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15.魔女の癇癪

通常であれば穏やかに過ごす秋。ところが社交会はオフシーズンであるにも関わらず、今年のピアドリア国の貴族の間では密かに話題を呼んでいることがある。


“あのエミリオ・ガルディーニとあのカリン・パルッツィの婚約期間が三ヶ月を経過したらしい”


噂に事欠かない二人の婚約は、当初から面白可笑しく噂されていた。ある者はエミリオの色香にカリンが骨抜きになった挙句に捨てられるだろうと言い、ある者はカリンの傲慢さにエミリオが音を上げるだろうと言った。中には賭けを始める者までいたらしい。


娯楽の少ない貴族の餌食となった二人の関係は常に注目されていたが、誰もがそう長くはもたないだろうと思っていた。ところが予想に反して二人が未だ婚約関係にあることは、驚きと新たな憶測を生んでいた。


『やはり奴に骨抜きにされたのか。』

『彼女の傲慢さが返って色男の好みにあったのではないか?』

『実は互いに本命が別にいて、隠れ蓑にしているのではないだろうか。』


実際の二人の関係とは程遠い噂が流れ、多くの者が無責任に楽しんでいた。しかし中には二人の事をよく思わない人間もいた。


「一体どういう事なの!私のエミリオとあんな小娘が…!」


自室でそう悪態をついている、元侯爵夫人のガブリエラ・ディ・ダルザスもその一人だ。今は息子が家督を継ぎ、自身は未亡人として悠々自適な生活をしている彼女は、少々やっかいな人物として有名だった。


彼女は下級貴族の出ではあったが、美しい顔と豊満な身体の持ち主で、野心家でもあった。当時偏屈で有名な自分の親よりも年上の侯爵を、その身一つで虜にし見事に正妻の座を勝ち取った。


二人の間に子が出来た事は驚きを持って伝えられ、一部の者は本当に侯爵の子であるかと訝しんだが、その瞳の色と面影は間違いなく侯爵のものであった。


しかし子供が生まれた直後からガブリエラは若い子息を招き入れるようになる。多くの貴族は眉を顰めたが、面と向かって非難する者は誰もいなかった。侯爵はガブリエラを盲目的に愛していたし、侯爵家の権力は敵にまわせるものではなかった。


彼女の行動は年々節操がなくなり、それは侯爵が亡くなって子供が家督を継いでも続いた。その頃になると関係を持った多くの子息は重要な役職につき、一つの人脈を形成していたからだ。


それは権力争いにおいて無視出来ないほどのものとなり、一時は多くの者がガブリエラとの繋がりを求めた。結果、彼女を更に増長させる事になり、自分には叶えられぬ事などないとまで思わせたのだった。事実、出来ない事はほとんどなかった。


けれど、それも昔の話。今では過去を精算したいと思う者が増えている事もまた事実であった。老いてなお節操のない彼女と度重なる“お願い”に、嫌気がさしてきた事も原因の一つだ。ガブリエラは気づいていないが、彼女の周りには段々と人がいなくなっていた。陰で“魔女”と呼ばれている事も。


そんな彼女のお気に入りがエミリオだ。


当初ガブリエラの誘いをエミリオは一切受け付けなかった。得意の話術で気づかれないように上手くすり抜けていたのだ。けれど何度目かの断りでついに焦れたガブリエラが人脈を使い、彼のエスコートを買い取った。


エミリオにしてみれば、上司から命令された相手だ。しかも一晩のエスコートに少なくない金と仕事で欲しかった人物への口利きを約束された。カリンとの婚約の直前、仕事の延長として二度ほど夜会のエスコートを請け負ったに過ぎなかった。


しかしガブリエラにとっては違った。彼の完璧なエスコートと美しい微笑みはガブリエラの想像を遥かに超えていた。巧みで心地よい話術にすっかり夢中になったのだ。


そして彼の細やかな心配りは、自分は彼の特別なのだと思い込ませた。他の多くの女性がそうであるように、ガブリエラも自分こそがエミリオの本命になったと勘違いしたのだ。


「三ヶ月ですって?いつものようにさっさと破談にすればよいものを。こちらに顔も出さずにこんな返事をよこすなんて!」


そう言ってガブリエラが床に叩きつけたのは、先程読んだばかりのエミリオからの手紙だ。


ガブリエラとてエミリオの婚約話は知っていたが、大多数と同じように長く続くとは思っていなかった。昔一度だけカリンを見かけたが、冴えない小娘だったし、きっと誰かに言われ結んだ不本意な婚約なのだろうと考えていた。何より早々に自分の元に来るものだと思っていたのだ。


当然エミリオにはその気はない。ガブリエラを訪ねてくる事も手紙が来る事もなかったが、彼女は婚約初期は建前上、気を使っているのだろうと都合の良い解釈をした。


けれど待てど暮らせど破談の知らせもなければ、エミリオから何かを言ってくることもない。痺れを切らしたガブリエラは、十日ほど前にご機嫌伺いという名の訪問の催促を示す手紙を送っていた。


それでもなかなか返事は来ず、気晴らしに知り合いの家に行ってみれば、二人の様々な噂が飛び交っていた。『他に本命がいる』との噂だけを鵜呑みにしたガブリエラが上機嫌で帰ってみれば、ようやく待ち人からの手紙が届いていた。


けれど手紙には期待とは真逆の事が書かれていた。


美しい言葉で彩られているが、“婚約した身であるので、女性を訪問する立場にない。上司から懇願されエスコートしたが、それ以外で貴方を訪ねる理由がない。”と書かれていたのだ。


「エミリオがこんな事言うはずがないわ!あの小娘が何か弱みでも握って言わせたのでしょう。…どちらがエミリオに選ばれているのか、見せつけてやればいいのだわ。」


ニヤリと笑ったガブリエラは、メイドを呼びつけ手紙を書き始めた。


薄く開いた扉から、中を覗く者の存在には気がつかなかった。


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