裕を持った桂二が慌てる。東哉の事だ、反応のあった場所をすべて回っているだろう。最後に行くのが一番大きい奴としても時間が圧倒的足らない。
どうする、と悩んでいる桂二の肩をトントンと指先で叩く手があった。
「え?」
「俺を忘れてないかな?」
振り向くと自分を指さす紫門がいた。
「良いんですか?」
「俺が表に出ることは出来ないが、足ぐらいにはやってやるさ。…この間もなったばっかりだしな…。」
「お疲れ様です。でしたら、港の方の誠一を学校の方にお願いしていいですか?」
「任された、その彼の携帯の位置情報を頼む。」
「了解です。」
そこまで言うと紫門は、扉ではなく壁の方へと歩く。桂二もそれに疑問を抱かず、紫門に頭を下げる。
背中越しに手を振ると紫門は、壁へと『潜り込ん』だ。七凪紫門、彼はサイファグループの裏の諜報員にして上から数えた方が良い程の能力者。能力名『神隠し』、空間を渡り潜り込み空間を操る法師系能力者である。
東哉が飛び出し、桂二が頭を抱える二時間程前。
港通りから少し離れた倉庫街に、誠一と天子はいた。入り組んだ倉庫の影から二人は、とある倉庫を見張っていた。
「あそこがそうなのか?」
「そうね、あそこが人身売買のアジトだと思う。」
二人は当初の予定を大きく逸脱して正義の味方をしていた。




