12.エミリオの事情~亡霊
色とりどりのドレスと宝飾品に光が反射する煌びやかな世界。それが見せかけだけで、実際には様々な思惑がどす黒くとぐろを巻いている場だと知っている。
エミリオは珍しく気をもんでいた。
数刻前、迎えに行ったカリンを見て驚いた。あつらえたドレスは控えめながらも流行の形。オレンジがかったベージュのドレスは、素晴らしくよく似合っていた。緻密な刺繍がドラマチックなドレスを見事に着こなした彼女は、出会った頃とは別人のように美しい。首元には贈ったサファイアが存在を主張している。
驚いたな。これはかなり注目されそうだが…大丈夫だろうか。
そうエミリオが予想した通り、会場に入るないなや様々な視線がカリンに向いた。しかし彼女はそれにも臆せず、視線を正面から受け止めた。伸びた背筋とぎこちなくも口角を上げた姿は、エミリオですら惚れ惚れするほどに美しい。
けれど悪意はすぐにやって来た。型通りの挨拶を口にしながらも、その瞳は雄弁に語っている。次々来ては途切れることがない。エミリオは出来るだけ彼女に火の粉がかからないよう、注意しながら申し訳なく思っていた。
自分が目立つという事は自覚がある。自分で言うのはなんだが、仕事は出来るし見目も良い。不名誉な二つ名は自身の行動以上に、つまらない嫉妬心から付いたものだという事も。だが彼女は違う。自分と同列のように心ない悪意の視線に晒されるのは、気の毒で仕方がなかった。
「すみません、仕事の話で少しだけ席を外して宜しいですか?」仕事の話は事実だが、そう声をかけたのは少しでも休んで欲しいと思ったからだ。気丈に振舞ってはいたがやはり疲れていたのだろう。彼女はほっとした顔をした。
その顔に安心した。だからその後の騒動は考えが及ばなかった。
話を終えた後に彼女を探す。暫く探していると騒めく人垣が見えた。「令嬢が…」「大丈夫か?」という声が聞こえ、心臓が嫌な音をたてた。
慌てて人をかき分け覗くと、カリンが令嬢方に囲まれているのが見える。グラスを渡され───あろう事か一気にあおった。
その瞬間、エミリオは全身の血が逆流するような感覚を覚えた。
「カリン嬢!」
カリンの体がグラリと傾くのと、エミリオが叫んだのはほぼ同時。倒れていく彼女に駆け寄るエミリオが思い出したのは昔の、あの日の記憶だ。
『エミリオ。貴方まで私から離れていくのね。』
そう言って笑ったあの人の真っ赤な唇。一気にあおったグラスが手から滑り落ち粉々に割れ、あの日と同じように傾いた身体はそのまま倒れた。それが目の前で倒れていくカリンと重なって見えた。
違う、あの時とは違う。彼女はあの人とは違う。
自分に言い聞かせた言葉は祈りに近かった。あの頃よりは大人になった体が、今度はギリギリで間に合い床に触れる前に抱きとめた。けれど彼女の顔色の悪さに、焦りは限界に達した。
「彼女に何を飲ませた!」
その場にいた令嬢を問い詰める。ビクリと肩を揺らした令嬢は目に涙をため、震えながら酒の名前を答えた。下町で人気のそれは度数は高いが害はない。
彼女の規則正しい呼吸に安堵する。同時に凍りついた場に気づき、何時もの笑顔を貼り付け先程の令嬢に声をかける。
「申し訳ありません。焦りで口調が荒く失礼致しました。教えてくださってありがとうございます。」
腸が煮えくり返る思いではあるが、それよりも場所を変えゆっくりさせてやりたい。係の者にこの場の聴取と医師の診察を願った。エミリオはカリンを慎重に抱き上げて控え室へと向かう。
己の心と体が冷えていくのを感じる。手の震えを隠すように足早に歩く。抱き上げたカリンから伝わる温かさが、エミリオの救いだった。
頼んだ医師はすぐにカリンを診てくれた。過労によるもので心配はいらないとの言葉に、安堵と共に罪悪感を覚える。ここ最近カリンを連れ回したのは他でもない自分だ。今日だって、自分のせいで悪意に晒され、令嬢にも囲まれた。
一人になりカリンの横に立つ。目を閉じれば亡霊の声が耳元で聞こえた。
『お前にもあの血が流れているのだ。ピアドリアの罪人め!生涯かけて償え!』
やはり俺は人を不幸にしてしまう。
後悔しながら彼女の目覚めを待っていると、カリンの父親も駆けつけた。余程顔色が悪かったのか椅子を勧められ、謝罪も必要ないと言われた。
己の不甲斐なさに落ち込んでいると、程なくしてカリンが目を覚ました。幾分顔色は良くなったが、無理に微笑もうとする顔が痛々しい。
彼女は優しく謙虚な人間だ。俺などが側にいていい相手じゃない。
エミリオはこの婚約を早々に解消すべきだと思い始めていた。
エミリオターンを書いてきましたが、途中から勝手に動き出し当初の構想を外れてしまいました(;´・ω・)アセアセ
彼と話し合っていますので、少し更新が遅れるかもしれません。ご了承くださいませ。