Serial Experiments 波乱のデート
切り立った崖の上、オーバーハング(上部が突き出た)気味の壁が見える。
脳疲労と緊張で意識がやや朦朧としながら、指先だけ発動させた分解の固有能力で岩へと指を深く差し込む。
「気を付けろよ、このルートは難易度が一番高い」
一足先にオーバーハングの壁を攻略した桂二の声が上から聞こえる。このロッククライミングは桂二に頼んで行った訓練の一環だった。
訓練の内容はただ一直線に100kmの行軍を行うという事だった、制限時間は三日。
しかも120kgという重さを背負いながら。
「はあ、はあ、はあ。」
励起法を持続的に使いながら固有能力を使用し、なおかつ能力を使っても強度不足で崩壊しない場所を選定。さらには一番安全なルートを算出しながら、身体の動きをイメージしバランスを取り進む。
東哉はあまりのマルチタスクに軽い頭痛を覚えながら切り立った壁を上る。
オーバーハングした屋根の様な場所に人差し指と中指で穴を深く開けたら掴む様にぶら下がる。最初にこの昇り方をし始めた時には、岩の穴の開け方と能力の出力を間違えて危うく落ちるところだったため、ぶら下がる様に移動している今はヒヤヒヤだ。
一つ一つ確実に、移動する。と言うかあいつは能力者でもないのに、どうやってスルスルと行くんだと東哉は心の中でぼやく。
桂二曰く。鍛えている上に慣れたものだからだと言うが、多分何かしらの絡繰りはあるとは思う。しかしそれでも着いて行けないのは励起法を使っていても置いて行かれる東哉の実力不足なのだろう。
オーバーハングの縁を掴み、身体を振る様に動かし壁を引き付けると一気に上に…。
「あっ…。」
間違えて分解しすぎ掴んだ場所が一気に崩れる。
「ああああああっ!」
東哉の身体は空中に投げ出された。
「うわわわああああーーー!!!」
叫び声と共に起き上がると、そこは自宅のベットの上。いまだに身体が空中に投げ出された感覚が冷たい汗と共に張り付いている。
周りを見るとそこは見慣れた自分の部屋、そこでようやく自分が訓練を終えて帰ってきたことを思い出した。
「はぁ…。」
ほっと息をついた東哉は、ベットから降りるとさっきまでの光景は夢だったのを思い出す。あれは実際起こった事だったし、あの時は二人の間は命綱で繋がっており。桂二が打ち込んでいた特殊ハーケン(岩に打ち込み命綱を通す事により、墜落した場合に落下を止める)が地上に体が叩きつけられるのを防いだのだ。
落ちた瞬間のあの恐怖は忘れられない…。
東哉は早鐘を打つ心臓が落ち着くと、ベタリと身体にくっ付いた肌着を脱ぐ。時間を見れば朝の五時、丁度いいとばかりに東哉は濡れた肌着を持って浴室へと行った。
軽くシャワーで汗を流すと、作り置きの朝食を温め直して一人きりの食事を始めた。
「…寂しいな。」
数か月前までは母親と莉奈、三人で囲んだ食卓が今じゃ一人。莉奈はいなくなり、母親は莉奈をフォローする為に心当たりを探して、何かあった場合を考えて普段通り過ごす事を支持して最近は会えていない。
とても寂しい毎日。
莉奈との連絡はいまだ取れない。最初手に入れたUSBに入ったメッセージ以来、一週間に一度のペースで色んな方法を使って届けられるが、最近ちょっと疑問がある。
「…莉奈はこんな風に手紙を書いたのか?」
莉奈はこんなに筆まめだったかと東哉は頭を捻る。莉奈との生活が長い東哉は、こんなに手紙を書いた莉奈は見た事がない。携帯のメールも面倒だと直接電話をするくらいだ。
食卓の上に置かれた開封された手紙を見つめ、これは本当に莉奈か?と疑っていた。
「でも、描いてある内容は間違いなく莉奈だしなぁー。…ん?」
食卓にある手紙の中に別の手紙が紛れ込んでいた。
「これなんだ? 神野オレンジランドの招待券?」
そこには電車で一時間程南にあるテーマパークの招待券が、二枚入った手紙があった。
二日後の土曜日の朝早く。東哉はラフなジャケットとキャップに身を包み、人を待っていた。早朝の7時前で人もまばら、待ち合わせ場所の『捻じれ支える立つ樹』と呼ばれるオブジェの前だ。
ちょっと早く来すぎたか?と携帯の時間を見ると、待ち合わせの10分前程。
「すまない、待ったか?」
東哉が携帯から目を上げると、そこにはブラウスにタックスカート・ブーツに羽織風の上着を着た香住屋斎がいた。
「待ってないよ、今さっき来たところさ。多分混むから早めに行こうぜ。」
定番のセリフを言いながら斎を促す東哉。
先日家にあったテーマパークの招待券、それはまだ莉奈がいた時に懸賞雑誌で応募したものだった。あの時はまだ彼女と幸せな毎日を思い浮かべて、彼女が喜ぶと良いなと思い応募したものが当選していた。
莉奈はいないのに。
それを思い出して気付いた時はとても落ち込んだ。
暫く落ち込んで、これから何とかして行くんだと自分に言い聞かせ何とか立ち直った後、よく見るとテーマパークの招待券の期日が明後日の土曜日までになっていた。
その時何となく、この券が無駄になるのが悲しかった東哉は、誰かを誘っていこうと思ったのだ。
「今回は誘ってくれてありがとう。突然だったから驚いたよ。」
「いや…手紙の整理をしていたら、開封し忘れたのがあって。中を見たら懸賞雑誌に応募してたのが当たってたんだ。ところが有効期限が今日までで…連絡着いたのが斎だけだったんだ。」
「ふーん…天子じゃなくって私がか?」
「ああ。浩二だと男二人じゃ気持ちわりぃし。天子は最近連絡つきづらいし。それと違って斎には…俺…色々迷惑かけてるし…この間も相談にのってもらったしな…いつも世話になってるから、お礼だよお礼!!」
東哉は斎から視線を外し、耳を少し朱に染めながら最後は早口になる様に一気に言った。照れている東哉に気付いた斎は。ニヤリと笑うと下から覗き込む。
「それでも嬉しいよ。お前から誘われて、少なくとも私は嬉しかったよ。」
そう言う斎も少し顔が赤かったが、それどころじゃない東哉は気付かない。だから、東哉は無意識にいつも莉奈にするように斎の手を握る。
「えっ?」
「ほら、早く行くぞ。」
斎はあまりの事に驚いて顔を真っ赤にして、東哉に引っ張られてその場を移動した。
二人とも周りの暖かな目に気付かずに。




