拳と刀
薄暗い中で照らされる黒いレインコートは、木漏れ日にたたずむ不気味な黒い影に見えた。しかし、それ以上に誠一は別の考えに行きつく。
待ち伏せされたかと右手に持った鉈をケースにしまいリュックサックに入れると、それごと路地の隅へと投げる。そして黒いレインコートこと桜坂の剣士と誠一は向かい構える。その距離は8メートル以上。
「…っ」
誠一は歯噛みする、思った以上に剣士の技量が高いのだ。腰だめに構えた木刀が誠一の目線に沿って点になる様に持たれていて、木刀の刀身の長さが分かりづらい。さらに自然体に構えながら、あらゆる状況に対応できると言われる無形の位で立っていて、相対している誠一に攻め辛さがあった。
そのせいで間合いが読めない。マズい、読めないにしてもこっちは素手で相手は木刀、こっちより間合いが狭い事はない。
ジリジリとお互いに間合いを詰める。
ゆっくり、ゆっくりと互いに上体はぶれずに間合いを詰める。
5cm、10cmとゆっくりと、相手の間合いを読みながら詰める。
互いの呼吸が聞こえる。剣士も誠一も能力者だ、ごく自然と励起法を行っていた。
弓を引き絞るような緊張感の中…
息を吐いた。
ドンッと言う轟音と共に二人の姿が消え、中間地点で交わる。剣士は逆袈裟を放ち、誠一の右拳がその一撃に合わせるように阻んでいた。
驚いたのは剣士の方だった。受け止められたことではない、打ち込んだ感触が人の身体ではなく、固い金属でできたワイヤーの束を叩いたような感触だったからだ。励起法だけではあり得ない感触に剣士はこれは誠一の固有能力だと察する。
能力者にある固有能力は大まかに前述(学園都市 前編を参照)した『識者』『導士』『法師』と分類される。実は絶対的ではないがこの三つは三すくみの関係がある。『識者』は『導士』に圧されやすく、『導士』は『法師』に支配されやすく、『法師』は『識者』見破られやすい。
細かい説明は今は省くが、今問題としているのは二人の能力の性質だ。剣士の能力は『明鏡』と呼ばれる『識者』系統の能力で、あらゆる音や振動を感知し視覚で見ることが出来る能力だ。いわゆる感知系の能力。
それに対する誠一の能力は『導士』系の能力で。
「能力ってのは各人で名前を付けているって聞いた」
「…」
励起法の出力を上げ、励起法の副産物である接触武器の強化をしながら木刀を押し込むがびくともしない。強度だけじゃなくて筋力も恐ろしいまで隔絶されているのが解る・
「そうすると能力に意味が付き、能力の起動が速くなり強くなる。あんたには聞きたいことがあるし、協力してもらいたいところもある。だから、俺の自己紹介と能力の名前を聞いてもらおうか」
身体を捩じる様に左手の掌が槍の様に迫る。剣士はその掌が恐ろしいまでの膂力で振るわれてるのが簡単に予想できる。木刀に体重をかけているので避けきれない、剣士は重心をかけたまま体の捩じり前蹴りを放つ。
「グッ」
だがそれもびくともしない、突き立った鉄柱を蹴ったようだがそれは想定内。蹴り飛ばすのではなく、その反動を利用して剣士は距離を取る。
二人の間合いが元に戻る。仕切り直しだ。
あらかじめ息を合わせたかのように剣士は腰に木刀を佩き、誠一は胸の高さで左手で右手を包むような礼を取る。
「護天八龍拳 水上誠一。『水系の理』の能力者だ」
それに応えるように剣士はフードに手をかける。その顔を見て誠一は驚きの声を上げる。
「お前、その顔は」
「改めて自己紹介するわね。霧島神道流 蒼羽天子。『明鏡』の能力者よ」
桜坂の剣士、蒼羽天子。彼女は普段学校で見せない、恋する乙女の嬉しそうな顔をしていた。
誠一と天子の出会いは学校であったのが初めてではない。初めて会ったのは研究所の中でその時の天子は102番と呼ばれていた。
天子は再びフードを降ろして顔を隠すと、木刀を正眼に構える。
「行くよ、711番」
誠一が構えたの見た天子は膝の力を抜き、ほんの少し前かがみに立った瞬間に誠一の視界から消える。
「なにっ⁉」
いきなり視界から消えた天子に誠一は動揺するが、それはほんの一瞬。目の前から消える歩法なんて師匠によくやられていたから慣れている。
「消えたら大体後ろゴッ」
後ろを振り向いた瞬間、木刀の柄頭が誠一の顎を打ち上げた。それと同時に浮き上がった誠一の身体に再び前蹴りが入る。今度は誠一が踏ん張れない状況なので簡単に吹き飛ぶ。
誠一にはダメージはほとんど無いがこの状況は不味いと彼は慌てる。地に足がついていればどうにかなるが、死に体となった空中は不味い。その証拠にスローモーションになるほど集中した視界に、天子が木刀の先を下に構えて突っ込んでくるところだ。被弾は免れない。誠一は励起法と能力を全開にして空中で防御態勢を取った。
その誠一の耳に微かに聞こえた。
「未熟だけど雷の剣舞、想いと共に受けてね」
重いでも想いでもヤバいやつだコレ、誠一は色々覚悟した。




