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迎合

作者: 神崎諒

神などいない、少なくとも日本には。今の日本で神の話なぞすると、キテレツ扱いされる。私は、本気で神を信じている日本人に会ったことがない。海外では宗教を信じる人が大勢いて、日本人は特異な存在らしい。ただ、日本に住み続けている私には、神などいないという考えが普通だ。恐らく日本人ならこの感覚を共有できるのではないだろうか。本気でそう思うほど、日本には神がいない。

しかし、神がいないというのは窮屈だ。不安だ。困った時、病める時、悩める時に、救済してくれるのはきっと神なのだろう。日本に住む我々には、助けてくれる最後の砦がない。だからこそ、ここまでエンタメが流行るのだと思う。アニメや漫画などの文化は、神がいない日本だからこそ、救いを求める人々の、現実を直視できない我々の、心を満たすものとして、娯楽以上に人格を形成する。神のいない日本では、文化こそが心の支えなのだ。

くだらない。神も文化も。しょうもない。人生ですら。

生きる意味ってなんだろう。科学的には、殖えるためだろう。哲学的には、意味がないのかもしれない。それとも、愛と革命のために生まれてきたのか?くだらない。愛と革命の後には、別れと清算しか残らない。その人の命すら、残らない。こうした冷笑主義すら、しょうもない。ああ、生きる意味って、本当になんだろう。

きっと、僕は、このモヤモヤを解消することができない。できないまま、意味のわからないまま死んでいく。死を受け入れられないまま、生を渇望しながら、死んでいく。でも、それが人間の在るべき姿だと、本気で思っている。だって、そうだろう?みんな死にたくないだろう?なのに何故、死が決まっているこの世の中で、より高い地位を築こうとするの?本当にわからない。死んだら何も残らないのに。

このわからない苦しみから人間を救うのが神と文化だ。だって、この問いに答えなんて最初から存在していないのだから、考えるだけ無駄だ。だとしたら、現実なんて見ないほうがいい。もっと刹那で良いから、逃避していたい。どちらにしても、命のロウソクは少しずつ燃えていくのだから。炎なんて危ない。どれだけ赤く力強く輝いても、最後は消えるのだ。だったらもう、炎なんて見なくていい。

一年前の四月、少女に声をかけられた。ドキッとした。その時の私は、精神が摩耗していた。社会的に安定しているのに、こんなくだらないことばかり考えていたからだと思う。ともかく、その女の子と連絡を取り、二回目に会った時には、性行した。くだらないな、と思った。少女は、文学を愛する女子大生だった。好きな作家は太宰治。それなりの家の育ちで、それなりの大学に進学した、それなりの身なりをした女子大生。出版社に勤めることを目標にしていた。描く将来像もそれなりだな、と思った。「何故僕に処女を捧げたの。」それなりの質問をぶつけた。「わからない。」しょうもないな、と思った。結局、それなりの容姿をした、それなりの社会性を持った、それなりの年齢の男が、それなりに口説いてきたから、それなりに恋心を抱いたのだろう。私は、打算で口説いていた。この女は簡単そうだし、きっと体を許すと考えていたから、少女の求めるそれなりの人物を演じた。少女は、私と時間を共にしていく内に垢抜けていった。恋する女は綺麗らしい。少女はきっと、私が好きなのではない。それなりの恋がしたいだけなのだろう。少なくとも、私にはそう感じられた。私は、もっと打算的になった。もっとくだらなくなっていった。

少女は神を信じていなかった。神の話をすると、怪訝な顔を浮かべた。文学の話をすると、瞳を輝かせていた。私は、大した教養もないのだけれど、それなり以上の大学を出ているから、それなりの彼女にとっては、私の知識がそれなり以上に感じたのかもしれない。文学を愛する、ねえ。文学も、TikTokも、YouTubeも、Instagramも、私には同じように感じられた。文学には、歴史があるから、文化的に感じられるのかもしれない。神以上に信仰できるのかもしれない。文学だって娯楽じゃない。未来のない人生で、この一時を輝かしいもの魅せるまやかしじゃない。「本は読んだほうがいいぞ。」上司の言葉には、知性を感じない。今をときめくインフルエンサーにも、同じように知性を感じない。いや、嘘だ。感じているけど、認められない。全ての文化を高尚なものだと思えない。やはり、文化は神にはなれない。神は、高尚だから高尚なのだ。そして、男はモテるからモテるのだ。なんだか一気に低俗な話に移り変わった気がする。

しかし、事実として、私はモテるからモテた。少女に声をかけられた二月後に、今度は成人女性に声をかけられた。少女には、書店にいる時に声をかけられた。今度の女性には、服屋にいる時に声をかけられた。やはり、場所というのは、人を変えるのだろうか。名は体を表す?よくわからないけど、そういうことか。ともかく、女性は情熱的だった。私が口説くよりも先に、口説いてほしいと言ってきた。勿論、直接的には言わない。女というのはそういう生き物なのだ。直接的に好意を示すのを嫌がる。男が口説いてきたから、という言い訳を常に求めている。だからこそ、私は、その欲望に応えてやる。それだけだ。それだけでモテる。意味がわからない。くだらない。しかし、女性は、どうやらそういった理解のある男性が好みなようだった。女に慣れている男が好みなようだった。私は、またも打算で口説いた。女性は口説かれた、上手に。体を重ねた。ああ、上手に口説くってなんだよ。行き着く先は同じじゃないか。しょうもない。

さて、私は女が嫌いだ。でも、女を求めずにはいられない。本能が求める。だから、打算で男を演じる。そうすると、摩耗していく。少女に声をかけられた昨年の四月もそうだったのか?もはや覚えていない。刹那的に生きすぎているのかな。女もきっと、男がいないと生きていけない。科学的に、殖えるためか。いや、でもそれを受け入れられない。自分が生命の奴隷のように、女を求めていると信じたくない。少女も、女性も、きっとその事実を受け入れない。ああ、なんて残酷なんだ。これは逃避して陶酔していないと息ができない。まるで温いお湯の中に沈められた子供だ。抵抗しようもないし息苦しい。でも、心地よい。裸の女に包まれているような温もり。女は嫌いだ。でも、気持ちがいい。低俗なのか?文化も同じだろう。下品なものを、さも高尚かのように魅せているだけ。本当に高尚なのは神だけなんだって。

なるほど。やはり私は、受け入れられない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 素晴らしい。モテるからモテたという言葉に端的な真実味があって好きです。 異性のいない世界なんて考えられません。退屈です。太宰治も色男ですしね。 女性がもとめる男性を演じたくなってしまう、、…
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