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27.洋服店にて

次の日、カリンたちは朝も早くから洋服店に足を運んだ。なかなか予約の取れない有名店なはずだが、どうやったかアルバは昨日の今日でしっかり予約をもぎ取ったらしい。


「いらっしゃいませ。美しいお嬢様をお招きできて光栄ですわ。本日はどのようなドレスをご所望でしょう?」


ピッチリと纏めた髪に至ってシンプルな紺色のドレスを纏った女性が挨拶する。けれどそのドレスは体のラインにピッタリと合っており、一部の隙も見当たらない。


「お久しぶりね。今日は私の大事な義妹にデイドレスを。合わせて小物も一式揃えたいわ。」

「これはパルッツィ様、いつもありがとうございます。私共にお任せ下さいませ。」


そう言って恭しくお辞儀をした女性が顔を上げ、カリンの顔を見た途端、その目をクワッと見開いた。


「もしや義妹御様はカリン・パルッツィ様で?」

「えぇ、そうよ。何か?」


アルバに確認を入れた女性は一切の足音を立てずに、けれど物凄い勢いで眼光鋭くカリンの前までやってくると、その手を自身の両手でガシッと握った。


「お噂はかねがね伺っております。お会いできて光栄でございます。ドレスの新たな可能性を見出して下さった貴方様に服飾に携わる者として是非お礼を述べさせてくださいませ。」

「いえ、あの、私は何も!」


あまりの勢いと熱量に仰け反りそうになるのを何とか堪える。まさかの出来事に慌てるやら申し訳ないやら、カリンは思わず次の言葉に困る。


「…流石思慮深くいらっしゃいます。どうぞ何も仰らずとも大丈夫です。私のほうこそ浮かれてしまって失礼致しました。改めまして本日は当店にお越しくださりありがとうございます。総力を上げて対応させて頂きます!」


言葉を発せないカリンに、女性はしたり顔で頷いた後、更にその目に熱を込めて微笑んだ。服飾業界で自分はどんな風に思われているのだろうか。誤解を解きたいが話を蒸し返したくない。何より聞くのが怖い。アルバを見れば口元こそ隠しているがその目からは面白がっている事がありありと伝わってくる。カリンは出来るだけ口を開かないようにしようと決めた。


もっともそれからは口を挟める隙などなかった。採寸が終わるやいなや、様々なデザインの服を着ては脱ぎの繰り返し。厳しい視線を飛ばすアルバと女性の前で着せ替え人形と化したカリンは、楽しいよりも疲労感のほうが強い。ある程度二人が満足した後は、部屋に様々な布地が運び込まれた。


「カリンちゃん、好きな色はある?」


アルバに言われ、いくつかの見本を手に取る。ふと目に付いたのは透き通るような青い布地。水色に近いそれは、カリンが普段なら選ばない明るめの色だ。思わず手に取り、じっと眺めてしまったのは同じような色彩の瞳を思い出したからだ。


「あら素敵じゃない。爽やかでよく似合うわ。」

「!い、いえ、たまたま取っただけです!」

「流石でございます。こちらは昨日入荷したばかりの布地で、角度によっては光沢の出方が変わります。実にお目が高いですわ。」


目ざとく見つけたアルバが早速声を掛ける。女性が絶妙な合いの手を入れてきてカリンは焦る。


「あの!他のも是非見たくて!」

「素敵じゃないの。こういうのは直感で選ぶといいのよ?」

「私には派手過ぎというか…。」

「そんな事はございません。お美しいキャメルの髪に映えるお色でございますよ。」

「じ、次回に是非!それよりこの翠とか───。」

「そちらは在庫に余裕がありますが、青い布地については異国の織物なのです。確実に人気の出るお品ですから、次はご用意できる保証はありませんわ。」

「じゃあこれにしましょう。そうなるとドレープが美しいこのデザインがいいかしらね?」

「えぇ是非。お嬢様にも大変お似合いです。」


カリンの健闘虚しく布地は決定してしまった。これは確実にエミリオの前では着られない。別れた後にはもっと無理だ。最悪袖を通す事がないかもしれない。けれど、そう思いながらも、カリンは自分が少しだけ期待している事に気づいている。


一度でいい。あのドレスを着て、エミリオ様と出かけてみたい。


義姉と女性の論争が続く中、カリンはそっと自分の思いをしまい込んだ。


「あぁ!もう今から楽しみだわ。」

「えぇ、えぇ。お嬢様の美しさを最大限に引き出せると思います。ご期待下さいませ。」

「流石頼もしいわ!カリンちゃん、他に欲しい物はある?」


小物を選びが終わり、達成感に活き活きとしているアルバが聞いてくる。ちなみに女性も同じようにいい笑顔を浮かべている。勿論カリンはクタクタだ。


「えぇと、先程布地で藍色の物を頂きたいのですが。」


何も言わないのもどうかと思い、自宅で手慰み用にと布地をお願いした。クタクタついでに思い出したのは、前世で着ていた浴衣だ。こちらの埋もれる程に布を纏うドレスは美しいが、今日のように疲れきった時には最低限の衣類でダラリと過ごしたい。


「失礼ですが何にお使いなのですか?」

「え?寝室などプライベートな空間で纏う衣類と言いますか…。」


いつの間にやら目の前にいた女性から問われ、思わず口にした。その目がキラリと光ったのを見て、自分が不味いことを言ったと気づいた。つい最近、同じ目をした人にあれやこれやと問われ大変な目に遭ったばかりだ。


「あの!別段大したものではなく、手慰みに何かと思っただけなのです。」

「そうよ、カリンちゃん。貴方、それ以上は駄目よ。」


焦るカリンの援護射撃をしたのはアルバだ。良かったと胸を撫で下ろす。アルバは遮るように女性の前に立ち、更に続けた。


「いい事?これから先は貴方の信用に関わる事よ?言っている意味は分かるかしら?」

「勿論です!この様な大役を担えるなど誉の極みでございます。」

「ならいいわ。条件は出来上がりを見てという事でよくて?」

「結構でございます。必ずやご期待にこたえてみせましょう。」


アルバと女性の謎のやり取りを黙って聞いていたが、どうやら何か決着がついたらしい。満足気に頷きふり返ったアルバは今日一番の笑顔だ。


「さぁカリンちゃん。何を作るつもりか話して良いわよ?」


その手に握られていたのはデザイン用の紙とペン。カリンは自分がやらかした事と、敵は身内にもいた事を悟った。



全てを終えて店を出たのはお昼も大分過ぎた頃だった。クタクタを通り越しへろへろのカリンは、忘れ物を取りに店内に消えたアルバを店の外で待っていた。しばらく入店は控えたい。


見上げる空には雲が多い。昼過ぎというのに随分と暗い。明日は珍しく雨になるかもしれない。


「貴方、カリン・パルッツィさん、よね?」


疲れてぼんやりしていたカリンは突然声を掛けられ驚く。声のした方を見れば、美しい令嬢がこちらを睨みつけていた。



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