第三射目
ここ、イース公国南部ブルーローズ領はオスリア大陸を南北へと隔てるオスリア大森林と隣接しており、時折森に生息している強力な魔獣が国内に侵入するため、戦時中ではないものの、常に厳戒態勢をとっている。
しかし、隣接しているとは言ったものの実際僕らが住んでいる街までは馬車でも三時間はかかるため、普段は平和そのものだ。
むしろ、 森に入って一攫千金狙う者や名声を得ようとする者達が拠点として滞在するので、活気に満ち溢れている程。
そんな街の北門近くには僕らの目的地、この国唯一の宗教ミリアム教の神殿がある。
ラ・ミリアム聖教国を総本山とし、そのトップには教皇猊下が存在する。
各国に神官を派遣し、神託の儀を取り仕切っている為、我が国含めどの国も間接的に傘下に置かれている状況だ。
因みに、神殿がある街と教会がある街とが存在するが、違いは単純にお布施の額。
多ければ多い程立派な神殿を建てられ、常駐する神官も司祭となるので、自分の治める街はこれだけ豊かだぞ。他の領地や国へのアピールにもなるだと。
逆にお布施が少ない小規模の街やそもそも住民が少ない村になると、小さな教会を建てるのが精一杯。
そんな所は平神官が常駐するのは良い方で、定期的にいくつかの教会を回り、数日滞在して次の村の教会へなんてことも少なくない。
宗教といえどお金がないと運営が出来ないのは真理だと頭で理解していても、扱いの差が酷い辺り、なんとも好きになれない。
こんな事を今から向かう神殿内で言おうもんなら大変な事になるから言わないけど。
「そろそろ見えてきたな」
父が言われ、窓の外を見ると真っ白で荘厳な建物が目に入る。
イース公国の中でも首都に次いで大きな神殿だ。
ブルーローズ家は初代当主が盲信的なミリアム教信者で、代々かなりの額を納めているらしい。
程なくして馬車が入口の前に停まる。
姉上がぐ〜っと背伸びをしながら悪態をつく。
「んん~っ!何度乗っても馬車の移動はお尻が痛くなるんだよね〜」
「こ〜らっ。女の子がお尻とか言っては駄目ですよ」
「だって本当のことだもん。お母様もそうおもうでしょ〜?」
「それは勿論だけど、口に出してはいけませんよ?」
「は〜い」
「さぁ、そろそろ無駄話はやめて中に入るぞ。」
窘められた姉上は渋々、母上は当主の妻として気持ちを切り替えて、父上の跡を追う。
改めて、神殿を見上げなら「いくらかかっているんだろう?」とどうでも良い事を考えていると、父上の後ろを歩いていた兄上が
「おい、早く来い。お前が為にわざわざ皆来てやっているんだぞ」
「申し訳ありません、兄上」
「謝るくらいならさっさと動け、ウスノロが」
一々棘のある言い方をされるが、ここで言い返すと後々面倒なので黙って付いていく。
扉を開けると、一人の老人が立っており、恭しく頭を下げる。
「お待ちしておりましたぞ。ブルーローズ公爵」
「待たせてすまなかった、ハーク大司祭。これが我が家の次男、ユリウス=ブルーローズだ」
「只今ご紹介に預かりました、ユリウス=ブルーローズです。本日は宜しくお願い申し上げます」
「フォッフォッ。そんなに固くならなくても良いぞ、ユリウス様」
ハーク大司祭は僕の緊張を解くためか、砕けた口調で接してくれた。
たっぷりの口髭と顎髭を蓄えて口元は見えないが、柔らかな表情でにこやかに迎え入れてくた。
大司祭の印象はもっと高圧的だったり固く苦しいイメージだったのだが、目の前にいる老人は好々爺というのが素直な印象だ。
「では、早速神託の儀を執り行いましょうぞ。皆様、最前列にある椅子にかけられてください。ユリウス様はわしとそのまま神殿の中央まで」
「あれ?他の神官様はいらっしゃらないのですか?」
「普段はおりますが、本日は公爵家のご子息の神託の儀。この神聖な場に立ち会うのはそれ相応の身分が必要になるのです」
ハーク大司祭の後を付いていきながらふとした疑問を呟くと丁寧に説明してくれ、僕にしか聞こえない小声で「もっとも、それは建前ですがな」と説明してくれた。
神託の儀という無防備な状態での暗殺を防ぐ為だったり、もし公爵家ともあろう者が、下級の神託を受けた際の情報漏洩を防ぐ為なのだそう。
勿論、「そんな事わしが神官の道を歩み始めてから数える程しかないがの」と付け足してもくれた。
安心させてくれる為なのだろうけど、数える程はあるのか・・・。
それでも大司祭となるまでにはそれこそ数え切れない程の人数と回数の神託の儀を取り仕切ってきた方が言うのだから可能性はないに等しいという事か。
神殿中央に描かれた神託の儀の魔法陣の中央に辿り着くと、司祭は周りを見回して、
「皆様席に着れましたかな?では、ユリウス様は祭壇にいらっしゃいますミリアム様に祈りを捧げて下さい」
僕は言われた通り神殿の最奥にある祭壇に祀られているミリアム像に向かい、両膝を着き、手を胸の前で組んで目を閉じる。
「女神ミリアムよ。この世に生を授かり、十年の人生を歩んだ少年、ユリウス=ブルーローズに御身の祝福と神託を授けたまえ」
ハーク大司祭の言葉と共に魔法陣が輝きを放ち、少しして魔法陣の光が収まると、神託の結果を知る為に目を開けた。
だが、僕の目に映ったのは、最初の好々爺の印象があるハーク大司祭ではなく、明らかに可哀想なものを憐れむ様にも見下した様にも見えるなんとも複雑な表情だった。
「ミリアム様の神託を申し上げる。ブルーローズ公爵家次男、ユリウス=ブルーローズが授かりし、加護は伝説級《五感超強化》、職種は下級《弓使い》である」
「えっ?五感強化……?下級職種…………?」
何を言われているのか分からなかった。
勿論聞こえなかったわけではない、頭と心がそれを受け入れようとしてくれないのだ。
伝説級と言われたが、所謂身体操作系統の加護と下級職種。
誰が聞いてもブルーローズ公爵家に相応しくないものであるのは明白だ。
「さぁ、これで神託の儀は終わりじゃ。早々に立ち去られるがよい」
「は、はい……。ありがとうございました……」
「全く、大司祭となってこの様な神託を述べる事になるとは……。人生最大の汚点じゃわい」
「っ……!!」
侮辱の言葉を吐き捨てられて怒りが込み上げてくるものの、自分の神託のせいだと無理矢理押さえつけて、俯きながらも踵を返して魔法陣から出る。
しかし、振り返り顔を上げて目に入る家族の表情は先程の大司祭よりも更に酷いものだった。
父上は今にも僕に斬り掛かってきそうなほどの殺意のこもった目を、母上は顔を手で覆い、泣き崩れている。
姉上は母上に寄り添い、慰めながらもよく見ると涙を流している。
ただ、兄上だけは唯一笑顔だが、勿論その笑顔は祝福の笑みではなく嘲笑である。
「まさか、才能も無いとは思っていたが、それどころか伝説級とはいえ聞いたこともないし役に立ちそうもない身体操作系に加えて、下級職種とは。俺を笑い殺す気か」
「返す言葉もありません、兄上」
「お前のような下等な人間に兄上と呼ばれる筋合いはない!」
「お兄様やめてっ!誰よりも辛いのはユリウス自身なのよ!」
「仮にそうだとしてもそれが何だ?ブルーローズ公爵家にこんなゴミは要らないんだよ!」
「お兄様っ!」
「カリウス、それ以上は言ってはいけませんよ。リシリア、ありがとう。情けない姿を見せてごめんね。私はもう大丈夫。さぁ、帰りましょうか」
兄上を窘めながら、立ち上がり気丈に振る舞っている母上だが、明らかに顔色が悪い。
先程とは打って変わって無表情な父上は一言も発さずにやり取りを眺めていたが、「あぁ、帰ろうか」と一言残して先立って馬車に向かった。
半ば放心状態のまま馬車に乗り、相変わらずの揺れの中帰路に付くが、朝の父上の言葉を思い出し問いかける。
「父上、僕と父上は挨拶回りに行くのではなかったのですか?」
「その件は中止だ。皆、帰ったらそのまま食堂に集まってくれ」
こちらに顔を向けることもなく窓の外を見ながら父はそう発した後、また黙り込んでしまった。
僕の加護と職種についての話だろう。
きっともうこの家には居られない。
下級職種だし、そもそも水魔法系統の加護の時点でブルーローズ公爵家とは認めてもらえないのは十歳の僕にも分かる。
勘当されて平民として追い出されるか、奴隷落ちさせられるのか、奴隷になるなら優しい人に買ってほしいなとか考えながら馬車の揺れに身を任せていた。
自分の想像を遥かに超える程のことの深刻さに気づきもせずに。