悪意の残響 幕間
約15年程前。
戦争の余波もあり、能力者…とりわけ実働に耐えうる人材が急激に減った時期があった。人材と言うものは直ぐに確保できるものではなく、発掘するか一から育てるかが普通ではある。しかし、ある一部の人間達が暴挙に出た。
「暴挙? 何があったの?」
「私も詳しく知らないんだけど、誘拐、拉致、略取。昔にあった嫁盗みの亜種みたいなんだって。」
「えっ⁉」
嫁盗み、それは誘拐婚と言われる今ではなくなったはずの求婚する相手を誘拐する風習だ。昭和の初期になくなったはずの風習が復活したのであった。原因は前述した戦争で、大勢の能力者が死亡してしまったのが原因だ。能力者の卵は多いのに使える能力者と言えば一握りに過ぎない。その為に、能力者は使い物になる為には育成が必要なのだ。
「それでどこかの一族が、子孫を手っ取り早く増やすために能力が自然と覚醒しそうになった人間を拉致って、子供を作らせようとしたってわけ」
「酷い、女をなんだと思ってるの‼」
「あー彩ちゃん、違うんだよ…。」
「ん? まさか…。」
「そのまさか。その当時拉致られたってのが男の人だってさ。」
当時死んだ能力者は男がほとんどだった、それ故に残ったのが女の方が圧倒的に多かった。だから誘拐されたのは男が多かったのだ。
当時、サイファ学園都市の中で数人いなくなったことに気付いた学園の上層部は、第三部隊の前身だった『第三戦術研究部』に籍を置いているイギーに命じて奪還作戦を行ったと言う。
「その奪還作戦を皮切りに、色々な戦いを経てから卒業生が集まってできたのが第三部隊ってやつらしいわ。正式名称が『第三戦術研究室 実働部隊』なんだってさ。」
「へー」
元は大学生のサークルだったという事に驚きを隠せない彩。そして、何となく状況が読めてきた彼女は、話を聞く為に促した。
PM10:00
高見原市桜区楼閣町 桜花ビル15階 ダイニングバー『月乃森』
高見原の中心部から少し離れた繁華街は大きな中州の真ん中にある。中洲の海側には大きな岩山が鎮座しており、そこからなだらかな丘が続き(石上町の門前町)地下鉄の駅がある。その駅を中心に神社の逆側にその繁華街・楼閣町が続く。その繁華街は樹海が広がる高見原の中では珍しくビル群があり、その中の一つにそれがあった。
黒のミラーガラス張りのビル、その最上階の一画にそのダイニングバー『月乃森』はあった。
ドアを開けると、高見原をイメージした店内は緑であふれていた。
蒼い月の光を連想させるような淡い間接照明と、街に溢れた『珠木』の植木鉢をパーティションにしている。
その中で、一つのボックス席では数人の男女がキャンドルグラスの光の中酒を飲み交わしていた。
「しかし、敵地ともいえるこの高見原で『八方塞』の会合を行うとは、見た目とは違い豪胆だな砕破。」
「いえいえ、今回は色々な予定があったので僕自身が赴いた方が早かったんですよ風文さん。紫門さんの身体も空いてたから丁度良かったこともありますし。」
「あいつ今日はタクシー役か、不憫で仕方がないわ。」
琥珀色の液体に浮かぶ透き通った氷を回し溶かしながら風文は口を付ける。彼の隣に座るのは、薄暗い闇にキャンドルグラスの光が当たりボウッと浮かび上がる真白い顔の男だった。
髪もまつ毛もベージュので統一されたスーツから覗く肌も白く、例外なのは風文を見つめるアルビノの赤い瞳と薄い色の唇だった。
彼はサイファグループのトップにして、極東の能力者達のバランサー『八方塞』の長『御中砕破』だ。
「予定の件もあるが、この街は能力者にとって良い隠れ蓑だからな。」
「そんな事は解ってる。相変わらず細目総務部長は蘊蓄が垂れるのがお上手だ。」
「なんだ? 策謀ばっかりで常識が抜けたか?」
「情報ばかりで現場に出なくて鈍ってるやつがよく言うよ。」
砕破の言葉を受け継ぎ、風文と口論になるのが、風文の逆隣りに座る小太りの男。73分けの髪に灰色のスーツ、苛立ちながらカクテルに口を付ける。
彼の名前は細目公一、サイファグループの総務部長にして八方塞の情報部門を取りまとめている。二人は犬猿の仲らしく細目は風文を睨み、風文は涼しい顔で酒を傾ける。
そんな二人の間に入るのは一人の老人。
「こら、二人ともいい加減にせい。せっかくの酒が不味くなる。
砕破の正面に座るのは、白髪に白い髭をたくわえた好々爺然とした大柄な老人、お猪口に次がれた日本酒を吞み干した。
「むっ…。」
「くくっ、多々良老の言う通り酒の味を楽しむとするか。」
細目はバツが悪そうに目を逸らし、風文は苦笑する。多々良老はこいつ等反省してないなと溜息を吐く。
「この二人はどうにか出来んかのぅ。神鉄造りの過程でもこうはならんぞ。」
「老、二人が同じ相にある前提で間違っていますよ?」
「いやいや紫門よ、水と油なら両親媒性の溶液があれば混ざるぞ?」
「…私は無理ですから。」
「断られたわい。」
溜息交じりで断るのは、多々良老の右隣に座る紫門と呼ばれた中肉中背の黒髪の青年。彼の名は疾薙紫門、整ってはいるがあまり記憶に残らない顔を顰めて頭を振っている。
「ふふ、無茶言ってはダメよ。あの二人の性質は金気と木気、相容れない相克関係なんだから…お爺ちゃん、貰うわよ。」
紫門の逆隣りにいるのが作務衣に包まれた小柄な女性。黒髪を後ろで一つ結びにしたほろ酔い加減で口調で会話に割り込みつつ、多々良老の酒を強奪していた。彼女は時枝思惟高見原の水上誠一の師匠。
「これ、思惟よ。儂の酒を取るんじゃあない。」
「また頼めばいいんじゃない? んー、辛口だけど思ったよりも軽い酒で飲み易いわ」
「まったく、さっそく酔っ払いよって。」
「飲みすぎるな思惟、一応飲み会の体で来ているとは言え会合だぞ」
気ままに振舞う思惟を諌めるのは思惟の隣にいるグレイのスーツ、市長死んでしなやかさを彷彿とさせる鍛え上げた身体に似合わず、理知的な輝きと怜悧な表情を持つ中年。
彼の名前は重金浄、サイファ学園都市で教鞭をとる教授だ。
「八方塞の諸君、定例会議を始めよう。各々方、神域結界を最大にして頂きたい」
話が一区切りついたと、砕破が考えた頃、彼は白い顔を引き締めそう宣言した。
その次の瞬間、全員が意識を統一し世界が書き換わる。
―――SOUND ONLY―――
「風文、調査の方は?」
「各方面から調べている。が、最初の懸念通りガードが固すぎる。」
「対策は?」
「我々とは別の数グループが突っついている。その隙を突く予定だ。フレイアが本格稼働したからチョットはマシになっているが、人員不足は慢性的だから調査はもう少し遅れるかもしれん。」
「解りました、人材の方は機密の観点から育成の方からでお願いします。細目さんはどうですか?」
「私の方は順調です。しかし、芝川組系列がきな臭く対立するかもしれません」
「やはり国内の人身売買のしのぎを諦めきれないようですね。…対策は?」
「ここまで手を尽くした後でこれならば、潰すしかないでしょう。」
「私行きましょうか?」
「思惟、良いのですか? 足を洗ったと思ってたのですが?」
「休業中なだけで、引退したつもりじゃないわ。因果応報、悲しみの流れを断つのに躊躇はしないわ。」
「頼もしい限りです」
「代金はもらうけどね? こう言うのはきっちりしとかないと…細目、あとでリストと予定表作って送っといて。」
「インビンシブル再びか…後日送っておく、頼んだ。」
「では次、紫門さんの方はどうですか?」
「中南米の麻薬カルテルを幾つか潰したが焼け石に水だ。元を断たないと難しい。」
「やはり国の政情を何とかしないと駄目ですか。」
「だが、風文の方から提案があった。ちょっとどっちが悪人か解んなくなるような悪魔みたいな策だが、やってみようと思う」
「相手の中枢と末端から信憑性のある噂を流して疑心暗鬼で相手を同士討ちさせる奴でしょ? 悪魔ね。」
「褒めるなよ、照れるな。」
「褒めてない、照れるな!」
「…仕方がない、それで進めてください。多々良老はどうですか?」
「神器の生産は上手くいっておるがの…」
「何か問題が?」
「それは私から話そう、多々良老の問題は私の方が原因だ」
「教授がですか? 研究がうまくいっていないのですか?」
「以前からの問題点『共鳴器』と『儀式』の連動が、ここに来て浮き彫りになった」
「では?」
「浄の研究が進まなければ、神器の強化はしばらく無理だと言う事じゃわい」
「そうですか、解りました。サイファの方からは資金援助は惜しみませんので、なるだけ急いで下さい」
「解った」
「………さて、今回の会合で一人足りないのですが、誰か知っているか?」
「確かに…あいつ何処に行ったのかしら?」
「んー恋する乙女は目の付け所が違うな」
「風文!?」
「思惟の嬢ちゃん…風文の坊主が言わんでも、みんな知っておるわい」
「ええっ!?」
「まあ、あれだけ頬を染めたり熱烈な視線送っていたら俺が言わんでも気づく。一度振られてるんだから諦めれば…」
「風文!! あんたねぇ!!」
「スマン、口が滑った…とまあ謝ったついでだ実は、俺の頼みで霧島の奴は中東の山奥に行って貰っている」
「風文さん? もしかして日本に流入する傭兵の事ですか?」
「そうだ、場所が場所だからな。俺が行くと山の形が変わる上に焦土と化しかねん」
「解りました。では後で今回の会合の話を伝えておいてください………さて報告の方は終りました。では、本題にいきましょう。我等、世界の安定を続行するべく『災厄』総てを払い封じ込める『八方塞』の次の議題は………………」




