その頃、彼女は
三日前 高見原中央区 サイファ警備保障高見原支社 五階 支社長室
ドタドタと騒がしい足音が近づいてくる。ソファーに座った男二人が思わず顔を見合わせた。次の瞬間、扉が吹っ飛ぶ勢いで開かれる。
「今回の任務に東哉が関わるって本当ですか⁉」
「扉が壊れる。優しく開けないか?」
扉を開いたのは菊理莉奈、とても険しい顔をしていた。
「いきなりどうした」
「いきなりじゃないです。水城のお爺さんと白木さんの話を聞いてて驚いたんですよ、東哉が何かに巻き込まれる予定って聞いて」
それに溜息で答えたのは桂二だった。手に持った書類をファイルに綴じなおすと、莉奈に向き直る。
「その予定は間違いじゃない。今その話を詰めてたところだ、君も知っている通り東哉の奴がこの街の危険性を知らずに君を探していたせいで奴らにバレつつある」
「その節はうちの東哉が色々とお世話になりました」
桂二は東哉の事を頼まれていたので。莉奈に逐一何かあったかの報告を上司に伝えるついでに話していた。それを聞いた莉奈は、色々な東哉の迷惑な行為で桂二に頭が上がらなくなっていた。
「まあ、今回の話はその東哉がもう戻れない位置まで来つつあるからだ。覚醒まで行った東哉はいずれあいつらに目を付けられる。戦うすべを身につけねばならない」
「それで今回は我々『第三部隊』の案件と同時に行う予定になったんだ」
「風文さん…でも、私は」
「いいから落ち着け」
莉奈は桂二の目の前に座る男、風文に桂二の横に座る様に促すとローテーブルの上に置いていたティーセットのポットから紅茶をサーブして莉奈に渡した。
少し紅茶を飲んで落ち着いたのを見た風文は、鞄から別の資料を取り出して莉奈に見せた。
それは何かのコピーを纏めたものだった。
「進化計画? なんですこれ?」
「今回の話の肝だ。高見原の歴史は知っているな?」
「…」
「…桂二」
「すみません」
目をあからさまに逸らす莉奈を見て、ちゃんと教育していないのかと桂二を見る風文。
やれやれと息を吐くと風文は高見原の歴史、裏の歴史を語りだした。
「元々ここは太平洋に面した遠浅の海に面した森に囲まれた村だったのは知っているな? 遠浅の海のせいで大型船舶は入れない為に貿易港としては使えず、森に囲まれている為に開発の手が伸びなかったそんな場所だった。まあここまでは市の歴史資料館でも行けば聞ける話だ」
「…」
「話はだれが何の為にこの街を作ったのかだ。始まりはとある考古学者が高見原村の村長宅に泊まったことから始まった」
とある考古学者。彼は古代人の痕跡を求めフィールドワークを主とする学者だった。その当時は今の高見原ほど整備されておらず、道に木の根がはみ出すほどの悪路だったと言う。歩きなれた考古学者とは言え、その悪路には難儀したらしく根に足を取られて怪我をしてしまったらしい。
それに気の毒に思った村長が治るまで家に泊まっていくといいと言ったらしい。考古学者はそれに感謝し、タダで止めてもらうのも心苦しいと思い色々な考古学の事を面白そうに語ったらしい。
「それで村長が考古学に目覚めたらしく、調子に乗って村長の蔵を開けたらしいんだ」
それが始まりだった。その蔵の中にあったのだ。
「『進化計画書』ですか?」
「半分正解」
「え?」
「神化計画書だけじゃなかったって事だ」
蔵の中にあったのは神化計画書に添えられるように置いてあった一冊の古文書だった。
「古文書ですか。いったい何だったんですか?」
「日記のようなものだったらしい。だが、その日記の内容が問題だった」
その日記は600年程前の遺跡を調べる命を受けた蔵人(朝廷の雑務をする人をさす)、中でも陰陽寮から出向した小舎人だったらしい。齢10の頃から命を受け、各地を放浪して高見原に居ついたと言う事が書かれていた。
その当時は南北朝の時代で、その小舎人は両陣営の弱みを見つけるべく、古い資料を探しに出されたらしい。
「その日記によると、色々なところを回っていたらしいが、ある日呼ばれるようにこの地に来たと言う。そして見つけたらしい」
「何を、ですか?」
「巨大な遺跡だよ。今となってはその遺跡が何かは解らないが、そこに置いてあった読むことが出来ない文字が刻まれた石板があったらしい。そして問題なのがその石板に書かれた文章、遥か昔に神が使っていたと言う神代文字だった為にその危険性も知らない小舎人が日記に書き写していたらしい」
神代文字、それは古代の文献に所々現れる文字の総称である。
「えーっと、確か竹内文書とか富士宮下文書とかの奴ですよね」
「…」
「…?」
「ククッ」
莉奈は昔見たテレビの記憶を頼りに言ってみたが、風文はバツが悪そうにそっぽを向いて桂二は噴き出していた。なんかおかしいなと莉奈は桂二を見ると、彼は笑いながら教えてくれた。
「それは、でっち上げなんだよ」
「でっち上げ? えっ!?」
「でっち上げ、捏造、カモフラージュ、偽造。そういう事だ。遥か昔、我が家『三剣家』が過去の危険な技術を後世に残さない為に作った文字がそれだ…まあ、そんな事は良い。要するにだ、今回の作戦はその古文書の技術が使われているかどうか。その技術がどの段階まで研究が進んでいるかを推し量る為の物だ」
「ついでに、各勢力の戦力把握と同時に削る予定だ」
一つの作戦で二重三重の戦果をだす、これが『第三部隊』かと笑いあう二人を見て莉奈は背筋に冷や汗をかいた。
とそこまで考えて莉奈は気付く。
「あの~、さっき聞き逃しちゃいましたけど。その古文書の危険な内容って、何だったんですか?」
「これだよ」
そう言って桂二が指で弾いて何かが飛んできた。莉奈がキャッチするとそれは、球形の緋色に光るソフトカプセルの錠剤だった。
「これって」
「そう『偽神薬』だ」
時間は東哉が桂二をおいて部屋を出るところまで戻る。
床に寝かされた血塗れの桂二は。何事もなかったように起き上がる。
「あーあ。驚いたにしても躊躇いもなくやりやがって。胸に大穴、威力的にマグナム弾に近いな…」
おそらく米軍からの横流し、ヤクザにしては装備規格が統一しすぎている。もしくは独自ルートだが、多分違うな。と呟きながら桂二は手首に仕込んでいたものを取り出す。
「うえ、血だらけだ。使えるかね」
取り出したのは血で染まった封筒、中にあった紙片を取り出すと剣指で挟み口に当てる。
「起きろ、二の式、三の式、四の式」
息を吹き掛け紙片を床に投げると、そこから竹が伸びるように黒い人型が現れた。
「さて、作戦も佳境、終わらせようか」
周囲の状況から桃山の介入が見られるところから、恐らく戦時中の偽神薬研究のデータが欲しいとみる。という事は、古文書のデータが相手に渡っているが、偽神薬の未知の部分がまだあるのだろう。問題は、出てきている企業が知っているところが約5程、知らない所が三。おそらく誰かが偽神薬の情報を流している…。
「桃山の内部派閥の諍いか、攪乱のためにわざと流したか…どちらにしても碌な事をしないな…」
桂二は眼光を鋭くしながら、黒い人影に指示を出した。




