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風を味方につけて風になった男

吉蔵は気の向くままに生きるようにしていた。

気乗りしない時には、無理に自分を奮い立だしてまで、何が何でも頑張ろうとははしなかったし、決してそんなに頑張ってみても頑張らなくても大した違いはないと達観したところがあり、頑張りたいと思うこともほとんどなかった。

どちらかというと世にいう”頑張り屋”という言葉が一番お似合いのような生き方であった彼だったが、今となるとそのそのような様相はほとんどなく、また殺気を滲ませた空気も漂わすこともなく、晩年の彼はどういうわけだか、常に積極的に動こうとはしなかった。

以前は一旦何かに没頭するとまるでわき目も振らず、一心不乱に人目も気にせず埋没していくタイプであったし、そんな生き方しかできない人間でもあったし、自らもそれを心から良しとして生きてきたと思う。常に殺気に満ち溢れており、”ギラギラ”していた。


しかし、今の彼はそれから比べればその姿は以前を知る人からすれば別人であったし、他の人からしても今の暮らしぶりを見て為体(ていたらく)としか言いようはなかった。

しかし彼にとっては、そんな生き方を昔からこよなく、漠然とあこがれていたのかもしれなかった。しかし、世の中に揉まれ、世間体を気にし始めて、社会の目を気にして、立派な人格者を装うようになってきた彼は、日常の『仕事』という行いに邁進することにより、自己を肯定でき、他人からも後ろ指をさされることもなく、胸を張っていける唯一の生き方だと思い込むようになっていった。

日常の業務をこなすことにより、仕事に忙殺されなんの疑問すら持つことのない日々をただただ惰性で生きてきた。

彼は、そんな日常の束縛から解放されることにより、本来の自分と向かい合うことができたことに喜びすら感じていた。そして肩の力が向けて、自然体で生きることに安堵していた。それは彼が今までに思い描いていた理想の、そして至極の生き方に他ならなかった。

無為無心であった。しかしだからと言って無気力に生きていたわけでもなく、目に見えないものからの束縛からの解放が、彼が抱いていた理想の世界への入り口の扉を開くことになったのかもしれない。

張りつめていた気負いがなくなり、無我の境地が彼を初めて目覚めさせることのなった。頭を空っぽにするということは、「何も考えない」ということではなく、「すべての事柄を受け止めて、閃く」ことに他ならないことに彼は気づいていた。

彼は、心穏やかに余計なことから解放されて、今まで煩わしいことにもできるだけ向かい合い、我慢して耐えてきたが、そのこと自体のもつ意味が限りなくいみがないことを知ったのだった。

無の境地にいることが、最高に自分を高め、またすべてを知るためにはかけがえのない世界に到達することに気づかされていた。

彼は、その後他人の目を気にする、他人の言うことに耳を傾ける、他人が自分をどう見ているのかなど、外的価値よりも、もっと内なる自分と向かい合うことにより今まで気づくことのなかった自分と向き合うことになっていた。それぞ、悟りへの道だと確信しつつあった。

森の精霊と会話を交わし、吹く風に心震わせ、ふとした情景に涙し、さらに内なる自分と向き合うことにすべての時間を費やした。

そして、やがて彼はいつしか風になっていた。自分の思いをその風にのせて、どこにでも行くことができた。それは単なる場所という物理的な境界ではなく、時空すら超えて世界中いや宇宙の彼方まで吹き渡る風に乗せて、空想の世界を漂い続けた。

やがて、彼の魂は肉体を離れ、永遠なる旅路に付いていったのである。


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