第八十二射目
『少しお付き合いいただけますか?』
白鯨もとい水の大精霊にそう尋ねられた僕達は、それを承諾する。
『ありがとうございます。では…………、とその前に。場所を変えましょうか。それに、この姿では貴方方も話しにくいでしょう』
その言葉と共に大精霊が光に包まれる。
光が収まるとそこには一糸纏わぬ姿の女性がいた。
いきなりの事に呆然としてしまったが、ふと我に帰り、慌てて目を逸らす。
『大精霊様!何で裸何ですか!?ユウリ、見ないでよ!』
『大丈夫!少ししか見てないよ!』
『あ〜!少し見たんだね!?』
『あ、いや、それは違っ……』
『ふふっ。そうでしたね。失礼しました。人の子は衣服を身に纏うんでした。……これで如何でしょうか?』
『あ、何か着てもらえるなら……んぇっ!?』
確かに服は着てくれている。
袖の無い頭を通す為の穴が空いた布を被っただけの法衣だが、その豊かな胸が収まりきらず、横から溢れんばかりに主張している。
腰の辺りを紐で結ばれただけの衣服の側面には勿論布地など無く、大きな胸から美しい脚までをこれでもかと見せ付けられる。
その為、大精霊様が動くとその溢れんばかりの豊かな双丘が揺れ、下半身の前と後ろから色々と見えてしまいそうだ。
大精霊様、下着穿いてない?
『確かに着てますけど、それはそれでまた…………』
『ユウリが大精霊様をえっちな目で見てる!酷い!どうせ私はあんなに胸が大きくないもん!』
『あらあら。人の子から見て私はそんなに魅力的なんですね。それは嬉しいです』
『あぁー!もう!話が進まないっ!』
とりあえずこの場を収める為に僕はよく考えずに言葉を放つ。
『大丈夫!僕はフランが大好きだ!愛してる!君が一番だから安心してほしい!』
『ほぇ?そ、そんな……愛してるなんて…………えへへ』
もう、この婚約者は可愛いな、ちくしょう!
『大精霊様!場を移すんでしたよね?早くそちらに向かいましょう!』
『そうでしたね。お二人の反応が可愛らしくてつい……。では参りましょうか』
この大精霊様、思ったよりも俗っぽいぞ?
なんとか場を収めた僕は大精霊様に付いていく(正確にはマリンの様に前を進み、僕達を魔力で引っ張ってくれている)。
『え?遺跡の中に入るんですか?』
『はい。ここは昔、私を崇める人の子が建ててくれた神殿です。今はこんな見た目ですが、昔はとても綺麗だったんですよ?』
『人が建てたって……。こんな海底に?』
『それも中でお話しましょう』
障壁をあっさりと抜けて、遺跡にある扉に大精霊様が手を翳すと扉が開いていく。
『さぁ、どうぞ』
「あれ?ここ…………普通に呼吸が出来る」
「あ、本当だ。声も聞こえるね。それにしても、中は凄く綺麗だね」
『この神殿自体に強力な結界が貼られています。外壁はどうしようも無かったのですが、内部は昔のままになっています』
一歩中に足を踏み入れると、海底にあるなんて忘れてしまいそうな程だった。
全体が薄っすらと青みがかった鉱石で造られており、灯りが無いにも関わらず、ほんのり明るく神秘的だ。
『こちらで良いでしょう。そちらの椅子に掛けられて下さい』
通されたのは大聖堂と呼べる大きな聖堂。
正面の壁には先程の白鯨の姿の大精霊様の石像、その下の台座には三叉の槍が安置されている。
『ここならゆっくりお話が出来ますね』
「大精霊様、先に一つよろしいでしょうか?」
『はい、何でしょう?』
「あの、マリンは……その……」
『あぁ、そうでした。マリン、フランさんの元へ帰って良いですよ』
すっかり忘れてたと言わんばかりの表情で、胸元から光の球を作り出しフランに向ける。
そこからマリンが姿を表して、フランの元へ。
「良かったー。心配したんだよ、マリン〜」
マリンを抱きして、涙を流すフラン。
とりあえずこの件は一件落着だ。
『お話をとは言ったものの、私自身、人の子と話すのの自体が久し振りですから、何から話して良いか……』
「では、僕から質問をよろしいですか、大精霊様」
『えぇ、勿論。むしろ、そちらの方が私が話しやすいので良いですね。ユウリさん、どうぞ』
「何で僕達の名前を?」
『それは簡単です。私の眷属、そちらのマリンから魔力を読み取って知りました』
「魔力を読み取るだけで、記憶まで?」
『それに関してはまず、私達の生まれの由来から説明していきましょうか。私を含む精霊や妖精の身体は本来意識を持たない筈の大気中の魔力によって創られています。その中でも魔力が多く集まり妖精、そして精霊と呼ばれる様になります。その事を私達は格が上がると呼んでおります。その際にようやくそれぞれに個としての意思や記憶を持つことが出来るようになります。それでも他の生物と身体の構造根本的にも違いますので、あくまで元は魔力です。個で有り、個で無いのです』
大精霊様はそこで一度言葉を切る。
僕達が理解しているのかを確認しているのだろう、首を縦に振り、続きを促した。
『本来記憶や感情は脳にあるものてすが、それが私達にはありません。それぞれの持つ魔力が脳の代わりになり、記憶や感情を司るのです。その為、上位者が下位者を一時的に元の魔力に戻し、同化する事によってその魔力を読み取り、記憶を共有する事が出来るのです。それが先程の答えとなります』
「成る程。それは別属性の精霊は可能なのですか?」
『可能と言えば可能ですが、上位者が他の下位者を取り込むとその属性を上書きしてしまうので、同化と同時に実質的に別の精霊や妖精になってしまいます』
取り込まれるのすら怖いのに、取り込まれたら自分の人格が書き換えられるって怖過ぎるな……。
「大精霊様っ。大精霊様ってお名前とか無いんですか?」
『そうですね。私達は先程申し上げた様にあくまで魔力の塊です。なので、それぞれの名前はありません。生まれると言いましたが、生物の様に親から産まれる訳では無く、ある程度の魔力を保持したら突然自我が生まれますから』
「そうなんですか……」
『ただ、大精霊と呼ばれる私達は過去に人の子からそれぞれに名を呼ばれていますね』
「…………水の大精霊ウンディーネ」
『よくご存知ですね、ユウリさん』
「よく知ってるね、ユウリ」
「それは勿論。ブルーローズ家は水の加護を司る家だからね」
「あ、そっか……」
『ブルーローズ家?もしかして、水の民の子孫でしょうか?』
「水の民?」
『はい、この神殿を建てたのもその水の民です。その他にも火の民や風の民、地の民もいましたね。その者達が協力して国を興したと記憶にあります』
「それがイース公国の始まりなのか……。ウン……大精霊様、光の民と闇の民はいなかったのですか?」
『ウンディーネで構いませんよ。光と闇は聞いた事ありませんね。確か四つの民だった筈です』
「ありがとうございます。じゃああの二家はイース公国が建国された後から興した家なのか……」
「ウンディーネ様、そう言えばここに来る時に聞いていたこの神殿が海底にあるのは何でなんですか?」
『そろそろその事についてお話ししましょうか。
この神殿は…………
元々地上にありました』
水の大精霊ウンディーネ様から告げられた衝撃の事実。
海底にある神殿が元々地上にあった?
僕とフランは静かに続きの言葉を待った。
水の大精霊ウンディーネ。
使い古された名前だけど、やっぱりその名前が一番しっくりくるんですよね。




