第九射目
体力が切れたのか魔力が切れたのか、視覚強化が解除された森の中は文字通り真っ暗闇だった。
それにも関わらず、老人は歩くペースを落とすことなく、まるで周りが見えているかのようにどんどん進む。
痛みに慣れ始めた頃に老人は立ち止まった。
「よし、着いたぞ」
目を凝らして見てみると、目の前には木造の家?小屋?があった。
こんな家で大丈夫なのか?と見ていると、
「こんなボロ屋で大丈夫なのか?ってだろう?見た目だけで判断するのは良くないぞ」
心を読まれた。
「心なんか読める訳無いだろうが」
いや、読んでるでしょ?だって声に出してない筈なのに会話が成立してるし、顔も見えてないし。
「とりあえず中に入るぞ」
古ぼけた扉を開けると・・・・・・え?どういうこと?
「ガッハッハッ!驚いただろう?だから言ったんだ、見た目で判断するな。と」
そりゃあ、驚くに決まっている。
だって見た目と中身の広さがどう考えても釣り合ってない。
外から見ると、最低限人が生活する程度の広さしかなかった筈なのに、中に入ると公爵家の食堂より遥かに広い。
置いてある家具も見た目こそ派手さは無いが、明らかに上な物だと分かる。
そんな僕の心情を無視するように、老人は奥の部屋に入り、ベッドの上に寝かせた。寝かせたというか半分投げられた。
「悪いな、小僧。人が来る予定なんて無いもんだから部屋がない。儂の寝床で我慢してくれ」
僕は首を縦に振る。
命を助けてくれたんだ、正直床に転がされても文句は言えない。
老人が向こうの部屋でゴソゴソしているが何をしているのか検討もつかないので、少し動くようになってきた身体を動かしながら改めて部屋の中を見回す。
装飾品は見当たらず、生活に必要な物が最低限置いてあるだけだ。いや、違う。生活に必要なランプや蝋燭すらないのに部屋全体が明るい。
「これも魔導具なのかな?」
「おぉ、よく分かったな小僧」
「うわぁっ!?・・・っつうぅ・・・・・」
「こらこら、動くな動くな。見た感じ木の上から落ちたんだろう?骨の一本や二本折れてるかもしれん」
「急に声をかけてきて、驚かしたのはそっちじゃないですか。いっつ・・・」
「手足は大丈夫だな。となると折れてるとしたら・・・」
「いだだだだっ!!」
「やっぱ背骨か・・・。小僧、足の感覚はしっかりあるか?あと頭が痛かったり吐き気は?」
「さっき触られた時には足の感覚はありました。痛くて動かせないだけです。頭はこの状況に痛い位くらいです」
「カカッ!それなら問題ないなじゃあ痛いだろうが、うつ伏せになれ」
「え?何でですか?」
「良いから早くっ!」
「いっってぇ!」
問答無用で引っくり返されて、起き上がろうにも後ろを向こうにも、痛みで言うことを聞いてくれない。
起き上がれなくてもせめて仰向けに戻ろうと足掻いていると、背中全体に暖かいがむず痒い何かが掛けられてる様な感覚があった。
「何を掛けてるんですか?お湯?・・・じゃないですよね?」
「お前、何されてるのか分かるのか?」
「何されてるかは分からないですがゾワゾワした感覚があります」
「変な奴だな。今怪我の治療をしているんだが、そんな事言われたの初めてだ」
「あれ?そうなんですか?・・・あっ、もしかして加護のせいかもしれません」
「加護のせいだと?感度が上がる加護なんかあったか?」
「間違いと言い切れない辺り、釈然としないなぁ」
「まさか当たっているとは。よし、終わりだ。敏感小僧」
「敏感小僧って、言い方ぁ!・・・あれ?痛くない?」
「そりゃ治療が終わったからな」
さっきまで痛みで動けなかったはずが今は普通に立ち上がれ、腕も回したり軽く飛んたりしても全く違和感がない。
「凄いっ!痛くないっ!凄いっ!」
「まるで子どもみたいだな。いやどう見ても子どもか」
「本当に凄い!ありがとうございますっ!お陰で命拾いしましたっ!」
「なに、ついでだったんだ。気にするな」
「ところでご老人、貴方様は英雄級の治癒の加護か何かで?」
「いや、そうじゃないんだが・・・。それよりもいきなりどうした?さっき迄とえらい違いだが・・・」
「い、いえ。はしゃぎ過きたのが、少し恥ずかしくなりまして・・・」
「お前位の子どもは煩くてなんぼだろう?」
「家では厳しく躾けられていましたから・・・」
「どっかの貴族のボンボンか」
「はい。元、ですけど」
「そうか」
「聞かないんですか?」
「聞いてほしいのか?」
「聞いてほしい・・・のかもしれません」
「じゃあ聞いてやる。話せ」
まだ一日も経っていない筈なのに、人と話すのがこれ程楽しいとは思わなかった。
これから話す内容は面白可笑しい話でも、お涙頂戴の悲劇でもない。
くだらないと一蹴されるかもしれない。
つまらないと鼻で笑われるかもしれない。
それでも僕は話した。
ここに来るまでの事を話した。
何一つ隠すこと無く、全てを。
全てを話し終えると老人はため息をつきながら口を開く。
「犬が一匹死んでた事といい、さっきの感覚と言い切れ、その加護が原因か」
「はい、そうなります」
「・・・・・ところで小僧。じゃなかったな、ユリウスよ」
「はい、何でしょう?」
「いつまで泣くのを我慢してるんだ?」
「え?どういう意味ですか?」
「そのまんまだよ。話を聞いた限りじゃ、神託を受けた時も死ねと言われた時もここに飛ばされた時も、何ならさっき死にかけた時も。お前涙一つ流してないんだろう?」
「えっ・・・と。なんか悲しいよりも他の事で頭が一杯になって・・・」
「そうじゃない。お前はずっと堪えてたんだ。貴族の使命だが矜持だか知らないが、まだ十歳の子どもだ。笑いたい時は笑って、泣きたい時は泣けばいい」
泣きたい?僕が?そんな事考えた事なかった。
どんな時でも公爵家の人間として恥ずかしくない振る舞いをしろ。とずっと教え込まれてきた。
泣きたい訳がないない涙なんて・・・出る・・・訳・・・・・・
「あっ・・・あれ・・・?な、なき・・・泣きた・・・いなんて・・・」
「でもお前は今涙を流してる、それが答えだろ」
そっか、僕は泣きたかったんだ。
声も、溢れてくる涙も我慢せず、ただ、感情に身を任せて、人の目を気にせず。
ただただ僕は、
僕は泣き続けた。
今日の分も泣いた。
今まで泣くことの出来なかった分まで泣いた。
声も涙も枯れるまで。