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いつもの日々に  作者: ルウ
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森の中の分岐路

冬の名残を感じる肌寒い空気の中、暖かさを連想させる柔らかな朝の日がカーテンの隙間から差し込んでいた。ベットに寝ている少年は、布団を抱き枕のように掴み陽の光から逃げるように顔を埋めていた。

時刻は朝6時55分、彼の学校に通うにはギリギリとも言える時間だった。このままでは遅刻は必至。生活指導の教諭に雷を落とされるのは確実だろう。

しかし、その運命を阻むべく軽快な階段を上る足音が迫り、部屋のドアを勢い良く開いた。



東哉とうや、起きなさい!」


「う…ん~」


ドアから現れたのはブレザータイプの制服を着た少女、肩までのややウエーブのかかった髪の毛を振り乱しながら少年をたたき起こす。

彼女の名前は菊理莉奈きくり りな、少年の家の隣に住む同い年の少女だ。

莉奈が揺さぶり呼びかけるが、彼は暖かな布団に誘われさらに深い眠りへと突き進む。


「……いっつもいつも手をわずらわせて、いいー加減起きなさいっ!」


莉奈は彼が抱き着いている布団を掴むと、全力で引っ張る。

すると彼はは力の勢いのまま、ベットの下に放り出された。


「グフッ」


鈍い音をたてて背中から落ちた彼は、背中に抜ける衝撃に悶絶し動けないでいた。


「目は覚めた?」


「…覚めたに決まってるだろ…ウエッ痛っい」




内臓まで響く衝撃に耐えながら何とか頭だけ上げると、そこには彼のことをを笑顔で見下ろしている莉奈の姿があった。

見上げる彼、船津東哉(ふなつ とうや}とはお隣同士のいわゆる幼馴染。幼い頃からお互いに片親を亡くしており、彼は父親で彼女は母親。

お互いの親が仲が良いのもあるが、教育する上で男親は男を女親は娘をということで家族ぐるみで行動することが多い。

そのせいか二入の関係は幼馴染というより、やや家族寄りである。


「…まあ、それ以上の想いがない訳じゃないけどな。」


そんな事を考えながら東哉がじっと見ていると、莉奈が視線に気付いたのか不満をいいたげに口を尖らせる。


「何よ、どうしたの?私の顔に何かついてる?」

「えっ、いーや別に何でもない」


東哉は顔が赤くなるのを感じながら慌てて応えると、莉奈は不思議そうに見ていた。

なんでこいつは気づかないんだろうなぁ、と東哉は心の中で呟きながら立ち上がる。


「ん?…まぁいいや。いつもの事だし。それじゃ、早く下に降りて来てね。おばさん朝ご飯出来たってさ」

「あぁ、すぐ行くよ」


考えた事を気づかれたかと慌てて誤魔化したが、彼女も大概鈍感なので気付かない。

何事もないかのように踵を返して、トントントンと階段を降りていく」。


「…今日も一日頑張りますか」




莉奈の言葉に空腹を覚えつつ、身仕度を終わらせ俺は部屋を出た。










ダイニングに入ると既に母さんと莉奈がテーブルに着いていて、僕を待たずに朝食を食べていた。

母さんはともかく、莉奈ぐらいは待ってて欲しいなと思いつつ。


「おはよう。母さん」

「おはよう。東哉、コーヒー飲む?」

「うん。お願い」


彼はいつもの会話をしながら自分の席に着いて朝食を食べ始める。

テーブルの上に並ぶトーストをすぐに口に運ぶと、サクサクとしたパンの触感と口に広がるバターの甘みが頭を覚醒させるようで心地よい。


「東哉、最近学校はどうだ?」


東哉が何も話すこともなくトーストをコーヒーで流し込んでいると、東哉の母が近況を聞いてきた。


「可もなく不可もなく、かな。いつも通りだよ」

「あんたはいつ聞いてもそれねえ。16なのに潤いがないわよ? むしろ枯れてる」

「余計な心配だよ、ピチピチの16歳だし」

「ピチピチとか私達の世代でも使わないんだけど…」

「………」


母さんの質問に東哉は苦笑を返し残りを食べ終える。苦いのが苦手なためにいつも砂糖を多めに入れた甘すぎるカフェオレを飲んでいる莉奈に声をかけた。


「ごちそうさま。それじゃ莉奈、行こう」


「うん。おばさん、いつもご馳走様でした、行ってきます」


東哉と莉奈は鞄を持つと玄関へと向かった。

今日も『いつもの日々』が始まる。






 彼らの家は高見原の北西にある山『行縢』。その山を望む農耕地の近くにある。

ここは高見原の都市開発の初期に作られたとある企業の肝いりで造られた住宅街。

彼らははその住宅街を抜ける『いつもの』通学路を通り学校に向かって歩いていた。

高見原の町はほかの都市計画とは一線を画している、一番の特徴は他の都市から比べて異常に多いと言われている緑『緑化計画』だ。

元々高見原は海に面した扇状に広がる平野部の森の中にある寒村だった。特産品は世界的にも珍しい植物や温泉ぐらいだったが、とある企業が目をつけ開発したのが始まり。それから、当時では珍しいリサイクルやエコロジー、ビオトープを取り入れた実験都市を経て現在に至る。

その結果が、ほかの都市にも類を見ない緑の中にある都市だ。

周りを見れば木々の間にある商店や個人宅、樹と一体化したマンションやビル。空を見上げれば木漏れ日が差し込んでいる。

完全に森の中だ。

二人は今にも熊にでも出会いそうな通学路を歩く。


「ねえ、東哉。今日は学校午前中で終わるけど何か予定ある?」

「ん、今のところは何も入ってないけど?」

「それじゃ買い物に付き合ってくれない?」

「いいけど何を買うんだ?」


俺がそう聞くと莉奈は笑ってごまかし、急に走り出した。


「ふふっ、秘密。でもヒントは出そうかな~。ヒントは五年前、ほら早く行こ!」

「…まぁいいか」


振り返り笑っている莉奈を見た俺は、しょうがないかと自分を無理矢理納得させて追いかける。

森の木々の透き間から漏れる青空が清々しさを醸し出していた。

これが彼と彼女の、いつもの日々。






歩いて20分程で見える高校『私立高見原学園』。

都市開発が始まってすぐの頃に設立された、森が開けた場所に建てられた私立学園。

混雑する昇降口を抜け二階にある教室に着くと、既に席についていた男が俺達に話しかけてきた。

彼は片渕浩二かたぶち こうじ東哉の悪友である。


「おはよ、今日も二人で仲良く登校か」

「おはよう。あぁ、うらやましいか?」


いつものように返すと、今回は続きが違った。

いつになく浩二が一瞬だけ真面目な顔になるとふざけた事を言い出す。


「なぁ莉奈ちゃん、こいつより俺と登校しない?」

「え?いや、それは、」

「いいじゃん。何ならいっそのこと俺の家に住ん……へっ?」


東哉は浩二の頭を掴むと、そのまま握り潰さんとばかりに力を加える。

ちなみに俺の握力は70オーバー、林檎を砕けます。


「ぐぉぉぉ!冗談、東哉冗談だって!脳みそでる、バカになる!?」

「余裕があるじゃないか浩二、それとお前はそれ以上バカにならないから安心しろ」

「それ酷くないっ!?」


ミシミシと頭蓋骨の軋む様な音が聞こえたが、東哉は気にせずさらに力をこめてゆく。

気持ちを知ってて言う奴に情けはいらないとばかりに容赦がなかった。


「ぐぁあっ、ちょっ東哉マジでイダダダダ、頭から変な音が!?」

「東哉、そろそろやめないと床掃除が面倒だよ」

「心配するとこそこ!?」


声をかけてきた方に東哉が目をやると細い眼鏡を掛けた友人の一人、香住屋斎かすみや いつきが呆れる様に脱力していた。


「…ちっ。」


「っつ~、香住屋サンキュー清々しい朝がドロドロのスプラッタになるところだった。ったく、お前本気で俺を殺す気かよ!?」


斎の声に渋々手を離すと浩二は頭をさすりながら東哉に怒鳴った。

しかし当夜は真顔で言い返す。


「本気だが、それが?」

「うっ…てっめ、男の嫉妬は見苦しいぞ、コラ」

「朝からなにやってるの~?」


二人がじゃれるようににらみ合っていると、その後ろの方から間延びした声がした。

そこには長い黒髪、アンダーリムの眼鏡をかけ柔らかな笑顔をした蒼羽天子あおば あまねがいた。




「あぁ、浩二が莉奈を汚い目で見ていたから握り潰そうと」

「おぃ!それは言い過ぎだろ…」

「黙れ、変質者予備軍」


東哉が再度睨み黙らせると天子が浩二に言い聞かせるように言った。


「浩二君、東哉君に莉奈ちゃんの事でからかったら駄目だよ~。いつもそれで痛い目を見てるんだから」

「う…」


天子に叱られるとポヤポヤした見た目に間延びした話し方に反して誰も反論出来ない。

浩二もまるで母親に怒られた子供みたいに肩を落として小さくなっている。

どうやら罪悪感が胸を突いているらしい、東哉は良い気味だと呟いた。




「東哉、もういいって。何とも思ってないし」

「莉奈…そうだな。浩二ごめん、やり過ぎた」

「いや、俺もすまん。…何とも思ってないって…ヒデェ」


終わりに綺麗に莉奈がとどめをさしているあたり、友人たちのコンビネーションは抜群である。




学校が終わり莉奈の長い買い物に東哉が付き合っていると、帰る頃には夕方になっていた。

何を話すでもなく帰り道を歩いていると、建設途中のビルの工事現場を通りかかったとき莉奈が急に足を止め東哉の方に振り返った。




「東哉、今日はありがとね」

「あぁ、それにしても結構な数の店を回ったな」

「うん、色々見たかったから。ごめんねこんなに付き合わせて」

「いや、それは別にいいんだけど…これは買い過ぎじゃないか?」




学校が終わってから数時間かかって買った量は物凄く、それを持っている東哉の両腕は荷物であふれかえっていた。学校帰りと相まって、疲れはピーク。早く帰りたいと東哉は疲れた頭で考えていたが、振り返った彼女はとても可愛くて、とても嬉しそうな顔は体の疲れを忘れさせいた。


「ふふっ、頑張ってね男の子。家はもうすぐだよ」


そう言って莉奈は歩き出し、先を行く。

俺も気合いを入れ直して歩き出そうとした時、ふいに音が聞こえた。

金属がぶつかるような音、建設現場では不思議ではない金属がぶつかるような音だった。しかし東哉には違った音。言うなれば、



「…上? うぉっ‼!」




ビルの建設の音とは少しズレた場所かと東哉が上を見れば、何か硬い物を無理矢理引きちぎる様な音。


『今思えば、それは俺と莉奈との運命の糸が切れる音だったのかもしれない。』


クレーンから伸びていた鉄骨を吊るしていた片方のワイヤーが切れ、支えを失った鉄骨が莉奈へと落ちろうとしていた。


「莉奈、あぶねえっ!!」


東哉は荷物を捨てて莉奈へと走る。

莉奈はワイヤーが切れたのを気付いていなかったのか、俺の声を聞いてから反応したため逃げ出すには遅すぎた。

そして東哉も荷物を捨てるので初動が遅れ、莉奈と少し離れていたせいで間に合わなかった。


そして…




“ズドンッ”




鉄骨が地面に落ち、衝撃と立ち込める埃が東哉を覆うが、彼はそんなことはどうでもよかった。

確かに鉄骨は莉奈へと落ちたはず。普通であれば無事でいるはずはない。なのに、東哉の目の前には現実では想像と違う光景があった。




莉奈の周囲の鉄骨だけが粉々になっていて莉奈を避けるように落ちていた。




「…莉、奈?」


「あっ…」




東哉は何があったか理解出来ずに、頭が混乱しながらもかすれた声で莉奈に声をかける。

莉奈は手を上げながら身体を震わし、見つかってはいけないものを見られたかのように何かに恐怖する様に東哉の方を見ていた。




「東…哉」




莉奈は名前を呼びながら縋るように手を伸した。


だが、まだ状況が整理仕切れていない東哉はその手に反応するのが遅れる。


そして、その少しの遅れが、ためらいが致命的なものになってしまった。


「っ……」


莉奈は伸ばしていた手を下ろす、助かるための手をあきらめるように苦痛に堪えるように表情が歪んでいて、今にも泣き出しそうだった。


「東哉、ごめんね…」


それだけを言い言葉にならない何かを飲み込んで莉奈は東哉に背を向けて走り出した。

何が起きているのか分からず呆然としている東哉は、ただその小さくなる姿を漠然と見つめていた…。


二人の歩く道が離れていった。

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