エアチェックってご存じですか? ──おっさん世代の音楽事情
ちょっと懐かしいカセットテープが出てきたので、しばし昔語りにおつきあいを──。
最近、街からすっかり歌が消えてしまいましたね。
昔はその時々のヒット曲がどこからでも聞こえてきたものですが、今の街で聞こえてくるのは、せいぜいチェーン店の公式ソングくらい。
レコード大賞が発表されても、SNSでは『こんな曲、一度も聞いたことない!』の声が乱れ飛ぶ有様で──。
ただ個人単位では、サブスクというものが浸透してきたためか、音楽がより気軽に楽しめる存在になったようにも感じます。
昔はね、歌謡曲以外の音楽を聴こうとすると大変だったんですよ。
自分は思春期の頃、なぜか歌謡曲やニューミュージック(笑)やロックをすっ飛ばしてジャズに走ってしまったもんですから、同好の士ともまるで巡り合えず、なかなか苦労をしたものです。
インターネットどころかパソコンもほとんど普及してませんし、何とあのTSUTAYAの1号店が日本初のレンタルレコード店として大阪に開店した時代ですから。
LPレコードがその当時でも2500円くらいで、レンタル料金が300円だか500円くらいだったかな。
ただ、レコードに傷をつけてしまうと買取させられてしまうので、その分もキープしておかないと怖いですし、思春期のガキが月にそう何枚も借りられるものではありません。
そうなると流行歌以外の愛好家は、どうやってなるべくお金をかけずに音楽を楽しめばいいのか。
──それはFMラジオです。
FMラジオで流れる音楽番組をカセットテープに録音するという、いわゆる『エアチェック』という方法で楽しんでいたわけです。
でも当時を知らない皆さんは、こんな疑問を抱くのではないでしょうか。
『いつ好みの曲がかかるかなんて、わからないんじゃないの?』
うん、確かにそう思いますよね。でも、当時は今のようにリクエスト主体の番組ばかりではなかったんです。
これは技術的な制約からなのですが、当時は全国ネットで同時に生放送をすることが出来ませんでした。そこで、事前に番組を録音したテープを各地方のキー局に送り、それを同じタイミングで放送するという形をとっていたのです。
つまり、どの番組でどんな曲が流されるかは、何日か前にはもうほとんど決まっていたわけです。
そして、当時はなんと、TVの情報雑誌のようにFMラジオの番組表の週刊誌があったんです!
ええと、確か最盛期には3~4誌はあったかな?
我々少数派のマイナージャンル愛好家は、それらの雑誌を隅々までチェックして、好みのジャンルの番組をわくわくしながら待って、時報とともに録音ボタンをガチャッと押していたのです。──今では当たり前のようにあるタイマー機能なんて、ラジカセでもかなりの上位機種にしか付いてませんでしたしね。
そのようにして録音したカセットテープは、まさに大事な『宝物』です。
ごくたまに、アルバム丸々一枚分をかけてくれる太っ腹な番組なんかもあったりして──。
そういった宝物を、適当に扱うわけにはいきません。
各FM雑誌には美麗な写真やイラストを使ったカセットレーベルが付録でついており、それを使ってきれいにおめかししてあげた上でコレクションに加えるのです。
──こんな感じ(レーベルの写真は著作権がありそうなのでお見せしません)。
これはジャズではなく男声合唱のテープなんですけどね。
文字はインスタント・レタリングという転写シールを使っています。透明なフィルムの上からこすって文字を写すというものです。
なにしろワープロも普及してないし、テプラみたいな便利なものもまだありませんし。
しかも自分は凝り性だったので、全ての曲目までインレタで一文字ずつ写すという、実に『グーテンベルグ』なことまでやっちゃってました。
──今思うと、よくもまあ、こんな面倒くさいことをしてたもんです。
ズボラなくせに、こういうところだけはA型気質。
そうやって思春期の自分は、ジャズなどの好きなジャンルの曲を、手当たり次第に録音して聴いていました。
中には好みに合わないものもありましたが、あの頃にお気に入りとなったミュージシャンはやはり今でも別格の存在です。
郷愁を誘うハーモニカのトゥーツ・シールマンス。
ギター1本でここまで出来るものなのかと驚かされたジョー・パス。
繊細な中に激しい情熱の見え隠れするビル・エヴァンス。
そして、自分的には最もドラマティックなフレーズやコード進行を聴かせてくれるミシェル・ペトルチアーニ。
今ではカセットテープを聴く機材も持っていませんし、好きなミュージシャンのアルバムはCDで買って聴いてますが、あの頃に初めてラジオで聴いた時の衝撃や感動は今でも鮮明に覚えています。
そして、CDの時代もそろそろ終わりかけ、今は配信が主流になっています。
あの頃の不便さを思えば、いい時代になったものです。月にCD1枚の半分ほどの金額を払えば、いくらでも好きな曲が聴けるんですから。
──もっとも、マイナージャンル愛好家から見れば、ラインナップにはまだまだ不満が残りますけどね。
でも、せっかくあまりお金を気にせずに音楽を楽しめる時代になったのです。ただ流行の歌を追いかけて聞き流すだけ、なんて使い方をしていたらもったいないですよ。
本当に自分の好みにぴったり合致する曲やミュージシャンを発見する、これに勝る喜びってそう多くはないですからね。