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13.エミリオの事情~ゴング

舞踏会後、久しぶりの逢瀬の場となったのは、奇しくもカリンと初めて会ったあのカフェだった。


もしかしたら、今日が最後かもしれない。


エミリオはそう考えていた。舞踏会での一件は、彼女にとっては辛い出来事だと思ったからだ。嫌気がさしても仕方がない。むしろ賢明な判断だとすら思う。


けれど、何処か名残惜しく感じている自分もいる。事実と異なる彼女の悪評に、まだ同情しているのだろうか。珍しくはっきりとしない自分に驚きつつも、エミリオは冷めた気持ちで全てに蓋をした。諦める事には慣れていた。


対面したカリンは緊張を隠しきれない様子だ。やはり、と思ったエミリオは、出来る限り彼女が切り出しやすくするため、自ら話すことを控え相手の出方を待った。


意を決したような顔をしたカリンが、初めてエミリオに話しかけてきたのだが───どうにも様子がおかしい。


「エミリオ様、好きな料理は何ですか?」

「どんな音楽を好むのですか?」

「おひとりの時間は何を?」


どうしたというのか、とても今更な質問ばかりだ。しかも普段通り返答をしているのに、頬を染めることはおろか、見るからにガッカリとしている。


どういう事だ?


情報収集とは考えにくい。突然興味を持たれたというのも身に覚えがない。不思議に思っていると、今度は父親の仕事の話になった。どうやら交渉が難航しているらしい。


それで心ここに在らず、だったのか。それにしては普段と感じが違うし、口数も随分多いが…。


引っかかりながらも納得していたところ、突然難題が提示された。


「エミリオ様は青色と茶色、どちらがお好きですか?」


エミリオは熟考した。


数多ある色の中から敢えて選択した青色と茶色。その二色と言えば互いの瞳の色だろうか。仮に瞳の色と仮定して何故選ばせる?自分を取るか、彼女を取るか…一体何を暗示しているのだろうか。目まぐるしく思考を動かすエミリオを、控えめにカリンは急かす。


手厳しい。


内心汗をかきながらも何とか答えを捻り出すと、しばしの間彼女は固まり、おずおずと話し始めた。


「色々と考えて下さってありがとうございます。エミリオ様の瞳の青色は美しいと思っていますし、私の瞳の色も好きになりました。」

「そうですか。良かった。」

「でも、そういう事ではないのです。」

「…え?」


はっきりと違うと言われ驚く。否定された事もだが、彼女が否定した事に驚いたのだ。真剣な顔のカリンは、言葉を選びながら伝えてくる。更に驚いたのは、あの質問に裏の意味がなかったという事だ。


「ただ、ティーカップの青色が美しいなと。そこに注がれた紅茶の色が綺麗だと思ったのです。その…会話はそれほど深く考えるものなのでしょうか…?」


そう言われてはっとした。幼少の頃から、会話とは気を使い頭を使うものだった。どう言えば女性が気持ちよくいられるかに重点をおいた会話は、エミリオにとっては生きるために必要な技術だった。今では呼吸をするように言葉を出せるようになったが、これはエミリオの努力の賜物だ。しかし思い返せばこれまで己の心のままに返答した事は、極端に少ない。


「…すみません、子供のような事を…。」


黙ってしまったエミリオはカリンからそう、声を掛けられる。その言葉で思い出したのは、遠い遠い昔の光景。


まだ幸せだった頃、父の肩車に乗って見た海と空の青さ。確かにあの頃は会話に頭を使わず、素直に思いを口にしていた。景色も、人も、全ての色彩がもっとずっと美しく見えた。何処までも続く青は将来への希望と自由に溢れ、彩やかに輝いていた。


「青色、でしょうか。」

「…え?」

「昔、水平線と空とか交わる景色を見ました。あの時の青色は美しかった。」


懐かしい記憶にエミリオは少しだけ感傷的になる。幸せだったという思いと同じだけ、変わってしまった今を嘆き、僅かに抱くのはあの頃への憧れ。こうやって昔を思い出すことすら、何時ぶりだろう。


珍しく心が無防備になった気がして少し恥ずかしい。エミリオが話題を変えようとカリンを見たところで、それは起きた。


これまで無表情だったカリンが、柔らかく、花がほころぶように笑ったのだ。


エミリオの瞳が驚いたように見開かれる。彼女から目が離せない。次の瞬間、ドクンと心臓が鳴った。鼓動はどんどんと速く大きくなる。己の体なのに全く制御が出来ない。


女性の笑顔など数多見てきた。正直な話をすれば、彼女よりも美人と言われる女性もたくさんいた。けれど、彼女の控えめな笑顔が何より美しいと感じる。


こんな事で笑うのか───。


これまで様々な場所に行った。たくさんの贈り物も、話もした。他の女性ならば頬を染めるそれらには一度も眉を動かさなかった彼女が、エミリオが自らの言葉で彼女に答えた、たったそれだけの事で破顔したのだ。


彼女は俺自身を見ようとしてくれている。


その事が嬉しくて、エミリオは己の鼓動の意味を理解しかけ、即座に己を否定した。


違う。これは珍しいものを見た驚きだ。彼女だって、たまたま俺の言葉で喜んだだけだ。そもそも俺はもうすぐ彼女を手放すつもりなのだし、これは気のせい───。


徹底抗戦を選び、不機嫌な顔でカリンから目を背ける。


エミリオの不毛な戦いが幕を開けた。




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