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19.魔女のブレンドティー

「ねぇ?何だか喉が渇いたと思わない?」


応接室は本来、女性が寛ぐ場であるが、今日に限っては女性は大変少人数だ。そのせいか軽食や飲み物が置かれた一角となっており、ガブリエラの言葉に従って一行はそこに移動した。


「何を頂こうかしらね?良いワインが揃っているのよ。」

「あの、カリン嬢にお酒は…。」

「あら?お酒も飲めないの?これだからお子様は嫌よねぇ。」


ガブリエラ自身は出席しなかったが、舞踏会での一件は調査済みだった。カリンがお酒を断るのは想定内だ。


「まぁ今日は良いわよ。ちょうど美容によいブレンドティーを用意しているから、私達はそちらを頂く事にするわ。」


そういって目配せすると、すぐにウェイターが茶色の液体が入った瓶と空のグラスを二つ、それに赤ワインを二つ持ってきた。


「男性方は赤ワインよ。秘蔵の逸品なの。」


そう言ってエミリオとエスコートの青年に渡した後、自らグラスに液体を注いで片方をカリンに渡してきた。


「じゃあ皆の幸せと健康に。」


そう言って軽く杯を上げたガブリエラは、先にグラスに口をつけた。見るからに怪しい液体だが、ガブリエラが飲んだものをカリンが飲めないとは言えない。エミリオも心配そうに見ることしか出来ない。


カリンは迷いながらも口を近づけ、少しだけ含む。そして味わいに思わず目を見開いた。向かいではその様子をガブリエラが可笑しそうに眺めている。


飲んだことがなければ、嘔吐いてしまいそうなそれは、玉ねぎの皮を煮出した物だ。ガブリエラ本人でさえ、美容に良いと聞いて飲んだものの最初は吐き出してしまった。しかし効能に偽りがないそれは、嫌がらせにはピッタリの代物だ。


「美味しいでしょう?遠慮せずもっと召し上がりなさいな。」


カリンの瞳に薄ら涙が滲んでいるのを見つけ、ガブリエラは急かすように声をかける。一気に飲む事は恐らく不可能、吐き出すような事があれば、どう難癖をつけてやろうかと意地悪く微笑んでいた。


けれどカリンは別の感想を抱いていた。


懐かしいわ…!前世では食事を抜かれた時に、何度も助けられた玉ねぎの皮茶。以前は生きるために飲んでいたけど、美容に良いと聞いたことがあるもの。それに前世のものより格段に飲みやすいわ。態々手間をかけて用意して下さったのね。なるべく丁寧に感謝をお伝えしなければ!


感動と懐かしさと当時の苦しさと。思わず込み上げてきたそれらの思いと一緒に喉へ流し込む。


「とても飲みやすかったです。貴重な物をご馳走様でした。ありがとうございます。」

「…は?」


そう頭を下げるカリンに焦ったのはガブリエラの方だ。自分のグラスの液体はまだ随分な量が残っている。そんな早く飲み終えたのか?しかも飲みやすい?この娘の味覚はどうなっているのだ。しかも瞳は相変わらずキラキラと謎の圧をかけてくる。空恐ろしい物を感じ、引くつく口元を誤魔化せない。


「…あ、あら、そう?今日のはイマイチだと思うのだけど、いい物を知らない貴方の口には合ったのかしらねぇぇ?」


そう言いながらウェイターに残りを押し付け、新たに白ワインを手に取る。キリリと辛いワインで口直ししないとどうにも気持ちが悪い。


「貴方も如何ですか?お酒は慣れも必要ですよ?」


ガブリエラの代わりにグラスを勧めてきたのは、エスコート役の青年だ。ガブリエラの行動に気を取られていたエミリオは気づくのが遅れ、止める間もなく彼はスルリとガブリエラの傍に戻った。カリンは受け取ったグラスを眺めた後、何故かエミリオに歩み寄って来た。


「エミリオ様、私、赤ワインでしたら少し飲めると思うので…申し訳ないのですが交換してくださいませんか?それにエミリオ様は白ワインのほうがお好きですよね?」

「!いや、しかし…。」


耳元に顔を寄せたカリンが、困った顔で懇願してくる。距離が近すぎて良い匂いがする。彼女が自分の好みを覚えていてくれた事にも心が沸き立つ。


自分の赤ワインは確かに素晴らしい逸品で飲みやすく、きっと悪酔いもしないだろう。確かに彼女向きだ。しかし、それが分かるということはエミリオがグラスに口を付けたということだ。交換などそもそもマナー違反だ。


「申し訳ありません。既に少し頂いてしまっておりまして…。」


そう言うと首を傾げたカリンは、閃いたような表情をした後、手に持った白ワインを一口含んだ。


「これでおあいこですから、大丈夫ですよね?」


イタズラっぽく輝く瞳がエミリオを射抜く。もう彼女の唇にしか目がいかない。可愛らしく色付いたそれは、見るからに柔らかそうだ…と、違う、そうではない。


俺は一体何を考えているのだ。いい年をして間接キス如ごときで狼狽えるなど…!


視線を泳がせながら「特別ですよ?」と、グラスを交換するが、一度してしまった想像はなかなか消えてくれない。カリンが赤ワインを口に運ぶのを思わず、じっと見てしまい───目が合った彼女が「美味しいです。」と目を細める。


鼓動が急激に早くなってきた。頬の辺りが熱を帯びて来て、真夏でもないのに熱くて堪らない。叶うなら壁に頭を数度打ちつけたい。


「エミリオ様?顔が赤いですが、具合は大丈夫ですか?」

「至って健康です。酔ったのかもしれません。」

「本当ですか?お水を頂きましょうか?」

「本当に大丈夫です。お気遣いありがとうございます。」


額に手を当て熱を確認しようとするカリンと、何としても回避したいエミリオの攻防は、どう見てもエミリオの分が悪い。


そんな二人のやり取りを、ある者は呆然と、ある者は必死に笑いを噛み殺しながら見守っていた。





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