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16.魔女の夜会

侯爵家の大広間には、すでにかなりの人が集まっていた。男性客がほとんどで中には爵位が高く、重要な役職についている者もいる。しかし、誰もが何処か余所余所しい。


ガブリエラは自分が呼んだ以外にも、たくさんの人が来た事に驚いたが「貴方の力になれれば。」と口々に言われ悪い気はしなかった。晩餐会とは名ばかりの、完全なる夜会の様相を呈している。


このような夜会は侯爵家では久しぶりだ。しかも急な予定変更にも関わらず不思議な事に料理も準備も、一切の不足なく整っている。その事はガブリエラの気持ちを上向かせた。


「あの小娘に分からせるために、人が多いに越したことはないでしょう。」


胸元と背中が大胆に開いたドレスに身を包み、老いを念入りな化粧で誤魔化したガブリエラに、以前の美しさはない。気づかないのは本人だけだ。


今日のエスコート役は最近のお気に入りの青年だ。珍しく息子が連れてきた彼は、エミリオほどではないが、なかなかの美丈夫でガブリエラは気に入っている。上機嫌で彼に撓垂れかかるように腕を絡ませ、会場に足を踏み入れた。


皆がガブリエラに好意的な挨拶をする間を縫って歩きながら、目的の人物を探した。大人数を入れるために片付けたとはいえ、応接室は以前と比べて随分と殺風景だと思ったが、視線の先に長身の長い金髪を見つけるとすぐに忘れて一直線に歩を進めた。


「ご機嫌よう、エミリオ。」


大人の余裕と色香を漂わせながら背面から声をかける。隣にいるのがカリン・パルッツィだろう。今日こそはっきりさせてやると鼻息を荒くしたガブリエラだったが、振り向いた二人を見て驚愕する事になった。


「ご機嫌よう、ダルザス様。本日はお招きありがとうございます。こちらは婚約者のカリン・パルッツィ嬢です。」

「お初にお目にかかりますカリン・パルッツィです。お会い出来て光栄です。」


一目で揃いと分かる出で立ち、仲良さげに組んだ腕。エミリオの美しさは健在だが、カリンも負けず劣らずの輝きを放っている。何人かの熱い視線はガブリエラではなく、確実にカリンへと向いていた。


ガブリエラが唇の端をヒクつかせたのを見て、エミリオは内心彼女を鼻で笑っていた。今日はこれから忙しい一日になるだろうと覚悟しながら、数日前の事を思い出していた。


「エミリオ様、ガブリエラ・ディ・ダルザス様をご存知ですか?」


彼女から突然問われた名前の主は、上司に言われ二度ほどエスコートをしたが、出来ればもう会いたくない相手だ。彼女の蛇のような瞳と下品に開いた胸元を思い出し嫌悪感がわく。先日も馴れ馴れしい手紙が届いたけれど断ったはずだが───カリンの口から名前が出るとはどういう事だろう。


「一応は知り合いですが…どうかなさったのですか?」

「実は晩餐会の招待状を頂いたのです。そこにエミリオ様も一緒にと書いてありまして…。」


寝耳に水の話にエミリオは驚愕する。本人の知らぬ間に何が起こっているのだと困惑しながら、カリンが差し出した招待状を読む。


“晩餐会を開くから出席してくれる?エミリオと一緒に。一応今は貴方が婚約者ですものね。私のエミリオは気が利くから、心配しなくていいわよ。場所も良く知ってるから彼に聞いて頂戴。”


要約するとこんな内容の、招待状とは名ばかりの嫌がらせのような手紙だ。いや、事実嫌がらせなのだろう。


あの年増、何が“私のエミリオ”だ。勝手に思い上がり人を物扱いして。何より───カリン嬢になんて事を!!


怒りが湧きつつ、視線をカリンに戻せば、いつも以上に俯いている彼女に気づいた。


「カリン嬢?」

「あの、ご迷惑をおかけしていた様で…。確かに、その、聞いてはいたのですが…。」

「は?」

「私との婚約は建前だとしても仕方がないと思っています。ただ、恋人が他にいらっしゃるなら私に構わずとも───」

「違う!」


自分でも大きな声が出た事に驚いたが、彼女はそれ以上だったようだ。目を丸くしてこちらを見るが、その瞳には薄っすら涙が光っている。


それを見たエミリオは焦りと怒りで我を忘れた。


「ダルザス様は仕事の延長でしかも上司から言われ仕方なく不本意ながら断るすべもなくたった二回夜会のエスコートをしたに過ぎません。やましい事は一切ありません。ちなみに他に恋人など一人もいません。そもそも貴方という美しく清楚で気遣いのある素晴らしい婚約者がいるのにどうして他の女性などに興味を持てるでしょう。少なくとも私は貴方以外の女性の事を考える時間は一瞬たりともありません!」


勢いにまかせて一息で言い切った。肩で息をしながら真っ直ぐカリンを見れば、先程と同じように目を丸くしているが、その瞳に涙は消えている。代わりにジワジワと頬が色づいていき、やがて真っ赤に変わった瞬間に俯いた。


エミリオはその時になって初めて、自分が何を言ったのかを反芻し固まった。焦りすぎて戦況は更に悪化してしまった。そもそも良くなったことなど一度もない。


それでも確かめておかねばならないことがある。


「…伝わりましたか?」

「…はい、その、申し訳ごさいませんでした。ありがとうございます。」


か細い声で言われ、一先ず安堵する。思わず言った本心については横に置き、今後の対策を考え始める。とは言っても、人脈も爵位も、自分には足りないものが多いがどうしたものか。


悩むエミリオの元に意外な客が訪れたのは、次の日の事だった。


回想を終えたエミリオは、改めて目の前のガブリエラを見て目を細める。


カリン嬢を傷つけた罪は重いぞ───。



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