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3.初めての顔合わせ

よく手入れされた毛足の長い絨毯の上を、案内人の後ろに続いてカリンは少しだけ緊張して歩いている。今日はエミリオとの初めての顔合わせだ。


この国では余程の高位貴族か、相手が異国の人などの理由がない限りは、顔合わせであっても家族が付き添うことはない。余計な入れ知恵や誘導で望まぬ婚姻をしない為に、である。


カリンにとっては三度目の顔合わせ。こう言っては何だが多少の慣れは感じている。それでも今回は相手が相手だ。


エミリオとの初めての顔合わせは、王都でも有名なカフェの個室を指定した。狭い社交界で噂になるのは時間の問題だが、せめて最初くらいは周囲を気にせず臨みたい───そう考えたのはここ最近で一番のファインプレーだったと、彼を見た瞬間にカリンは自画自賛する事になった。


世の中にはこれ程美しい男性が実在するのね。


身構えていたカリンですら驚愕した。噂に違わず、いや、噂以上の美しさに思わずポカンとしてしまったくらいだ。


眩く輝く長い髪は右側で緩く束ねられ、美しい首筋が覗いている。瞳は信じられないほど澄んだ青色で、化粧もしていないのに唇は赤く色づいている。長い手足が纏うのは質もセンスも良い最高級品。色気すら感じる長い指が揃う手には、ベルベットを思わせる真っ赤な薔薇十九本の花束を握っている。


そんな男が自分に向かって真っ直ぐ歩いてくるのだ。カリンは思わず硬直した。そのまま回れ右しそうになるのを、何とか踏ん張って耐えた。


凄い人来た。


会う約束をしておいて何だが、カリンの感想はそんなものだった。凄すぎて夢なのかと一瞬思ってしまったくらいだ。


「初めまして、カリン嬢。エミリオ・ガルディーニと申します。この度は美しい貴方と過ごす栄誉と幸せを与えて下さってありがとうございます。」


後光がさすかのような極上の微笑みと共に紡がれたのは、恋愛小説でしか見ないような文字の羅列。


この人、声までいいのね。


渡された花束を受け取りながら、カリンは辛うじて「こちらこそ」と返した。意味ある言葉を発せただけでも褒めて欲しいくらいだ。ここが個室で本当に良かった。こんな相手、他に気を取られながらなんて、お子様の自分には絶対に無理だ。


圧倒されながらも何とか二人で席に着き、運ばれて来た紅茶を一口含む。今日の本題はここからなのだ。カリンは顔合わせの日取りが決まって以降、ずっと悩んできた。


一体何を話したらいいかしら?


元より自分から話題提供など出来ないカリンだ。普通の相手ならまだしも、エミリオに対して何を話せばよいのだろう。


けれど、それは杞憂に終わった。何故ならそこからはエミリオの本領が発揮されたからだ。


恐らくカリンについても、色々と噂が出回っているのだろう。話が続かないだの、そもそも話をしないだの。そんな彼女を気遣っての事だとは思うが、それにしてもエミリオは凄かった。


まるで歌うように、一切の澱みなく語られる様々な話。最新の歌劇や巷で評判の菓子、時には自分の失敗談まで。息付く暇なく語られる様子はまさに独壇場だ。


美しい人の美しい声で紡がれるそれは、もはやちょっとした芸術だ。内容も疎いカリンでも分かりやすく、緩急のついた話術は舞台役者も舌を巻くほど。うっかりコンサートを聞いている心地になっている自分に気づき、カリンは慌てて相槌を再開した。関係ないが、彼から壺を勧められたらうっかり買ってしまいそうだなと思う。


この人が詐欺師じゃなくて良かったわ。


カリンが少しズレた感想を持ったのも、ある意味仕方がないのかもしれない。彼の存在は、そのくらい非日常的だったのだ。


そんな非日常と現実を忙しく行き来している間に、いつの間にか時間はそれなりに過ぎていたらしい。話の区切りにエミリオが紅茶を飲んだ事で、カリンはようやく現実に着地した。


その後はにこやかなエミリオに促され、来た時と同じ毛足の長い絨毯の上を彼の後ろに続いて歩いた。馬車を呼んだ記憶も会計をした記憶もないが、気がつけば帰りの馬車の中にエスコートされていた。


「私ばかりが話して申し訳ありませんでした。美しい貴方と過ごし浮かれてしまったようです。カリン嬢、これからどうぞよろしくお願い致します。」


閉まった扉の向こう、エミリオが見えなくなるまでこちらを見送っていた。馬車が建物の角を曲がった所でカリンは、深く深く息を吐き出した。何だかもうドキドキを通り越して感心してしまった。これまでの婚約者も勿論優しかったが、彼のエスコートは別格だった。


成程、流石は今代きってのプレイボーイ。見せ掛けの家庭などと思ったがとんでもない。自分など平凡過ぎて、直ぐにまた婚約解消を請われるだろう。そうしたらいよいよ結婚は絶望的になるだろうが───。


「…最後の思い出作りとでも思って楽しみましょうか。」


どこか振り切れてしまったカリンは、そんな風に考えたのだった。



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