一段落
「煙幕を張りなおせ東哉‼」
胸に大穴が開いているにも関わらず声を出した桂二に驚きながらも、東哉は能力を発動し床についた手で分解し再び煙幕を張る。
「こいつ、余計なっ!」
男が引き金を引こうとした瞬間、黒い人影が動き脇腹へと蹴りが抉りこむように入る。先ほどとは逆の立場となった男を助けるべく、もう一人が銃口を向けるもさらにもう一人の黒い人影が銃身を押さえ照準をそらした。
「こいつら何者。何だとっ⁉」
黒い人影が一体何者なのか、腹を蹴られ蹲る男を介抱する男が見た事がない黒い人影が何者かと確認すると、思わず声を失う。
それは人形だった。顔はなく関節は球体と言う解りやすい位の人形で、動きは完全に操り人形のそれだ。
そして普通の人形との差は顔の部分に一枚の紙が貼られていたのだ。
隊長格の男、永井はそれを正確に見抜いていた。
「二人とも距離を取れ‼ そいつは式神だ‼」
永井は元々自衛隊の特殊作戦群内にあった内調(内閣調査室の事)の『六華機関』と対になる能力者部隊『兵』の一隊員だった。ちょっとした不祥事で首になって企業の傭兵まで堕ちてしまったが知識が無くなったわけではない。
あれはその時の教育で聞いた事がある技術、魔法や超能力を条件さえ合えば発動できる『儀式』だ。恐らくあれはその中でも厄介な技術『式神』だ。
「一体一体の攻撃力は能力者ほどではないが、そいつらは怯まない上にある程度傷ついても動ける厄介な奴だ‼」
式神とは陰陽道において陰陽師が使役する鬼神の事である。鬼神を使役して色々な事を行わせるものだ。
中でもこれは擬人式と悪行罰示を掛け合わせた特別製の式だと見てとれる。
「普通は一体か二体を動かすのが普通だが、こいつは三体以上を操っている可能性がある。煙幕の中だ、気を付けろ」
「隊長、弱点はないんですか⁉」
「ない! あえて言うなら、操っている奴だ‼」
男は顔を引きつらせながら戦闘態勢を取る、使うのは貫通力のある銃ではなく切り裂くナイフを選択。痛覚がない人形はやロボットを相手するには、点の攻撃は無駄で少しぐらいの破損では止められないからだ。
その証拠に…。
「がっ」
「げっ」
永井の二人の部下は早々に沈められる。捕まえた東哉を早々に取り返されて、隙が出来た所に後ろから締め落とされた。
「チッ、役に立たねえ。しかし、聞いてたより動きが機敏だ…」
普通の場合は簡単な命令、機敏な動きの場合は術者が直接操る場合だ。
だが今回は『三体』が状況を読みながら『連携』している。
「並みの術者じゃねーな」
「これは自衛隊の害悪と呼ばれた永井さんに褒められるとは光栄だね」
再び煙幕の中から聞こえた声に、永井はマチェットを構える。相手は自分の事を知っている、それだけでも得体が知れない。しかもこの声は今さっき撃ち殺したはずの青年のはずだ。
だとしたら。
「てめえ、『どこにいる』?」
「ああ、もう気付かれましたか。流石です。自衛隊内で特殊作戦科の中隊長まで昇進する。素行の悪さと裏でやってたバイトだけでも飽き足らず、裏社会に自衛隊の装備を横流しして私腹を肥やしたにも拘らず証拠不十分で不起訴。自主退役で逃げ切った永井さんですね」
「この野郎」
こちらの事はほとんど知られている。ヤバい相手だ、顔で凄みマチェットで攻撃の意志を見せるも永井は逃げる気であった。
永井はこの得体の知れなさ、恐ろしさ、プレッシャーを知っている。そうあれは特殊作戦科の選抜試験の事だ。普通は自衛隊内の教官が主導で行うのだが、その日はありえない事に外部の人間が試験に参加するという事で顔を隠して試験を受ける事となった。
その時に来た外部の男たちが、今相対する何かと同じプレッシャーを放っていたのだ。
あの時の選抜試験は散々だった、特殊作戦科の選抜だけあって選抜メンバーは能力者が多い、それにもかかわらず、その時は戦闘評価試験だったが『全員』がボロボロになるまでしこたまやられたのだ。
あれから数年たって、落ちぶれたとはいえ永井も腕を上げたつもりだ。とは言え、この相手にはトラウマも伴って勝てる気がしない。
「へっへへ。なあ、あんたの言い値でいい俺を見逃さないか?」
「…ん? 金を払うから見逃せって事かな?」
「ああ、そうだ。あんたが望むなら情報だってある、どうだ俺は役に立つぜ」
ニヤリと笑いながら永井は自分がいかに有能なのかを語りだす。と見せかけて、煙幕に紛れてジリジリと出口へと向かっていた。
「…と見せかけて、時間稼ぎ。逃亡ですか?」
「…」
「ククク、噂に聞いた永井さんらしいと思いますよ。しかし、少々その判断が遅いようですね。」
「あ?」
「何も、時間稼ぎをしているのは貴方だけではないという事です」
何っと、声を出すより前に永井は息が止まった。首を動かせば、胸を突く指が見えた。
「イ…ンビン、シブル」
「他の人間はともかく、あんただけは逃がす訳にはいかないわ」
糸が切れた人形の様に倒れ伏す永井、それを見下ろす作務衣姿の女性。
「お疲れ様です時枝先生」
「いいのよ、依頼だから」
それは水上誠一の拳の師、時枝思惟であった。
高見原郊外 旧日本陸軍 傷痍軍人療養所跡地より5km離れた山中。
そこは昔から巨石信仰で有名な場所の一つであった。中でもそこは大きな岩が森の中にポツンとあり、その姿は神々しく磐座と言われるものだ。
常日頃であればその岩の周りには何もないが、今回はその大岩の前に祭壇があり岩の四方に竹を立て縄で囲み紙垂が垂れている。
そしてその祭壇に向かうのは、神官姿の色黒の男『七瀬桂二』が立っていた。
「来たか」
桂二が振り返ると、式神に肩を支えられて肩で息をする東哉がいた。
「おっお前」
「いや、スマンな。色々な作戦が混じっててバタバタしてたんだ。とりあえず今回でお前の顔を知っている奴は…どうした?」
今回の作戦を話す桂二に、東哉がフラフラと近づくとガシッと両肩を掴んだ。
「生きててよかったー」
東哉号泣である。どうも胸に大穴を開けた桂二を見て、式神だがとても心配していたのだろう。無事な姿を見て彼らしくないが思わず泣いてしまったんだろう。
「おま、胸に穴が開いてて血がいっぱい出てたから、俺…」
「あーもう、泣きやめって…まいったな」
女の子じゃなくて、男の号泣はある意味対応に困るなと桂二は困り果てた。




