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9.青色

自分には世間知らずな面があると自覚している。それでも一通りの淑女教育は受けたし、貴族的な言い回しもある程度は把握している。何度考えてもおかしな事を言ったとは思えない。


訳が分からずカリンも焦るが、解決法は何も思い浮かばない。


「…エミリオ様、どうかなさいましたか?」


たまりかねておずおずと問いかける。するとピクリと肩を揺らしたエミリオが顔をあげる。


「失礼しました。このような難問は初めてだったもので。」

「…そうでしょうか?」


色を選ぶだけでは?とは、あえて言わないでおく。エミリオは長い足を組み換えカリンと向き合った。


「カリン嬢。先程の質問ですが。」

「はい。」

「青色と言えば私の瞳です。貴方が青色を纏ってくださったなら、天にも昇る気持ちになるでしょう。されど茶色も貴方の瞳の色。私にとって大切な色です。申し訳ないのですが、私にはどちらかを選ぶことが出来ません。」


何を言ってるんですか?


危うく被せ気味に発してしまうところだった。ギリギリ淑女の体裁を保てたが、叶うなら思い切りため息をつきたい。悩んでいたのはそこなのか。この人は女性を褒めないと死ぬ病気なのか。何か失礼をしたかと焦った無駄な時間を返して欲しい。


ここまで徹底してるのは凄いことではあるけど…。


この気持ちをどう説明すれば失礼にあたらないかカリンは悩む。下手にオブラートに包んだら、絶対に伝わらない気がする。


当の本人は無機質な微笑みを浮かべている。


「色々と考えて下さってありがとうございます。エミリオ様の瞳の青色は美しいと思っていますし、私の瞳の色も好きになりました。」

「そうですか。良かった。」

「でも、そういう事ではないのです。」

「…え?」


驚いているらしいエミリオに、カリンは膝を揃えて切り出した。


「エミリオ様、いつも完璧なエスコートをありがとうございます。お陰様でとても心地好く過ごさせて頂いております。けれど…私はその事に甘えてエミリオ様の事を何も知らないのだと気づきました。」


カリンは一度言葉を区切り、呼吸を整える。こんな風に誰かに話をするのは初めてて、とてもとても緊張している。


「私では信頼するには足らないかもしれませんが、ご縁あって婚約者となりました。先の事は分かりませんが、婚約の間だけでも、もう少し普通にお話し頂けませんか…?」


言い終えたカリンの心臓は大きな音をたてて鳴っている。エミリオは考え込むような仕草をした。そんな必要はないと言われたら、そのまま婚約解消になりかねない。思わずドレスを握りしめながら、次の言葉を待った。


「カリン嬢、一つ宜しいですか?」

「はい。」

「普通に話す、とはどういう事でしょうか?」


カリンは頭を抱えたくなった。心底不思議というその顔はやめて欲しい。


自覚すらないなんて…!


カリンは何とか言葉を選びながら続けた。


「気のせいでしたら申し訳ないのですが、エミリオ様はいつも相手の気持ちを重視されて、お答えくださっているのではと感じるのです。それ自体は素晴らしい事なのですが…その分エミリオ様のお心が反映されづらいと言いますか…。」

「私の、ですか?」

「えぇ。例えば先程の質問も、エミリオ様は私に気を使ってお答えくださったのだと思います…でも私がお聞きしたのは、言葉通りの事なのです。エミリオ様は青色と茶色、どちらがお好きな色なのか。」

「失礼ですが、それにどのような意味が?」


そう言われてカリンは言葉に詰まる。


深い意味など何もない。何なら目の前にあったティーカップを見て咄嗟に口にしただけで、本当に知りたいのかと聞かれたらそんな事はない。


「…意味など…ありません。」

「え?」

「何も深くは考えておりません。ただ、ティーカップの青色が美しいなと。そこに注がれた紅茶の色が綺麗だと思ったのです。その…会話はそれほど深く考えるものなのでしょうか…?」

「…。」

「…すみません、子供のような事を…。」


下を向いて黙り込んでしまったエミリオにつられて、カリンの声もどんどん小さくなっていく。尻すぼみになってしまったのは、何だかおかしな事を言っているのは自分のような気がしてきたからだ。


駄目ね。エミリオ様とは違いすぎるのよ。私などが知りたいだなんて烏滸がましい事だったのだわ。


呆れられたかもしれないと落ち込む。おかしな事を言ってしまったと謝罪を口にしかけた時、エミリオが顔を上げた。


「青色、でしょうか。」

「…え?」

「昔、水平線と空とか交わる景色を見ました。あの時の青色は美しかった。」


どこか懐かしむようなエミリオは、いつもより少しだけ砕けた口調で言った。


長くはない答えだ。ただ、好きな色を聞いただけ。それでも初めて聞いた、エミリオだけの言葉。それが何故だかとても嬉しく感じて、思わず口元が緩む。


嫌だわ、こんな事くらいで浮かれてしまって。でも、嬉しい。


それから言葉少なになった二人だったが、お茶会は和やかに終わった。ずっとソワソワしていたカリンは、珍しくエミリオが不機嫌そうな顔をして横を向いていたことに気づかなかった。


その頬が、薄らと色づいていた事にも───。




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