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22.魔女の息子

入室してきた息子を見てガブリエラは驚きを隠せなかった。


「ディーノ?どうして貴方がここにいるの?」

「…どうしても、こうしても。ここは侯爵家だよ?むしろ現当主である僕に話が来ていない事のほうが、余程問題だと思うけど?」


彼が言う事は正しい。けれど今までこのような場に顔を出した事などなかった。戸惑うガブリエラにディーノは肩をすくめてみせた。


「別にいいよ。知っていたからね。何人かは僕の方でご招待しておいたよ。貴方の最後の我儘になるからって。」


最後とはどういう事だろう。どんどん騒がしくなる部屋の外も気になるが、淡々と話すディーノからは、何か良くない事が起こりそうな予感を感じる。ガブリエラは眉を下げ、宥めるように声をかける。


「ディーノ、どうしたの?」

「母さんには侯爵家の領地へ移ってもらう事にしたよ。空気も水も綺麗な場所だ。あぁ、母さんの生まれた土地にも近い所だね。」

「何を言っているの、ディーノ?」


突然の話に更に困惑する。息子は冗談でこんな話をするタイプではない。


「そんなこと聞いていないわ。」

「伝えていなかったからね。」

「どうして急に?必要ないわ。」

「貴方の意見など、それこそ必要ないさ。」


聞く耳を持たないディーノにガブリエラは苛立つ。


「必要ないとはどういう事なの!」

「ここにいても貴方に出来ることなんて何もないよ。むしろ迷惑なんだ。それともまだ男漁りを続けるつもりなの?…もう十分だろう?見苦しい。」

「お黙り!母親に向かって…!一体誰のお陰で暮らしてられると思って───」

「黙るのは貴方のほうだっ!誰のお陰だって?誰のせいの間違いだろ!!」


ディーノの声にガブリエラは驚き、次の言葉を失った。息子は昔から大人しい性格だった。この様に声を荒らげた事など記憶にない。


怒気をはらんだ双眸を向けられガブリエラはたじろく。深くため息をついたディーノは、幾分冷静さを取り戻した様子で口を開いた。


「母さんは侯爵家の現状を本当に理解してないの?」

「…現状?」

「屋敷の美術品を売らなきゃいけないくらいには、傾いてるってことだよ。」


ガブリエラは驚愕した。そんな事、考えた事すらなかった。


「何の冗談なの?何故───」

「冗談でこんな事言えないよ。領地からの税収は変わらないけど、事業は尽く失敗続きさ。慎ましく暮らしたくともどこかの誰かは散財ばかり。借金返済もままならない。」

「そんなの!貴方の責任じゃないの。私になんの関係が」

「関係なくなかろう。」


それまで黙っていたエドアルドが口を開く。


「ガブリエラよ、お前の息子が世間で何と言われているか知っているか?気にした事はあるか?」

「…。」

「こやつは未だに偽侯爵呼ばわりだ。父親は何処の馬の骨やらと。」

「何言ってるの!?この子は間違いなく侯爵様の息子よ!」

「だが、世間は面白おかしく言うものだ。お前の行動が改められぬうちは、な。」


言葉に詰まるガブリエラにエドアルドは更に続ける。


「お前が好き放題している間、息子がどんな扱いを受けたか知らんのだろう?お前が無理を言った相手は腹いせに此奴に無理難題を与えているのだぞ。」

「なんですって?」

「事業が上手くいかんのも同じ理由だ。父親が亡くなって以来、まだ若く経験も後ろ盾もないディーノはずっと苦しんでおる。お前は救うどころか状況を悪くするばかりだ。ディーノは決して無能ではない。しかし敵が多すぎる。…誰のことか分かるか?」

「……。」

「お前に繋がりのある男共だ。今日ここでお前が楽しく会っておる者たちのことだな。」


驚くガブリエラがディーノに目を向ける。その目は落ちくぼみ頬は痩け、顔は土気色で疲労の色は濃い。握りしめた拳は震えており、何かに必死に耐える彼の様子からは、それが真実であろう事がわかる。


「…友人とも兄とも思える程慕っておった彼奴の最後の頼みが、ガブリエラ、お前と息子の事だった。大恩ある彼奴の願いは無下にはできん。陰ながら手を尽くしたつもりだが、もうそろそろ限界なのだ。」

「エドアルド様には本当によくして頂きました。全ては僕の力不足です。でも、僕が必死でやっても状況は悪くなるばかりで、そんな時に母さんがまた何かをしようとしていると知って、決着をつけようと思ったんだ。」


ディーノはそこで言葉を区切り、再度ガブリエラを正面から見据えた。


「母さん、もう母さんの月々の支払いとツケを払える状況にないんだ。それに家の金庫から勝手お金を持ち出しているよね?かなりな額を知り合いに投資として渡していたみたいだし。」

「っ!どうして───」

「僕の紹介した彼を気に入ってくれて良かったよ。聞き上手だから楽しかったでしょう?思わず秘密を話してしまう程度には。」


驚いて隣を見れば、不自然な程にこやかに笑う男がいた。


「警戒されるかと思いましたが、全然でしたね?」

「貴方っ…!」

「彼は僕の雇った男妾だよ。ガルディーニ伯爵には色々ご指導頂いてね。」

「指導というほどのことは何も。」

「ご謙遜なさらずに。お陰でこの仕事の後も稼げるようになりましたよ。」


商魂たくましい、いい笑顔の彼にエミリオは苦笑いを浮かべる。ディーノはさらに続けた。


「その投資先が裏社会と繋がっているとは知っていた?今頃摘発されている頃だろうけど。」

「…なん…ですって?…」

「契約書も何も交わしてなかったのが幸いだね。投資のやり方としては最悪だし、もう金は戻ってこないけど。」


蒼白のガブリエラは今にも倒れそうだ。自分が置かれている状況を理解し震えが止まらないのだ。


そんな母親から目を逸らさずにディーノは告げる。


「母さんにはもう自由に出来る金は一切渡せないよ。表沙汰にはならないだろうけど謹慎は必要だし。領地に篭って大人しくしていて欲しい。それから、母さんの悪しき人脈も精算させてもらうよ。」


ディーノが言い終えるのを待っていたかのように部屋の扉が開いた。



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