悪意の残響 二人の昔と今
「誠一の奴が覚えてないのは多分その時のアイソレーションタンクの時だ、ショックと酸欠で記憶が飛んでる。まあそれは良いとして、なんでそいつが『残響』だと?」
「この間の林間学校の公園のオブジェあったでしょ?」
「ああ、東哉の奴が派手にぶっ壊したあれな。」
「最近色々な事があって昔の事をポツポツと追加で思い出してるんだけど、あのオブジェの雰囲気と杖を持ってたアイツの雰囲気がそっくりだったの」
印象と勘かと呟きながらも桂二は、以前言われた事を思い出す。
「能力者の勘は未来予知に等しい、もし何かあると言われたら本当に何かある場合が大きい…か。良し、この件は上に通してみる。今高見原に本隊から探索系の能力者が来ている掛け合ってみるから、お前らも成果出してくれよ?」
「解ってるわ、誠一君と二人きりの探索兼デートに行ってくるわ。」
「デートの方に偏ってねぇ? …やること忘れんなよ。」
翌日、暫く学校が休みになるという事で天子と誠一は街へと繰り出していた。
いわゆるデートと言う体裁を取っているが目的は探索、目標は『売人』である。
話によると死んだ後藤の裏取りが出来てない事柄があるらしい、それが学校で問題視されている薬物問題だった。
「しかし知らなかった。学校の中で薬物が出回っているなんて。天子さんは知ってた?」
「ううん、知らない。私も友達にそれとなく聞いてみたけど、みんな知らないらしいよ。手も桂二君の話通りなら、私達の友好範囲外で流行ってるんだと思う。」
「工業系と音楽美術系か。」
誠一は自分の友人関係が狭いながらも、薬物関係という話から予想を付ける。その予想は正解であった、工業科は後藤の在籍していた科だから蔓延していたのは確かだ、音楽美術科は噂を聞いていたからだ。
「美術科は課題がキッツいらしいからねー。最近病んでる人いるって聞いたし。」
「多分ストレスたまってる人間に近づいて『疲れない薬』とか『ストレス解消の薬』とか言って売ってるかもな」
高見原学園の音楽美術科にはノルマがある、二年生に上がると二か月に一度作品を出さないといけない上に一定の評価を出さないといけないのだ。
「美術科の子にも聞いたけど、結構思いつめた人が多いらしいよ。鬱病の子もいるらしいし。」
「拓海の奴がのほほんとしてるからそこまでだとは思わなかった」
「彼、絵の才能があるものね、この間中央区で個展開いてたの見たよ」
「あれ俺も手伝ったんだ。ていうか、あいつの絵凄いのは解るんだけど、よくわかんなくないか?」
「解る。芸術家の感性って良く解んないところあるよね」
楽しそうに話しながら歩く二人。誠一の方は女性とデートの体ではあるが、気恥ずかしいのか表情が硬くなっている。そんな彼の姿を見て天子は少し嬉しくなってしまう。
横から見る彼は背が高くなり、たくましくなった。でも表情は昔と変わらない、記憶が無くなったとしても彼は変わっていなかった。あの頃、自分を背後にして庇ってくれたままの彼だった。
「天子さん? 何か気付いた?」
「ううん、ここら辺はあまり売人はいないみたい。私がここら辺一掃した時から変わらないままなんじゃないかな?」
「一掃って…。」
天子がそう言うと誠一は少し引きつった笑顔で返す。それでも彼女は楽しかった、あの時の地獄の様な毎日からこんな日が訪れるとは思ってなかったからだ。
そんな嬉しそうに笑う彼女を見て、誠一は少し困った顔をして天子に聞きたいことを聞く。
「なあ、天子さん。」
「なーに?」
「何で桜坂であんな事をやってるんだ?」
そう言われて天子は、聞きづらい事を真っすぐに聞いちゃうんだ…変わらないねと心の中で呟くと誠一の腕を取って何処かに連れて行こうとする。
「おぉっ、ちょっと!?」
「私の事を知りたいって思ってくれてる事は嬉しい。でも、ダーメ。今はカップルのふりをしながら探し人でしょ?」
「あっ天子さん、当たってるって!?」
「気にしない。行こっ」
腕にしがみつくように引っ張りながら天子は誠一の顔を見る。腕に伝わる柔らかな感触に動揺しながら、それを隠すように笑顔になる誠一に返した。
それから二人はウインドウショッピングや、途中でスイーツを食べながら街を楽しみながら歩く。
「正直、怪しい奴は何人か解るんだがどんな奴か解んないな。」
「あー確かに、怪しそうな人はいるけど怪しさの種類が解んないよね…まあ、そこは感知系の能力者『識者』に任せて。」
誠一には怪しい人間は解るのだが、どのような怪しさか…要するに怪しい奴は違法薬物の売人だけとは限らないのだ。
しかし、それを何とかできるのが『識者』の能力者だ。天子は誠一を近くのビルの壁まで引っ張っていくと、彼に手を壁に当てて自分を隠す様に支持すると目を閉じた。
「ちょっと、この体制は…。」
「ネタは古いけど、悪くないよね。役得、役得…ちょっと集中するから静かにしてて。」
「う、ああ。」
天子は目を閉じ集中する。『桜坂の剣士』として活動している時に情報収集するいつものルーティン。
天子の能力『明鏡』はあらゆる音や振動を視覚として感知できる能力だ。それは一言で表せれば音を目で見る能力だが、天子は長年の能力行使により目で見た音波を再構成し音として認識できる術を身に着けていた。
ただそれをするには集中力が必要で、処理能力が高い能力者でも動けなくなるほどなのだ。
「私、無防備になるから守ってね?」
そう言われた誠一は、一瞬何かを思い出したかのように眉間に皺を寄せると頷いた。そして天子は目を閉じ集中する。
能力の行使範囲を直径一キロメートルと定めてその範囲内の声を見て、頭の中で言葉に変換する。人通りが多い繁華街の中では走査する数は段違いに多い、その上売人たちがそのような事を喋っている可能性も聞かれた危険性を考えると低い。その為、集中する時間は長くなる。
そうして集中する事、20分。天子がゆっくり目を開くと、目の前には心配そうな誠一がいた。
「どうしたの?」
「額に汗を流して、ちょっと苦しそうだったから心配した…。」
気付けば集中しすぎて顔に汗が浮いている。天子は薄く塗ったファンデーションがとれないようにハンカチで拭うと、心配させてしまった誠一に悪いなと思いながらも悪戯心が浮かび上がっていた。
「キスでもしてくれたら楽になるかも…。」
「グフッ…天子さ…ん。それはちょっと…。」
「しないの?」
「しません!!」
ちぇっーと言いなが笑う天子に、誠一は揶揄われたと気づき顔を真っ赤にして片手で顔を覆う。
「勘弁してください…。」
「ほらほら。これくらいで恥ずかしがってちゃ、これから大変よ?」
「それってどういう…。」
「自分で考えましょう、ほら今日は後三か所行く予定だから頑張りましょ?」
「ああ…。」
誠一は恥ずかしさと良く解らない既視感で混乱しながら天子の後をついていく。
昔とは逆だが、あの時より背が高くなった二人はまた同じ時間を歩き出した。
世界はまだこんなにも不穏で物騒だけど、天子は昔より笑えていた。




