杭、それとも鼻
少しすっきりした顔をした東哉が店のドアをくぐって帰っていく姿を眺め見送った後、晴喜は苦笑しながら息を吐く。
「これでいいのかな?」
「ありがとうございます晴喜さん」
店のスタッフルームから現れたのは、晴喜とは別ベクトルのホスト風のチャラチャラした男。七瀬桂二だった。
「助かりました。俺じゃ接点が少なすぎて励ましようがなかったので」
「それを言ったら僕もだけどね。僕の微妙な能力で役に立つなら頼ってもらって嬉しいよ」
「何言ってるんですか晴喜さん。俺ら第三部隊はあなたの能力に何時も助けられています、あなたのお陰で助かった命もあるんですから、もっと自信を持ってください」
香住屋晴喜は能力者だ。彼の能力『フォーリンダウン』は、身体から相手に気づかれないほどのフェロモンを発して相手の行動や生理的な変化を動かす能力だ。ただそれは強烈な効果を出すものではなく、相手の行動のトリガーを引くような物だ。
「まあ今回は彼も、自分で立ち直りたいって気持ちがあったから早かったみたいだしね。僕はただ能力で背中を押しただけさ」
「いや、普通はあんなに簡単に心変わりはしないもんですよ。後二・三週間ほど長引くかと思ってたので、ほんと助かります」
「妹の友達だからってのもあるから気にしなくていいよ。とはいえ君の上司みたいにバンバン仕事を回してくるのも困るけど」
「あはは、行っときます…」
彼の能力は、本人としては本業の和風カフェにはあまり使えないので微妙らしい。接客やお茶の美味さで勝負したいので、能力で集客するのは違うのだとか。対して桂二の上司は彼の能力を情報収集のために仕事の依頼を出しまくっていた時期がある。
「確かハニトラだっけ? あれと似たことをさせられるのはちょっとね?以前、妹に見つかった時に暫く口もきいてくれなかったんだ…」
「いや本当にスミマセン」
桂二は平謝りするしかない。
「まあ、それはともかく。背中を押したけど東哉君は大丈夫かな?」
「そこは俺がフォローするんで」
「…後、何かあるのかい?僕に彼を急いで立ち直らせようとするって…」
「それは、秘密です。守秘義務ってやつですよ。ただ俺が言えることは、力があるだけの中途半端な状態じゃ危険って事です」
家に帰る道すがら、鎮守の森にある神社の裏手に来ていた。
昔作った秘密基地、大きくなった東哉の身体には窮屈な空間の中で、彼は頭を抱えていた。
「…どうしよう、過去を取り戻すって言ったって…どうやって?」
落ち込んだ状態からの回復で少しハイ状態になってたらしく思った事を正直に言った上に、完全に後先を考えていなかったのである。更に言ってしまった手前、やるべきだし撤回もできない。にもかかわらず、過去を取り戻す方法が解らない。
「詰んでるんだよなー」
解らないどころか手掛かりの手の字も足掛かりもない、完全にお手上げである。
「おい」
「あー、記憶がないから手掛かりねーし」
「おいって」
「知ってるかもしれない莉奈はいないし」
「おい、東哉」
「かどいってハルさんに解りませんからどうすればいいのか教えて欲しいって言えないし」
「おい!!」
「うぉわ!!」
荒っぽい声で声を掛けられ東哉は慌てて秘密基地から顔を出すと、そこにはまたちゃらちゃらした男がいた。
「桂二、どうしてここが?」
「俺には色々と情報網があってな。お前が消えた場所と生活範囲から割り出したんだ、そんな事より話があるんだが?」
「そんな事じゃねーし。どういう情報網だよ、怖いよ」
東哉の抗議を聞き流しながら桂二は、中に入れそうにないなと言いながら秘密基地の入り口の傍に座り込んだ。
「話は聞かせてもらった、過去を取り戻すんだって?」
「いやホント怖いよ。お前、俺のストーカーとかなんじゃないか?」
「いや、俺も晴喜さんの知り合いなんだわ。斎ちゃんが俺の事を知ってたのはそういう繋がりでな。ちなみに晴喜さんの店の裏手にいたから、話は全部聞いてる」
「…」
「…」
「…」
「お前青春してるな」
「うっせーわ!!」
あまりの恥ずかしさに東哉は秘密基地を飛び出して桂二に掴みかかるのであった。
「とまあ、そんなこんなでお前の事情を知った俺はお前を助けてやろうと慈悲の心を持ってやってきた訳だ」
「な、何が…ハアハア、慈悲だハアハア、フーて言うか、どんな体力だ。この野郎…」
あれから10分近く、逃げる桂二と追う東哉の追いかけっこが続き、その結果平然とした桂二と息も絶え絶えの東哉が出来上がった。
話しかけても今は無理かと考えたのか、桂二は仕方がないと東哉の息が整うのを待った。
「…、んで?どう俺を助けてくれるんだ?」
「お、いきなり素直になったな」
「茶化すなよ、早く言えって」
これはヤバい典型的な奴だと桂二は顔色を変えずに嘆息する。能力者にありがちで、覚醒時に気が大きくなって性格が歪む事がある。まあ解り易く言うと調子に乗っているっていう奴である。
桂二はこのままじゃ大怪我をしそうだと思い一計を案じる事にした。
昔から決まっているのだ、伸びた天狗の鼻はおるもの。
「お前、能力者って知ってるか?」
そう切り出した話は東哉としては意外な方向にいき、桂二の笑顔はとても清々しく胡散臭かった。




