状況確認は正確に
歩く、それは人としての基本の一つ。普段人は歩くという事をあまり意識してない。
実際のところ、人はそれぞれの歩き方がありその人にとって適正な歩き方が出来てない。もし出来るとするのならばどうなるか、それは…。
空から降ってきた二人の少女。
一人は黒いレインコート、目深にフードを被っている為おそらく少女と思われる彼女は、右手に黒い木刀を持っていた。
もう一人はキャスケット帽を被った少女。肩に背負った木の棒を振り下ろすとこ…。
「ちょっと待てぇ!?」
誠一は片付けかけていたクライミングロープを両手で持って二人の間に割り込んだ。
ピンと張ったロープで棒を受け止めると膠着状態になる。
「うわったった」
「あなた何、なんでそいつ庇うの?」
「庇うだろうよ、いきなり凶行にでたの見たらさ」
どこからどうみても正論である。
「普通の感性があれば止めるだろうさ。殺す勢いで振り下ろしてたらな」
「ただの挨拶よ、ただの」
「…確かに殺気はなかったが、物騒すぎるだろうが」
強い力で押し込まれる棒にクライミングロープがたわみはじめる。
『なんて力だ、目の前の細い身体からは想像つかないほど強いこのままでは…』
あまりの強さに膝をつきかける。思わず庇ったがこのままじゃ自分がやられると思った誠一はこの間習ったばかりの技を使うと決めた。
意識を身体に巡らせる。
『体全体を俯瞰する様に感じるのがコツね』
師の声が脳裏に響く。次に行うのは体の部分に分けて力の流れを感じる事。
『ついでにこの間教えた血液の流れと水分移動方向、筋肉のベクトル方向を動くエネルギーも感じなさい』
調息(ちょうそく・息を整える)しながら、体全身の気の流れをつかむ気功。そしてその気を感じたら、深く深く自己の中に入り込むように掌握したら。
『自分の力を揺らす』
瞬間、身体の力が引き上がる。まるで魔法の様な湧き出てきた強い力に戸惑いながらも、誠一は棒を押し返す。
「…っ。『励起法』‼ あんたも能力者かっ」
「能力者?」
「あんたね、知らないでその力使ってるの!?」
「知らないでって、ウオッ」
不意打ちか援護か振り下ろされる黒い木刀。それを避ける為にバックステップを踏む少女と誠一。
ところでお忘れかもしれないが、ここはビルの屋上である。幸か不幸か少女はたたらを踏むだけで踏み止まったが、問題は誠一である。
思いがけない突然の戦闘と急激に上がった身体能力の所為か、想定以上に放物線を描いて飛んでしまったビルの屋上の手すりを超えて。
「あ」
「え?」
「うそだろぉぉぉ!?」
結果、誠一は八階建てのビルから落ちた。
時は戻って桜区の喫茶店『里桜』。
選手の灯はネルドリップ用のネルにコーヒーの粉を入れながら隣で皿洗いしていた誠一に尋ねた。
「ん?それじゃおかしくないか? 君今さっき車に轢かれたって言わなかったかい?」
「いやビルからは確かに落ちましたよ。作業用のクライミングロープを枝に引っ掛けながらね。おかげでかなり勢いを殺せたんでほぼ無傷でした、高見原が森林都市で良かったなんて、初めて感謝しました」
「普通は死ぬからね」
「ですね、運がよかったとしか言いようがないです。ただ着地したところが道路の真ん中で、落ちたところをこうドーンと」
「よく生きてたわね」
苦笑いを浮かべながら灯は、マグカップの上のネルにお湯を注ぐ。
「灯さん、聞いてます?」
「聞いてる、聞いてる」
「聞いてないでしょ? まあ、いいです勝手に話しますから」
結局あの後、残した荷物を取りに行くついでにあの場に戻ったが痕跡一つ残っていなかった。ただ、あの一戦は疑問になる事ばかりである。
あの二人はおそらく放物線を描いて落ちてきた、では八階建てのビルの屋上のどこから来たのか? あの付近はあのビルより高い建物はなかったのだ。
あの少女の自分を超える膂力は何なのか、自慢ではないが誠一はそこら辺の男性より筋力は遥かに高い。普通に考えれば負けるはずはない。
そして、最後に
『自分のあの力は何なんだ?』
自分自身に強力なほどの力が宿った事だ。
元々あの技は師匠から、身体の力を強くする気功の技というモノだったはずだ。
練習していた時は、気持ち力が強くなった感じがしていたが、実際本気で使ってみると大違いだった。
「灯さん。気功ってさ車に轢かれても大丈夫だっけ?」
「誠一君。何度も言うようだけど、普通は大怪我だ、当たり所が悪いと死ぬね」
「ですよねー。あっ宅配便、来たみたいなんで受け取ってきます」
誠一は泡だらけの手を水ですすぐと、窓から見えた宅配便の配達員を入り口で待ち受けた。
配達員の荷物を受け取る誠一の背中を見ながら灯は呟いた。
「普通はって事は、普通じゃなければ何とかできるって事さ」