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24.馬

少し前、カリンは入室してきた、これぞピアドリア国という華やかで強い女性たちに羨望の眼差しを送っていた。


まさに女性のあるべき姿…!


その凛々しい姿に感動していた。夫の胸ぐらをつかむなど、自分には一生出来ないだろう。


そんな彼女たちに尊敬されているガブリエラは流石だと思う。後半の会話が聞き取れなかった上、何やら男性方の呻き声が聞こえて困惑したが、ガブリエラは積年の疲れがあるらしい。成程、それで侯爵家の現状を把握していなかったり、必要以上に語気が強かったのかと納得した。


今後についてはディーノが厚い信頼のもと、何やら強固な協力関係を築いたらしい。エミリオも活躍したようで、よい人脈作りが出来て何よりに思う。ガブリエラには気兼ねなくゆっくり静養して欲しいものである。


先程までいた奥方達は、それぞれの夫を引きずりながら退出して行った。その背中にエミリオが小さく十字を切っていたが、何かのまじないだろうか。


今は静けさを取り戻した部屋に、ガブリエラとディーノ、エドアルド、エミリオとカリンの五人だけが残っている。


「ガルディーニ伯爵、この度は本当にありがとうございました。このご恩は忘れません。」


ディーノがそう言って手を差し伸べ、エミリオと固い握手を交わす。そのままこちらを見て「パルッツィ嬢も巻き込んで申し訳なかった」と頭を下げるので慌ててしまった。


侯爵家が大変な時に、エミリオの婚約者試験などしている場合ではなかっただろう。カリンとしては特別何かしたつもりはなく、前世の記憶に助けられるばかりだった。


そんなカリンの横でエミリオがエドアルドに声をかけた。


「ご助力頂きましてありがとうございました。」

「構わん。それよりワシにその顔を止めろ。気持ちが悪い。」


カリンが久しぶりに見た余所行きと分かる微笑みはお気に召さなかったらしい。ハンと鼻を鳴らすとこちらを一瞥してから口を開いた。


「下手に取り繕い包み隠そうとせずとも、もう少し自信を持てば良かろうに。心配などしなくとも、築いてきたものは揺らがん。…お嬢さんもな。」


急に話を振られて驚く。目を丸くしたカリンにため息をつきエドアルドは続けた。


「全く似た者同士め。きちんと歩み寄り言葉にせい。隠れてばかりでは時に己を見失うぞ。」


エドアルドの思わぬ言葉にカリンは目を瞬いた。


「どうしても自信が持てぬなら環境を変え、客観的に自分を見てみたらどうだ?例えば何か仕事のようなものをするとか…なんならワシのところで補佐をしても構わんが───」

「エドアルド様、それチェスがしたいだけですよね?」

「お気持ちだけで。貴重なご意見ありがとうございます。」


即座にディーノとエミリオが割って入る。エドアルドの誘いは冗談だったようだが、それでもカリンには思うところがあった。何より三人がとても仲が良さそうで少し羨ましい。


「貴方たち男は狡いわ…。」


ポツリと呟いたのはガブリエラだ。その瞳に先程までのような強さはない。僅かな時間で随分と老け込んだように見える。


「どうして男同士には友情が存在するのかしら。理由など必要ない繋がりが、どうして努力もせず手に入れられるの?女は所詮上辺ばかり。男たちも皆いなくなってしまった…。」


そう言った体は小さく、まるで迷子の子供のように見える。カリンはガブリエラの言いたいことは、何となく分かる気がした。


「人に誠を伝えねば、人から誠を得ることは出来なかろう。お前とて分かっているだろう、ガブリエラ。」


エドアルドの諭すような言葉にガブリエラは視線を落とした。自分が言われた訳ではないがカリンも少しドキリとする。


「そういえば───静養先はガブリエラ様のお生まれになった場所に近いんでしたか?」

「ええ、母方の祖父が亡くなった際、引き継ぐ者がいなくなった領地を侯爵家のものとしましたから。そうそう、母さん。」


エミリオの問いにディーノは何やら目配せをして答えた。視線を落としたままで気づかないガブリエラに、ディーノは言葉を続けた。


「滞在先は領地の境に近い別荘を予定しているんだけど、隣の領主は奥様がいなくてね。今更結婚は望んでいないけど、たまに話し相手になる方を探しているらしいよ?」

「…。」

「もし母さんの都合が良ければ会ってみてくれ。領地からあまり出た事がないらしく、王都の話を聞きたいそうだ。…母さんと同郷だそうだから、話も合うんじゃないかな?」


その言葉にガブリエラはハッとしたように顔を上げた。


「同世代だから会話も弾むかもね。もっともあちらが聞き役になるかもしれないけど。何でも昔、かなりお転婆な幼馴染の相談に毎日乗っていたらしいから。」


そう話すディーノは目線を明後日の方向に逸らしている。けれどソワソワと肩を揺らす様子や、不機嫌に歪められた口元は雄弁だ。カリンは反抗期の男の子が母親にプレゼントを渡す時、こんな顔をしていたなと思い出した。


「子は知らずに大きくなっているだろう?」

「…知らないですわ!」


エドアルドに肩を叩かれたガブリエラは、拗ねたように顔を背けた。その瞳が光ったように見えたのは気のせいだろうか。


確かめる間もなく、ガブリエラは怒ったような顔でカリンの前に歩いてきた。


「貴方、調子に乗らないことね!貴方なんかじゃエミリオの横には不釣合いよ!」

「ガブリエラ様、何を…。」

「全く最近の馬はお節介な上に珍味好きらしいわ。いい事?年老いた馬は止めておきなさい。何ならウチの馬でも良いのよ?」

「…。」

「母さん、何を…。」

「でも…似合わない馬でも、好かれた馬に乗るのが良いのかもしれないわ。貴方は横じゃなくて早く上に乗りなさい。決めたなら手網は離さないことね。」


ガブリエラはエミリオにニヤリと視線を送った。


「子供は早いに越したことはないわよ?」

「ガブリエラ様!?」


何故か慌てるエミリオを他所に、言うだけ言ってガブリエラは踵を返すと扉から出ていった。その背中は以前と同じように堂々と、それでいて何処か楽しげだった。


「カリン嬢、その…。」


心做しか気まずさを漂わせる男三人に視線をやる。


「母の言ったことは気にせず!」

「ワシにもその気はないぞ。」

「私も…その…。」


最後のエミリオだけは妙に歯切れが悪い。カリンは言葉を選びながら口を開いた。


「淑女の嗜みなのでしょうが、今のところ乗馬の予定はありません。侯爵家の馬など恐れおおくて…老馬より子供の馬から慣らすべきという事でしたが、乗りこなす自信はありませんので…。」


申し訳ない思いでカリンはそう告げた向かい、片手で顔を隠すエミリオの肩にエドアルドとディーノはそっと手を置いていた。




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