39.エピローグ
完結です!⁝( ;ᾥ; )⁝
大聖堂の鐘が鳴る。晴れの日の今日は誰もが美しく装い、楽しげな笑い声が響いている。
つい先程まで結婚式が盛大に執り行われていた。婚約から僅か三ヶ月での結婚式は、これまでの慣習を破った事も含め驚きを持って伝えられた。針子を筆頭に多忙を極め、前日までギリギリの調整が続いたらしい。けれど多くの貴族が招かれた式は、皆が祝福する素晴らしいものだった。
今は喧騒が遠のき多くの参列者が退出した大聖堂で、先程まで花嫁がいた祭壇を一人ぼんやりと眺める者がいた。
「ガルディーニ様、ご機嫌いかが?」
そう声をかけてきたのはグラツィアだ。エミリオはにこやかに礼を取った。
「お久しぶりです。その節はお時間を頂きありがとうございました。」
「…いえ、こちらこそ。」
次の言葉が続かずしばし沈黙が流れたが、口火を切ったのはグラツィアだった。
「大変素晴らしい結婚式でしたわね。」
「えぇ、お幸せそうで何よりでした。…心を通わせた相手との婚姻は素晴らしいですね。」
「…このような日にお一人ではお寂しいのでは?」
隣にいるはずのない彼女を思い浮かべ、つい感傷的に呟く。そんな心情を察したらしいグラツィアの言葉にエミリオは苦笑いを浮かべる。
「お気遣いありがとうございます。それより私といてはご主人様が気を揉むのではないですか?」
「そのように心の狭い方ではありませんもの。」
ツンと横を向いたグラツィアの頬は赤い。幸せそうな様子にエミリオは安堵していた。
「お幸せそうで何よりです。」
「お陰様で。貴方の謝罪行脚は終わったのですか?」
「えぇ。」
タウンハウスに戻ったエミリオは、元婚約者達に改めて謝罪して回った。理由を聞かれれば隠してきた過去の話もした。もう隠す意味がないと思ったからだ。
今更だと肩をすくめる者も入れば、泣いて頬を殴ってきた者もあった。ちなみにグラツィアは後者であるが───エミリオの心からの謝罪は受け入れられたのだった。
「全て彼女のお陰です。彼女の周りを思いやる心で、私は大切な物をいくつも見落としていたのだと気づきました。」
「会いたいわね…。」
そう言ってグラツィアが眉を下げた時、その名を呼ぶ声が聞こえた。
「あら、主人だわ。」
「行ってください。ご主人様にも宜しくお伝えください。ありがとうございました。」
「えぇ。それじゃ。」
そう言って歩き出したグラツィアだったが、振り返って付け加えた。
「貴方も早く帰って奥方を労りなさい!彼女はピアドリアの宝よ!」
その言葉にエミリオは破顔した。
「ありがとうございます。」
グラツィアを見送った後、足早に大聖堂を後にするエミリオの脳裏に浮かぶのは今朝の事。何とか結婚式に出ようとする愛しい妻と、それを阻止しようとする大切な使用人達との攻防だ。彼女は誰よりもこの結婚式に出席したがっていた。
今日はピアドリア国の王女の結婚式。王家と公爵家との縁談は政治的な婚姻ではあったが、当の本人達にとっては違ったらしい。心からの笑みはこの婚姻が、本人同士が望んだものである事を語っていた。
その間を後押ししたのがエミリオ達二人だった。
タウンハウスに戻ってすぐ、エミリオ達の結婚が発表されると社交会は騒然となった。二人を面白可笑しく、時に悪様に言う者も一部いた。けれど多くは運命の相手に出会ったのだともてはやした。
そんな折、彼女が王城から呼び出された。何事かと青くなりながら登城した彼女を待っていたのは本日の主役───ピアドリア国の王女であった。
誰にもなびかなかったエミリオをどのように落としたのか。
単刀直入に聞かれた彼女は顔を赤くしたり、目を白黒させたりと忙しかったらしい。聞けば王女にも想い人がいるとのこと。政略結婚の相手であるが、心も通わせたい。然しながら自分の立場が上。本心が分からずどうすべきか悩んでいたところ、エミリオ達の噂を聞いたらしい。その手管を聞きたいのだと両の手をガッチリ握られ言われたのだという。
この時以来、王女からなぜだか絶大な信頼を得ることとなる。度々呼び出されては相談(主に恋愛相談)を受けるようになった。人々は驚きと共に、彼女への見方を変化させた。
時を同じく発表されたのが、彼女考案の“ユカタ”なるもの。腰紐1つで簡単に脱ぎ着出来、薄衣や総レースなどで作られたそれは、彼女に言わせると「何かちょっと違う」そうだ。前世の記憶にあるものとは、使い方も形も違う物になったらしい。
しかしながらユカタは貴族の間で大ヒットした。特に新婚令嬢の必需品となったのだが、彼女は未だ納得のいかぬ顔をしている。
ともあれ、難攻不落のエミリオとの奇跡の婚姻。
王女の(恋の)相談役。
ユカタの大ヒット。
これらの事から彼女は若い令嬢の間で恋の女神と讃えられているらしい。最近では公の場に出ると彼女の周りにはすぐに人が集まってくる。隣にいるエミリオが、女性から邪魔だと言わんばかりの視線を向けられるのはとても新鮮だ。
今日だって後から王女に恨み言を言われるに決まっている。けれど彼女以上に大切な者などいないエミリオが、彼女を閉じ込めるのは当然だ。
時々まだ不安になる。自分は正しく彼女を愛せているのか。重すぎる愛に彼女が疲弊していないか。大切な物を見落としていないか。自問自答しては、闇に落ちそうになる。
それでも二度と彼女の手を離さない。
「特別な事などありません。過去も未来も含めた今を共に出来る幸せを大切に、愛する事と伝える事を諦めない事でしょうか。」
王女の問い掛けにそう答えた彼女の手を、愛しい大切な彼女の手を。
大聖堂の外は抜けるような青空が広がっている。この空もまた、あの日の鮮やかな青と繋がっているのだ。
空を見上げ頬を緩めたエミリオを見た幾人かが、「ピアドリアの…」と言っているのが聞こえるが、もう気にならない。ピアドリアは少しずつ変化している。教訓の存在意義はすでに薄れ始めている。
ちなみにエミリオ達二人には当人が知らぬ二つ名がある。
“ピアドリアの生ける奇跡”。
以前の二つ名で呼ばれる事はもうないが、彼が気づく事はないだろう。今、彼が頭を悩ませている名前に関する問題は一つだ。
「そろそろ候補を絞らないといけないな。」
エミリオは愛しい家族の待つ大切な場所へと歩き出した。
お読み頂きありがとうございました!
ご感想などお待ちしております。
予定より大分長くなりました:( ;´꒳`;)
途中エミリオが存在を主張してきて当初の構想を外れた時には、自分の見通しの甘さを大反省すると共に、「終わるのか…?」と大焦りしました。
無事完結出来て良かったです。
おつき合い頂き、ありがとうございました!