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いつもの日々に  作者: ルウ
モラトリアムの終わり
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心の原点

一瞬にして粉になった空き缶。

そのありえない光景に東哉は眠れていなかった。家に帰って寝床に入っても、いっこうに眠れない。むしろ、いまだに残る手の平の金属の粉が現実味をだしていて、眠ることはできなかった。

机の上に置いてあるコンビニの袋には、その時の粉を入れて持って帰ってきた。それを眺めながらもう一度思い返す。


『確か、握って。想像して…』


寝転がりながら、玄関先に転がっていた石を握りこむ。握り、想像して…それから。


「あれ?」


何も起こらなかった。強く握ったことで手の方が痛い。やっぱり気のせいかと思うも、机の上の物体が否定する。こういう時はどうするんだったかと、以前化学の実験で香住屋が言っていた事を思い出す。


『科学の実験で一番大切な事が何か知ってるか?』

『大切な事?』

『浩二とお前みたくテキトーに実験している奴に必要なことだ。覚えとけ、再現性ってやつだ。実験において、何度も同じ実験をして何度も同じ結果だす。これを再現性という』

『当たり前の事じゃねーの?』

『当たり前じゃないから言っているんだ馬鹿。簡単な実験でもちょっとした差異で結果は変わるんだ』


なるほど、香住屋の言う通りかもしれない。東哉は自分があの時と同じ結果が出せるように再現したかと言えば、違うだろうと思い至る。

思い出した実験では同じ実験道具で同じ試料を使って実験していたが、東哉と浩二の班は他とは違い実験結果が異なった。後で聞いた事からすると、重さも測らずテキトーに試料を入れていたからだった。浩二がしこたま説教されていたのを思い出す。

それから考えると、あの時の現象と同じかと言えば違う。

場所が違う屋外と部屋の中、寝転がってさえいる。

物が違う、石と空缶じゃ材質も違う。

そして肝心な事が一つ。


『確かあの時は…』

あの時は少し違う感覚があった。自分の額にもう一つの目がある感覚、そこから感じたのは全能感と言えばいいのだろうか。自分の感覚が物の細かいものまで見通し、言うなれば原子核の一つまで感じているような。


「そんなバカな、中二病患者じゃあるまいし」


自嘲しながら考えるのを諦めた、何しろ明日は臨海学校。莉奈の手掛かりが見つかるかもしれない、その希望を持ちながら彼は目を閉じた。




浅い眠りのせいか寝起きが気持ち悪い。

顔を洗い朝食を食べて玄関の鍵をかけて出る。最近の無味乾燥なルーティン、玄関を出て東哉はふと振り返る。

実のところ東哉の記憶は五年前より無い、記憶喪失というやつだった。今でこそ落ち着いているが、気づけば母さんに手を引かれていた彼は、しばらくは何も知らない人間だった母を警戒し怯え部屋に籠るぐらいだった。そんな東哉を部屋から出したのは、記憶喪失前から仲が良いと聞いた莉奈だった。

隣の家を見ると、空き家のように静まり返った莉奈の家がある。莉奈が居なくなったその日から、彼女の父親はいない。おそらく仕事が終わってからずっと探しているのだろう。

東哉にとって彼女は、色々な感情を持つ相手だった。ドア越しに根気よく何日も話しかけてきてくれて、励ましてくれた。部屋から出た時に屈託もなく笑いかけてくれたときは、彼はそれを見た心に揺さぶった衝撃で茫然としていた。彼女から聞いていた記憶喪失前の自分の話を聞く限りでは、これは同じ人間に対する二度目の恋なんだろうと東哉は感じていた。


だからこそ、いつもの日々を取り戻す。


彼女こそが、自分の日常の象徴だった。大好きな人と過ごす日々、気の許せる友人たちと過ごす日々。

それは彼女を中心としていたのだ。

東哉は踵を返して学校へと向かった。彼は決意と共に林間学校へと臨む、彼女の手掛かりを求めて。




高見原市 桜区石上町 『石上神社』公園。

広大な土地に広がる高見原市の中央にある巨大な中洲。

その中州の沿岸部は大きな岩山になっていた。

岩山の上には神社があり、神社の境内と公園が合わさった様な広場で彼『水上みずかみ 誠一せいいち』は一心不乱に身体を動かしていた。

リズミカルに聞こえる吐息と風切るような拳を振るう音、それと同時に重く地を抉る様な踏み込み音が周囲に響く。

拳と足の運びは単調だった、普段であれば套路と言う立ち方から攻防・呼吸法まで行う練習を行うのだが、今回は違う。

一週間前のあの出来事、色々あったが気になっていたのだ、あの争う少女たちが。跳躍の距離や戦いの練度、自分を上回る膂力など色々と気になっていた。中でも気になっていたのは黒いレインコートのフードから覗いていた少女の驚いて隠された目、棒を持った少女の心の中まで覗く様な目だ。

自分はここまで惚れやすかったか?と自分自身に誠一は悩んでいた。黒いレインコートの少女はどこかで会った気がして、棒を持った少女に至っては心を触られたかのような衝撃を受けていた。友人の桂二にぼかしながら聞けばそれは恋なんじゃないかと返されたのだ、そう言われると何となくそんな気になってくる誠一は、気持ちを落ち着けるために一心不乱に拳を振るっていたのだ。

ズシンと一際重い音を立て動きを止めると、春になってしばらく経ったにもかかわらず冷えた風が身体を撫でる。整えるように深く息を吐けば、体の中の熱と混ざり日が暮れた公園の夜を白く染める。


『あんたも能力者かっ』


驚いた彼女が誠一に言った言葉、とても驚いていた。能力者、字面のままで言えば何かしらの能力を持っている者だろう。と言えばあの湧き上がる力の事か?と誠一は考えてみるがおそらく違うだろうと結論づける。


「あんたも…か」

「何があんたも、なの?」

「うぉわっ!!」


呟いた言葉に返答があったのに驚いたが、それより驚いたのはその声がすぐ傍、耳元で聞こえたのがだ。

誠一が振り返るとそこにはいつの間にか、傍にまで寄ってきていた作務衣姿の女性がいた。

見た目は小柄で175cmある誠一の身長より頭一つ小さいくらい、身体は薄いが出るところは出ていて引っ込んでいるところは引っ込んでいるコンパクトな美人がそこにいた。

「思惟さん来てたんですか!?」

「来てたわよ。それも10分ほど前にね。今日も修練頑張ってるわね、関心関心と言いたいところだけど、心ここにあらずの修練なんて身にならないわよ」

「うっスミマセン」


女性の名前は時枝思惟ときえだ しい石上町の繁華街から一本小道に入ったビルの二階に鍼灸院を営んでいる。数年前に誠一がとある事情で天涯孤独となった時、深夜の石上町をさ迷っていた彼を保護して児童養護施設の手続きをしてくれたのが彼女だった。

養護施設に入ってからも度々会いに来てくれていて、二年前のトラブルから彼女に拳法を教えてもらっていた。


「話しながらでもいいわ、来なさい」

「はい」


そう言うと思惟は誠一へとかかって来る様にうながした。誠一は拳を握り左を前に半身で構えるが、彼女は棒立ちで腕を後ろで組んでいる。普通であれば完全に隙だらけの体勢だが、この二年間で散々やられた誠一は隙とは見えない。むしろ誘っている感でもある。

罠としか思えないが、組手でそうは言っていられない誠一は踏み込み左手で突いた。

牽制気味に突いた拳は、思惟が軽く踏み込んだと同時に彼の肘を打ち上げた。


「っ⁉」


小柄な女性に軽く打ち上げられた腕が、思いもよらぬほどビリビリと響いている。しかし、それ位で隙を見せるわけはいけない、右足を踏み切り膝蹴りを放つと見せかけて打ち上げられた腕を肘打ちを落とす。


「甘いわ」


しかし彼女はもうそこにいない、さらに踏み込み誠一の後ろ脚を中心にクルリと回転して彼と背中合わせになっていた。


「げっ」

「読みが甘―い」


慌てて背中合わせの彼女を引き剥がそうとするも、絶妙なウエイトバランスで接着剤でくっついたかの様に剥がれない。

「まあこのままでいいわ何を悩んでいたの?」

「悩んて、いたかと言うより、疑問ですけどっね…なんで離れない!?」

「疑問ねぇ、深刻な事?」

「いえそんな深刻な事じゃあないですけどね」


誠一は背中の思惟に四苦八苦しながら、一週間前の出来事を話した。


「ふーん、あんたも能力者ねぇ…」

「はい、何か意味深で。妙に気になっちゃって」

「思春期で胸のトキメキってやつ?」

「古いですよ思惟さん」


どことなくボケる思惟に歳を感じる誠一。この人確か20代後半なんだよなぁと思いつつ誠一は話を進める。


「そんな事より、なんか言葉の意味とか知っていますか?」

「知っているわよ」

「ですよねえ、流石に知らな…ん?知ってますって、うわぁ!?」


気が付けば背中にはもう思惟がいない、あったはずの背中の体重がなくなり誠一は仰向けに倒れる。


「知ってる。とは言えちょっとした試験を受けなきゃだめよ」


誠一をのぞき込む思惟は楽しそうな笑顔を作る。


「試験…ですか?」

「そう、その試験を受からないと教えてあげれないのよ。試験内容はこの間教えた身体操作法を使い私と戦う事よ」


あまりのハードルの高い事に誠一は思わず唸ってしまった。


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