【八】
六日目――。
異形へと姿を変えた人々が、動物たちが、残った民を襲い始めた。
病巣の雨は、建物の屋根を徐々に溶かす。
そして致命的に脆くなった家屋を壊し、異形は人々を襲った。
絶叫。
噛まれ、傷口が赤に染まり、肉体から悍ましく肉を隆起させて絶命する。
子供が、大の男が、老人が、美しい女が。
例外なく死は蔓延する。
「アハ」
泣き叫ぶ声が聞こえる。
もう、その類いの絶叫しか聞こえない。
「アハハ。ウフフ」
親が子を庇う。
子はそれを見て絶叫し――そして最後の献身がただの順序でしかないという無慈悲な結果をもって、異形に噛まれ、叫び、絶命する。
老人が祈りを口にする。
孫だけは、どうか……。
最後の祈りも虚しく、その意味ごと運命に噛み砕かれる。老人よりも惨たらしく異形に食われ、絶命する子――。
「アハ。アハハ、――――アハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
――生まれて初めて見せた笑顔のような、一点の曇りもない笑顔を浮かべて。
少女は、狂ったように高らかな、響き渡る笑声を上げた。
少女は泣いていた。
悲しみの涙ではない。今ようやっと、生きていてようやっと、望むものが一つ、手に入った――そのような、自然に流れ出た感涙を、頬を伝わせ止めどなく流していた。
天を仰ぐような気持ちでそれを見つめながら、少女は胸の内で、重荷のように苦しめられながらも、己の真実のように抱えてきた思いを、縷々として紡いだ――。
――私は、ずっと死んでほしかった。
死んでほしかった。
私を侮辱する人々――ではない。
全員が死んでほしかった。
目に見える悪人だけではない。
善人も死んでほしかった。
善人が死んでほしかった。
地獄のように苦しんで死んでほしかった。
誰であろうと平等に例外なく、全員という全員が――苦しんで、苦しんで、苦しんで、死んでほしかった。
私と、僅かでも縁の糸で繋がる者の、一人の例外もなく。
そうしてほしかった。
――嗚呼、ありがとう、神様。
私は貴方を信じます。
――少女は笑い続けた。
終焉の光景を眼下に望みながら。
最後に襲われたのは、一番に立派な建物である、政を行うための宮殿であったが――その中にいる者共が惨たらしく死ぬ様を見ても、少女の表情に、別段の変化はなかった。
他の大勢の死に様と同じように。
等しく、心の底から、笑っていた。
「アハハハ。アハハハハハハハハハハハ!!」
悪人は死んだ。
善人は死んだ。
どのような者であろうと、一人の例外もなく死んだ。
少女だけがその地に立ち――人間を示していた。
赤の地に笑声が響き渡る。
遠吠えとも違う、人だけが発せる感情の音色。
割れるように震えるソプラノが、大地の遠く遠くまで、永遠に――響き渡った。
あるところに、赤色の聖女があった。
彼女は人間らしい願いを抱き、それを叶え、この世で最も幸せに笑い――――やがて空っぽになったような表情を浮かべて、微睡んだ。
未だ、僅かばかりの希望の色の跡を、空っぽの片隅に残しながら。