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5.飛んで火に入る夏の虫

煌びやかな光が目に刺さる。色とりどりのドレスと宝飾品に反射して、そこだけ別世界のような輝きだ。今からそこに自ら飛び込まなくてはならない。しかも隣には絶対に噂になるだろう極上の男を連れて、だ。


久々に訪れた王宮の大広間を前に、カリンは「飛んで火に入る夏の虫」という言葉を思い出していた。あちらからしたら「鴨が葱を背負って来る」だろうか。多少の現実逃避は許して欲しい。


今日も今日とて、隣のエミリオは迷惑なほどの色香を振りまいている。だいぶ見慣れては来たが、正装した姿はいつも以上に麗しい。早速何人かの令嬢が熱視線を送っているが、彼は何処が飄々としている。


かたやカリンはというと、頭のてっぺんから爪先までエミリオの贈り物で固めて来た。


ドレスはオレンジがかったベージュの布地に金に近い色の糸で刺繍が施されている。袖口のレースは白で、エミリオと揃いの作りだ。腰から広がるスカートはフワリと広がり、裾に行くほど密になる刺繍がよりドラマチックな印象を与えている。リボンの装飾が少ない分大人な雰囲気だ。


エミリオが夜会用のドレスを仕立てると言った時には、もっと濃い色合いで胸元も開いた、露出が高めのドレスに違いないと思っていた。意外にも慎ましげな形と色だった事に驚き、ほっとした。


キャメルの髪と明るい茶色の瞳をしたカリンには、このドレスは素晴らしくよく似合っていた。髪は結い上げ、すっきりと美しい首元には、エミリオから貰ったサファイアのネックレスが光っている。全体のアクセントとなるそれには、自然と目に行くようになっていた。


微笑むエミリオが「行きましょうか」と声をかけ、いざ二人で会場に足を踏み入れる。すぐさま値踏みする視線がカリンに向けられた。口角を上げ、視線を正面から受け止める。以前ならば回れ右していた状況だが、この程度は慣れたものだ。


そこに恰幅の良い中年の男性が近寄ってきた。


「やぁ、ガルディーニ伯爵。久しぶりだね。」

「ご無沙汰しております。」

「そちらのご令嬢は?」

「はい、婚約者です。」

「初めまして。カリン・パルッツィと申します。」

「そうか、これは何とも美しいご令嬢だ───」


そこから終わりなき繰り返しが始まった。口上と礼は型通り。相手の話もさほど大差はない。違うのはその視線だ。


『また新しい婚約者か。次はいつまでもつやら。』

『成り上がりが調子に乗りおって。隙あらば恥をかかせてやる。』

『可哀想に。この男の噂を知らず婚約したのか?』

『どうしてこんな小娘がエミリオの相手なの?』

『すぐに捨てられるわ。夢を見ない事ね。』


皮肉、蔑み、憤り、嘲り───言葉よりもよほど雄弁に語りかける。そう言えばエミリオから仕事の話を聞いたことはない。期待される立場の彼は、良くも悪くも注目されているのだろう。


慣れない悪意にも平静をよそおい挨拶を繰り返すうちに、カリンは段々と疲労を感じてきていた。首元のネックレスは鉛のように重いし、ドレスを蹴り上げる脚はふらつきそうだ。


「すみません、仕事の話で少しだけ席を外して宜しいですか?」と申し訳なさそうにエミリオに言われたが、返って有難い。すぐに了承し彼と別れて軽食の置かれた部屋へ移動する。何か口にして少し休もう。


などとは、上手くいくはずもなかった。


「ご機嫌よう、カリン・パルッツィさんですわね?」


待ってましたとばかりにカリンを取り囲んだのは、見目麗しい妙齢の令嬢方だ。


「エミリオ様とのご婚約、おめでとうございます。どんな方かと思っていましたが…エミリオ様はご趣味が変わられたのかしら?」

「あら、お料理でもメインの前にはささやかな口直しがあるものですわよ?それにもうすぐ二ヶ月経つそうですもの。」

「ならばそろそろ次の顔合わせ場所を準備なさらないと。あぁ、四度目ともなれば手馴れたものでしたわね。」


クスクスと笑いながら紡がれる嫌味にひたすら耐える。今まで囲まれた経験などない。婚約者がエミリオになった途端これだ。ガリガリと精神を削られるが、言い返せば更に酷くなることは前世の経験で知っている。


微笑みを崩さないカリンに苛立ちを募らせた一人の令嬢が、イヤな笑みを浮かべながらグラスを差し出してた。


「お二人のこれからに乾杯をさせてくださいまし。」


怪しげなそれを押し付けるように渡される。よもや毒ではないだろう。恐ろしく苦いか、或いは酸っぱいか。何れにしても醜態を嘲笑う算段なのだろう。受け取った以上、断る事は不可能だ。


戸惑うカリンを見て上機嫌になった令嬢たちは、己もグラスを手にして「乾杯!」と発した。回避したいが疲労で思考はまとまらない。


大丈夫、どんな味のものでも耐えられるわ。


腹を決めてカリンは一気に杯をあおった。


その瞬間、胃の方からカッと熱い物が脳天まで突き上げた。同時にこれまでの疲労が一気に体を駆け巡った。まずい、と思った時には遅かった。体が傾き意識が遠くなる。


「カリン嬢!」


暗転する直前、駆け寄ってくるエミリオの姿が前世の記憶と重なった。



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