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20.魔女の回想

更新遅くなりすみません!しばらくの間、更新ペースが遅くなりそうです。何卒よろしくお願いします(>人<;)

ガブリエラは目の前の光景を見て呆然とした。自分が今見ているのは、本当にあのエミリオなのだろうか。


初めて見たエミリオはいつでも柔らかに微笑み、時に妖しい色香を放つ、噂以上に素晴らしい美丈夫だった。これまで数多の子息を見てきたが、見目も話術も、全てが飛び抜けて優れていた。


けれど彼の瞳は何処か冷めており、完璧すぎるエスコートは逆に拒絶を感じることもあった。ガブリエラは何処か影のあるエミリオだからこそ、余計に引き寄せられていた。彼から感じる孤独は自分と良く似ていて、理解出来るのも自分だけだと思っていたからだ。


ところが今見ているエミリオは全く違っている。いつもの余裕も、独特の冷たさも感じられない。そこには女性に振り回される、年齢以上に幼い顔をした青年がいた。


唐突に思い出したのは、侯爵家に嫁ぐ前日の夜の事。貴族と名ばかりで、決して豊かではない暮らしをしていたガブリエラは、自分の美しさや若さに価値があると早くから気づいていた。短い花の盛りを野心のために使い、望み通りの地位を明日手に入れる夜。彼女はその結果に納得していたし満足もしていた。


けれどその日、ガブリエラは一人誰にも気づかれないよう涙を流した。目が腫れてしまわぬよう、ほんの僅かな時間。嗚咽は顔を枕に押し付けて隠した。


ガブリエラとて、その頃は多感な少女だ。野心とは裏腹に、心が動いてしまうことがなかった訳ではない。自分と同じ爵位の、昔からよく知っている幼馴染みだった男。彼はいつでもガブリエラの理解者だった。彼の傍はいつだって居心地が良く、無理をする必要はなかった。侯爵との話が進んでも、関係はずっと変わらなかった。


けれどその日、ガブリエラの結婚に対し祝いを寿ぐ彼が、一瞬顔を歪めたのを見てしまった。それがどんな意味を持つのか、自分が何を思ったのか、気づきたくなんてなかった。泣くのは最後と決め、生まれた迷いを否定した。彼とは二度と目を合わせなかった。


それからずっと全てが空虚だった。侯爵は愛してくれたと思うが満たされなかった。贅沢な生活と侯爵夫人としての地位。望んで手に入れたはずの物は、思っていたよりも良いものではなかった気がする。


渇きにも近い欲望を満たすため散財し、時に少々危ない橋を渡ったりした。それでも積もる孤独を一時令息たちが癒してはくれたが、打算なく心から人を愛したことはない。


そんな孤独に近いものをエミリオからも感じたと思ったのだ。一人取り残されたように感じるのは気の所為だ。じゃれ合っているとしか見えない二人を見て心が騒ぐのは、つまらない物を見せられている憤りだ。


決して羨ましい訳ではない。


ガブリエラの気持ちなど気づくはずもない二人の攻防は決着がついたらしい。エミリオが眉間に皺を寄せながらも、カリンの手を額へと受け入れている。


「…ふっ。」


隣から堪えきれない笑いが聞こえてきた。ガブリエラははっとしてそちらを見ると、エスコート役の青年が肩を震わせている。


「“ピアドリアの生ける化石”もかたなしですね。まるで子犬がじゃれているようだ。」


その言葉に幾分冷静さを取り戻す。成程、子犬がじゃれるとは言い得て妙だ。確かにあの小娘は髪も瞳も茶色。毛足の長い犬を思い出させる。以前知り合いに飼い犬自慢をされた時にはまるで理解出来なかったが、従順な動物だと思えばエミリオの気持ちも分からなくはない。


青年が子犬と評したのはエミリオ本人の事であったし、ガブリエラも一瞬エミリオに垂れた耳とちぎれんばかりに振られる尾の幻影を見た気がしたが、気づかなかった事にした。


そこへ家令が近づいてきて遅れてきた客人の名前を告げる。ガブリエラは白ワインでざわめく何かを流し込んだ。


「さぁ、お客様がいらしたわ。エミリオ、子犬とじゃれ合っているなら先に行くわよ?」

「じゃれ合ってなどおりません!」


エミリオは不機嫌な顔で後を追ってくる。その頬の僅かな赤さも、隣から再度聞こえた微かな笑い声も無視し、ガブリエラ達は客人の待つ部屋に向かった。


着いたのは撞球室。その部屋の更に端、皆に背を向けるように一人の男が座っている。もっとも、人払いでもしたかのように、この部屋には彼以外の人の姿はない。


「エド様、お待たせ致しましたわ。」


そこにいたのは財務部の重鎮、エドアルド・デ・ムゼッティだ。どんな予算も彼が首を縦に振らねば通らないと言われる、財務部を守る最後の砦。


ガブリエラは得意気にエミリオたちを一瞥し、エドアルドの横に座った。彼女の知り合いの中でも特別大物だ。


「ご紹介したい相手がいるのですけど。」

「…またか。そんな事より自分の息子と話をしたらどうだ。」

「あの子は私が産んだのですよ?親に尽くすのが筋でしょう?それでなくとも最近小言が多くて嫌な思いをしておりますの。」

「……もうよい。残念なものだ。」

「今日はどうなさったのです?それより彼が───」

「勝ったなら要件を聞こう。」


エミリオは聞いた事のあるフレーズだ。エドアルドは無類のチェス好きで、腕前もかなりなものだ。口癖は「勝ったなら要件を聞こう」。普段は口数少ない彼だが、新人相手には必ずと言っていいほど勝負を持ちかける。一局やってみれば相手がどんな人間かわかる、とは彼の弁だが、本当なのかただチェスをしたいだけかは分からない。


その偏屈ぶりは前侯爵に負けず劣らず。偏屈同士は気があったとは聞いていたが、ここにいるのはそのツテかそれともガブリエラの筋か。


エドアルドの言葉を受け、ガブリエラは立ち上がり、カリンの前に立った。


「ですってよ?」

「え?」

「私は主催なものだから、一人のお客様のお相手ばかりできないのよ。勝てばエミリオは話を聞いてもらえるのだし?貴方がお相手して差し上げなさいな。」




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