黒蜥蜴の日常
ゴーン....ゴーン.....
街の中心にある塔に備え付けられた鐘が鳴り響く。
その鐘の音は起床の合図だ。
眠い目をこすりながらベッドから体を起こしグーっと背伸びをする。
ベッドからゆっくりと降り、カーテンを開き、そして窓を勢いよく開ける。
「ピーピピピピッ!!」
バサバサッ
窓を開けるのを待ってましたとばかりに羽をはばたかせて部屋の中に入ってくる青い羽毛の小鳥。
部屋の中をぐるっと一周し、リールの黒い鱗でごつごつした頭に止まる。
シルエットは人間と同じだが蜥蜴のような黒い鱗が全身を覆っており、また蜥蜴のような顔に尻尾と手足を持ている。
リールは蜥蜴人と呼ばれる種族だった。
「ふぁぁぁ....元気だなぁ...おはよ。」
「ピー!!ピピピピピッ!」
青い小鳥はリールの頭を小っちゃい口ばしで突く。
「わー!!やめろって!何度も言ってるだろ!?」
鱗のおかげで痛くはないが頭をツンツン叩かれるのはくすぐったくて気分がいいとは言えない。頭をつつく小鳥をどかそうと頭をブンブン振り回す。
すると小鳥は慌てて頭から離れ近くの椅子の背もたれのところに止まり「ピピピッ!」と鳴く。
「....はぁ...分かってるって...少し待ってくれよ。起きたばっかりなんだ」
そう言ってタンスから黒パンを取り出しそれをちぎって机の上に放り投げた。
小鳥は待ってましたとばかりに机に投げられたパンくずを突いて食べる。
「今日もいい天気だなぁ。いい日になりそうだな?」
パンをちぎってまたそれを机の上に放り投げる。
「ッピ!!」
「え?いい日になるって?そうだよなぁ今日もいい日になるに決まってるよな」
パンをちぎるそしてそれを机に向かって投げる。
今度はパンのかけらを空中で鳥はくちばしでキャッチし食べた。
「おお!すごい!」
「ッピッピ!!」
どうだ?!見たか?今のすごいだろ?!と自慢してるようにリールは見えたのでぱちぱちと拍手を鳥に送る。
だが鳥が求めていたものは違ったようでリールの頭の上にまた止まり口ばしで突いた。
「わ!!やめろ!!やめろ!」
頭を振ってもう一度頭から小鳥をどかす。
「ッピ!」
「はぁ....お前って食いしん坊だな」
内心かわいくない奴と思いつつも黒パンをちぎり机に向かって投げる作業を再開した。
数十分かけて小鳥への餌やりと着替えを終わらせて朝食をとるために部屋から出た。
リールの住む使用人たちの寮の裏口から出て向かい側の建物が朝食晩の食事をとる食堂だ。
木製の扉を開き食堂の中に入る。
食堂の中はとてもにぎわっていた。
いつもと変わらない光景だ。筋肉質で食べ盛りな若者たちに、長きに渡って公爵家に使える執事、そして窓際の机ででぺらぺらと何か話し合って笑うメイドたち。
公爵家に使えるいろいろな人たちがここで食事をとっていた。
「......」
(満席か....まぁいつも通りだなぁ)
この食堂を切り盛りするおばちゃんからウィンナーが入ったスープと黒パンがトレーにのったものを受け取りながら周りを見てそう考える。
まぁ、いつものことだ。もう少し早く起きて小鳥に餌をやらずにくればおそらく座れるだろうけどそこまでする必要はない。
「今日も外で?」
「はい」
「ごめんねー、あの子たち食べ終わってもどかないんだから。困っちゃうわよねぇ」
そう言って机に脚を乗せマッスルポーズをする者をやんややんやとはしゃぎたてる公爵家に仕える兵士の男たちを見てそう苦笑いした。
「別に気にしてないです。外で食べるの好きなのでむしろ良い言い訳になって感謝してるくらいですから」
「あらそう?」
「はい」
実際にそうだ。リールは使用人....主に兵士たちとはあまり仲が良くない。
だからそんな関係の使用人(主に兵士たち)と食べる意味はないので外で食べているのだ。
朝食ののったトレーを持ち外に出る。
外に出るといつもの調子で食堂の裏手に回る。
食堂の裏手は日陰で今日みたいな暑い日には涼しくて朝食をとるのにこの上なく素晴らしい場所だとリールは考えている。その証拠にメイド長もたびたびここで食事をとっている。うるさいのが嫌いなだけかもしれないけど。
「よいしょっと」
いつも通り、手ごろな石に腰を掛けトレーを地面に置く。
「今日はウィンナー3つか、ついてら」
スープの中身をスプーンでかき混ぜながらそう言う。
ウィンナーの本数は基本的にランダムだ。時たまに0本なんてこともある。そういう時は食堂のおばちゃんに言えばウィンナーをくれる。
ずずー
毎日毎日朝食はウィンナー入り野菜スープと黒パンなのだが、スープの中に入ってる野菜はその日の前日の市場にある野菜で決まる。
「今日はブロッコリーとジャガイモ、トマトに枝豆か?」
おいしい。
ブロッコリーが少ないのも高ポイント、それにトマトスープで+3ポイント、最後にジャガイモで100点だな。そう採点した。
そんなこんなで朝食をゆっくりと食べる。
食堂の中が静かになったのを見はからいトレーを返した。
さて、朝食をとったら仕事の時間だ。
食堂を出て左側にある倉庫に入りモップと雑巾、バケツをとる。
俺の仕事は屋敷....の主に使用人たちが生活する場所の掃除だ。
どこから掃除を始めてもいいのだが、使用人寮からにする。
「あ、リール君おはよう」
寮に入ると大量のシーツと掛布団を持った使用人の女性が挨拶をしてきた。
「....おはようございます」
挨拶を返す。
ルンルンと鼻歌を歌いながら使用人は出て行ったのを見てリールはホッと胸を撫で下ろした。
リールは彼女が苦手だった。嫌いというわけではないが。一度話始めると止まらなくなり延々とどうでもいい話をひたすら話し続けるのだ。彼女のせいで仕事が午後までに終わらなかった....なんてこともあった。
今日の仕事量は多かったのか挨拶だけで早々に去ってくれたことにリールはホッとした。
水の入ったバケツにモップを突っ込み宙に少し浮かせ振って水切りをする。
そしてそれを床につけ走らせる。
端まで来たら折り返して...それを何度も繰り返す。
そうして小一時間ほどして3階ある寮の廊下と階段、ロビーの掃除が終わる。
後4か所、そうしたら今日の掃除は終わりだ。
「おらっ!さっさと立てよ!!」
ばしゃっ
自分が用意してきたバケツに汲んであった水をかけられる。
大丈夫。大丈夫だ。このくらいなら慣れてる。
そう自分に言い聞かせて濡れた服をどうするか考えながら体を起こす。
「ははは!よかったなぁ!夏だから暑いと思ってさ!」
男が笑う。
1年前の俺だったら殴りかかっていた。だが今はしていない。逆効果だからだ。
(不運だな....わざわざここの掃除は後回しにしてたのに...はあ一番最後にしとけばよかったか)
兵舎の更衣室...ここが一番嫌いだ。嫌いな奴がいっぱいいる。だから兵士が着替え終わってから掃除をするようにしていたのだが....今日はなぜかまだ着替え終わっていなかった見習兵が二人いた。
(寝坊か?それとも何かしでかして怒られて遅刻?)
正直理由はどうでもいい、さっさとどこかに行ってほしい。そう思った。
「おいおいあんまりやりすぎるなよ?この前に怒られたばっかなんだからさ」
隣で様子を見ていたメガネをかけた男がそう注意する。
「魔法も使えない蜥蜴人の元奴隷のお前がなんでこんなとこにいるんだろうな?」
それは俺も聞きたい。
なんで魔法がろく使えない。しかも蜥蜴人で奴隷だった俺みたいなやつを雇ったのだろうか?
わからないし今となってはどうでもいい。毎日3食の食事と寝床。週に1日の休みがあるこの環境は素直に恵まれていると思うし雇われたことに文句はないから。
さっさとこの場の掃除を済ましてしまってこの場を去ろう。
それがいい。
そう考えてモップとその場に転がっていたバケツを手に取った。
「あーあお前が来て冷めちゃった。はやく掃除して出てってくれない?」
「......」
今そうしようと思ってたところだよとイライラしたので反論してやろうかと考えたがやめた。
こんな奴にかまってる時間がもったいないだろう?そうだ、そうに決まっている。
ほらさっさと掃除して......
(ん?なんだ?何か.....)
リールの体中の鱗がびりびりと何かを感じ取る。
それは魔力だ。
とてつもなく大きい魔力。
(近づいてる?....てかこの魔力の感じ...)
こちらにその魔力の塊が近づいてきていた。
それも高速で。
(やばい。)
そう思い体が動いた。
目の前の鎧にのろのろと着替えている最中の毎日毎日俺をいじめてくる嫌な奴筆頭男二人の首根っこをつかみ後方へ投げ飛ばす。
「おい!!何し...」
バアアアン!!
更衣室が爆ぜた。
更衣室に開いた穴から爆風によって舞って入って来た土煙によって前が見えなくなる。
散らばる壁、鎧、棚に椅子.....
そして爆風で吹っ飛び壁にたたきつけられたリール。
「ごほごほっ....」
土煙が徐々に落ち着いてくる。
リールは目を凝らす。
土煙の中から魔力を感じる。
(.....この魔力の感じ...やっぱりそうだよな...)
土煙が完全に晴れる。
「......はぁ....はぁ.....セーフ!セーフだ!誰も巻き込まなかった....よってセーフだ!」
爆心地の中心に少年が立っていた。
リールはその少年に見覚えがあった。いや、というか毎日見てるし話してる。
「おっ!リールじゃん!」
少年は吹っ飛ばされて壁に叩きつけられたリールを見つけて笑った。
「......何やってる」
何やってると聞いたがリールには見当がついていた。おおよそ....
「何って.....魔法の研究?」
「.....はぁあああああ.....」
全く本当にこいつは学んでいない。
魔法の研究で建物を壊してもいいとでも?
良いわけがない。事実、前にも同じようなことをこいつはしでかして父であるフェウス・デリスム公爵様に怒られ1週間の自室で反省させられていたの思い出す。
「り、リール....このことは秘密でな?」
少年....フリクは思い出したかのように焦り始めた。
「......」
何を言っているのだろうか?とリールは思った。
秘密にできるわけがない。こんな建物を壊して隠しておけるとでもいうのだろうか?
俺が喋らなくたってすぐにばれる。
「すぅうううう.....」
その時、少年が深く、深く息を吸った。
おおよそ10秒かけて、少年の両足に体中にあった魔力が集まる。
両足に溜まった魔力が青色から濃い茶色に変化していった。
そして
「ふんっ!!」
足の魔力が地面に流れる。
それと同時に地面から土が盛り上がり、穴が開いた壁を修復していく。
「.......ふぅうう....完璧だな!」
(何も完璧じゃないだろ)
リールはそう心の中で愚痴をこぼした。
穴は確かにふさげてはいた。
だがそれだけである。
周りの白い壁と違い茶色で明らかに目立つし、それにどんなに魔力を込め密度の高い土で壁を作ったとしても漆喰が塗られていない土だけでできた壁は雨風には弱いし他の壁より脆いのである。
リールはものの数秒でここまでの応急処置ができるのはすごいけどなと頭の中で付け足す。
「それじゃ!リール、昼食後にいつもの場所でな!また会おう!さらば!」
「......」
ニコッと屈託のない笑顔で笑い手を振り走ってどこかへ.....
「逃げて行ったな」
壁を壊して、そして、兵士二人にけがを負わしてしまったかもしれない、それと荒れた更衣室の後片付けをリールに手伝えと言われるのが嫌なので逃げたのだ。
「もしかして...今のって...魔法バカで有名な三男のフェウス・ヴィル様?」
壁にもたれかかり目の前で起きた出来事にやっと頭が追い付いてきたのか兵士見習のうちの一人がそう呟いた。
「魔法バカ」.....普通の貴族に対して言っていたのならその首が吹っ飛んでもおかしくない。
だが父フェウス・デリスムも「魔法バカ」をフリクに対して使っているしフリク自身も気にするどころか嬉々としてその呼び名を受け入れていた。
そのため、公爵家の使用人たち、兵士、はたまた領民までもがこの呼び名を使っていた。
「.....また派手にやったなぁ」
リールは目の前に転がるがれきの山を見て掃除量が増えたと、めんどくさく思ったと同時に昼食後にフリクと会うのを少しだけ楽しみに思った。
きっと、新しい魔法の何かを思いついたのだろう。それで、感情の昂り抑えきれなくなって安全確認もせずに魔法の実験をしたに違いないとリールは考える。
(今度はどんなこと思い立ったのか...)
フリクは自分勝手で自己中で魔法のことなら他の追随を許さないほどの変人だ、きっと何か面白いことを考え付いたに違いない。
今日がいい日になるかは分からないが、楽しい日になることは間違いないだろうとリールは思った。