第十ニ射目
当初は拾われてからの話をちゃんと書こうと思いましたが、同じ様な日常を淡々とこなしていくばかりになりそうだっので省略しました。
何をしていたかは掻い摘んで説明を入れていくと思います。
※キリの良いところまで書くために今までの話より少し長めです。
「…………ふっ!!」
風切り音と共に飛んだ矢は魔獣の眉間に深々と貫き、貫通した。
「よし、今日の晩御飯の調達完了っと」
古代樹の枝を飛び移って獲物に近付く。
今日の獲物は【巨角鹿】。
肉質は極上で人気があり、貴族の間でも高級食材としての晩餐等で振る舞われたりするのだが、ここオスリア大森林ではそこら辺に数多く生息しており、森の中の食物連鎖では下から数えた方が早いくらいだ。
体高は最大三メリル、角だけでも一メリルあり、草食なのに何故か凶暴で、商隊が運悪く遭遇し、突進された馬車が原型を留めない程に粉々になることもしばしば。
そんな危険度二級の敵を晩御飯のおかずに狩れる位にはなっていた。
拾われてから今日で丁度四年、十四歳の誕生日だ。
苦戦していた弓の課題は一年立つ頃には古代樹に刺さり、三年目には楽々貫通出来るようになった。
今では獲物さえ見えれば、五百メリルくらいなら古代樹が何本あろうが簡単に貫ける。
《五感超強化》はほぼ完璧に使いこなせる様になった。
聴覚と嗅覚は半径一キリルなら蟻の歩いている音とそのものの匂いが分かる。
視覚は複数視点は当たり前で、生物そのものや生物の熱も探知可能だ。更には上空からの俯瞰視点が使えるので、死角は地中以外に存在しない。
触覚はやはり異常で、視覚で捉えきれない地上のちょっとした動きを肌で感じ取れるし、目を閉じていてもまるで視えているかのように空気の流れで周りほぼ全てを感じ取れる。
味覚はなんかもう別方向で凄い。味どころかいつ頃作られたものか、誰が作ったとか、肉になる前の動物が何処で何を食べていたとか、なんか感じ過ぎてむしろ嫌になるくらいだ。
その他の家事全般も大体出来るようになってからは爺ちゃんは魔導具造りメインになり、その他は任せてくれるようになった。
また、【回復薬】や【異常回復薬】の製造や配合は味覚と嗅覚、触覚を頼りにそこら辺の錬金の加護使いよりは遥かに上手に作れる。
爺ちゃん曰く、
「回復薬系統は儂を既に超えている」
だそうで、自信を持って人に飲ませることが出来る。……飲ませる知り合いいないけど。
「さて、そろそろ帰って夕飯の準備をしなきゃ。……自分の誕生日の準備を自分でするのは腑に落ちないけど」
「ただいまー、今帰ったよー」
家に帰って扉を開け、いつも通り爺ちゃんに声を掛けても返事がない。
「あれ?集中し過ぎで聞こえないのかな?それか……居眠り?」
今までそんな事はなかったのだが、もしもそうであれば日頃イタズラされている仕返しが出来る。
本格的な訓練を始めた頃から爺ちゃんほ訓練の一環と称して、様々なイタズラを仕掛けてくるようになってきた。
頭を叩かれたり、水を掛けられたり、ベッドに虫を入れてきたりと「子どもかっ!」と言わん所業の数々。
今こそその無念を晴らす時!
逸る気持ちを抑えて、そっと魔導具造り用の地下室の扉を開けると、いつも座っている机にいない。
そのまま扉を開けると……。
「爺ちゃんっ!!」
床に倒れている爺ちゃんがいた。
またイタズラかとも思ったが、そんなタチの悪い事をするような人ではないので、急いで駆け寄って声を掛ける。
「爺ちゃん!爺ちゃん!!」
「うるせぇなぁ……。耳元で叫ぶんじゃない、バカタレ」
「どうしたの!?どっか体調が悪いの!?」
「騒ぐな。ちょっと根詰め過ぎて疲れただけだ。」
「そんな訳がないでしょ!?今まで一度もそんな事なかったじゃん!」
「俺ももう八十八だぞ?お前みたいにはいかん」
「……とりあえずベッドまで運ぶよ。因みに歩ける?」
「…………」
「勝手におぶっていくから……」
歩けない。とは言いたくないのだろう無言の爺ちゃんを背負い、ベッドまで運んだ。
出会った頃はとても大きく見えたのに、今では軽々背負える程軽い。
勿論僕が成長したのもあるだろうが、それだけではないのはすぐ分かる。
この世界の平均寿命は短い。
魔獣や魔物の存在により若くして亡くなったり、満足いく食事が出来ない人達もいるのが主な原因だが、それ以外にも魔法の酷使による寿命の減少も要因の一つとして挙げられる。
八十八歳という年齢は人族ではかなりの長寿と言って良いだろう。
他の亜人達はもっと長命な種もいるらしいが、詳しくは分からない。
「曾孫におんぶしてもらうのも悪くないな」
ベッドに降ろすなり、軽口を叩く爺ちゃん。
「そんな軽口叩けるなら大丈夫だね、ご飯作ってくるよ」
「待て」
夕食作りに向かおうとする僕の手を握り、引き止めた爺ちゃん。
「良いか、よく聞け。いや、聞かなくてもお前の五感でなら分かっている筈だ。」
「…………聞きたくないし。何も分からないよ」
「駄目だ。ちゃんと向き合え。良いか?」
「儂は今日……死ぬ…………」
心臓が飛び跳ねる。
正直なところ、この並外れた五感のせいで薄々は感じていた……。
いや、確信があった。
見ても、聞いても、匂いでも、触れても。
その全てが、知りたくもない現実を叩きつけてくる。
ここ数ヶ月でブカブカのローブの下に隠された爺ちゃんの身体は痩せこけ、心音はどんどん弱くなり、人としての香りも薄れているし、筋肉の動きもかなり微弱になっていた。
むしろ今日まで生きていたのが不思議なくらいだ。
「せめて……。せめて……!成人まではと儂なりに頑張ってみたものの、やはり老いにほ勝てん」
「……っ、……うっ」
「予定より一年早かったが、お前は立派になった。もう出会った頃のお前じゃない」
「い…… いやっ……っ……嫌だよ、爺ちゃん……」
「おい、男だろ?泣くな」
「じ、爺ちゃんが……い、言ったんじゃ……ない……か。子どもは……なっ、泣いて……良いって…………」
「何時の話をしてるんだよ、お前はあと一年で成人だぞ?もう殆ど大人だ」
「でもっ……!!」
言葉が詰まり、声が出ない。
涙が留まる事を知らずに溢れてくる。
多分今の僕は酷い顔になっているだろう。
「ここに来るまでも、ここに来てからもお前は頑張ったな。それこそ人一倍どころか人の二倍も三倍も。加護がどうとか職種がどうとかそんなの関係ない。お前が頑張ったから今のお前になれたんだ。誇れ」
「それも……爺ちゃんがいた……から……だから……頑張れた……んだよ」
「カハハ、それはジジイ冥利に尽きるな」
今まで通り笑っているつもりなのだろうが、その声に力がない。
恥ずかしいなんて言っていられない。
今ここで全て伝えなきゃ後悔する。
「ここに、ここには死ぬ為にやってきた筈だった。だけど爺ちゃんに助けられて一緒に暮らすようになって、今までの人生で一番楽しい時間だった。色々話してる時間が好きだった。色んな事を教えてもらえる時間が好きだった。喧嘩したりイタズラされたりするのも良い思い出だよ。」
「…………」
「俺は幸せ者だ。こんなに偉大で強くて優しい爺ちゃんがいて。そんな爺ちゃんの曾孫として生まれられて。本当に、本当にありがとう」
「……くっ。バカタレ。ジジイを泣かせて何が楽しい」
「最初で最後の仕返しだよ、爺ちゃん」
「カハハ、してやられたな。全く最後の最後で」
「ゆっくり、ゆっくり休んでね」
「あぁ、こんな儂の元に来てくれて、一緒に暮らしてくれてありがとう。それ迄の人生はクソみたいでも、今の儂は世界一の幸せ者だ」
爺ちゃんの心臓の音がどんどん弱くなる。
「ユウリ。儂はお前を愛しているぞ。いつまでも、これから……も…………」
そこから先はあまり覚えていない。
ずっと泣いていたと思う。
泣きながら、爺ちゃんの側で一晩明かして、家の庭に埋めて小さい墓を建てた。
これで、ユウリの家族は誰も居なくなってしまった。
爺ちゃんに怒られそうだけど、もう少しだけ、泣かせてもらう事にした。