【一】
とある場所に、終末を超え、未だこの世界に現存する一国があった。
まるでそれまでの自然の在り方を否定するような、投げやりな塗装を思わせる原色の赤が広がる世界において、その一国の大地だけがなぜか、自然色の土色であった。
滅びの中でぽつんと、そこだけが色を保っていた。
――終末を迎えた世界の多くは滅んだが、神は今一度、人に手を差し伸べた。
理の絶叫が全てを飲み込まんと、空から暗幕の帳を降ろそうとしたそのとき――女神より承った、聖なる力を宿す者が現れたのだ。
青の聖女。
後にそう呼ばれる、終焉を食い止めた、女神の化身。
病巣の雨が降った。
忌むべき病巣に犯され、狂い、異形となった獣が、人が、また赤い病巣を吐きながら暴れた。
地が犯され、自然は死に絶え、地上に平等なる飢えがもたらされた。
汚染の少ない土地を巡り、衰弱の果てに立つ者同士で、最後の戦争が起こった。互いに呻き声を浴びせ合うような、小さな戦争が。
そして世界は静まり返り、終わりがもたらされた。
ただ唯一――聖女の存在する地を除いて。
終末のとき、聖女は幾人か現れたらしいが、人が互いに、その正確な数を知る術はない。
無事であったのは、聖女が祈りの結界を広げた、僅かな領域の内だけだったのだから。
無事であった土色の領域、そこから踏み出て赤の地を一歩でも踏めば、たちまち生けるものに死がもたらされる。交流は失われた……。
幾人か己と同じ存在がこの地に現れたことを、聖女のみが知覚できたが――それぞれの領域内に在る者にとって、そのような事情の真偽は無意味甚だしいものであった。
空間ごと隔たるような孤独、赤い大地の断絶がある以上、自身らにとってそこのみが、唯一の最後の地であるのだから。
聖女の力により、人間と僅かな動植物は生き永らえた。
そして終末後、赤の世界には死んだような静けさが広がり、土色の大地に立つものには、僅かばかりに残った平穏が与えられた。
終末は過ぎ去った。
神はどのような思惑があってか人に、最後の機会を与えた。
しかし人は――その機会の理由である最後の試練が試されようとしていることになど気付かず、いつも通り全ての事において、まるで無関心であった。
この期に及び心の目を閉じ、赤の果実から頂いた知識を無為に腐らせる作業に没頭していた。
試練の機会が訪れた、その最中でさえも――僅かも変わることなく……彼等は選択した。
――神が最後に人に与えた試練。
それは。
“人”であった。