復讐者の逃亡劇 23
「話を通り一遍聞いてる限り、皆様方かキュラムに降るを潔しとせず。と見受けられますが、これは前提として宜しいですか?」
「当然だ」
言葉を添えて返事をしたのはシーザだけだったが、くるりと見渡す限りに否定する者はいない。
「では、まず現状を精査しましょう。我々は先に破狼軍に襲われるもそれを迎撃しここに陣を構えています。無傷ではなく、兵糧は元より武器も潤沢とはいえない状態です」
城牙の堂々たる態度と張りのある声に皆耳を貸す。
「そして今僕たちからシルタンス国の無条件降伏が伝えられました。……ここに多分相手方の状況把握と多少の齟齬が生まれてるのはわかります?」
「……無条件降伏を知ってるか否か、ってことか?」
「そうです。無条件降伏の内容は深くは知りませんが、概ね国軍の解体は入っているでしょうし、その一環として武装解除と将軍各位の出頭は、まぁ想定内ですよね」
ルークス将軍の答えに満足して言葉を続ける城牙。滑らかに動く舌はさらに説明を続けた。
「現状のままではそれを呑まざるを得なくなる。……んですが、この無条件降伏をまだ我々は聞いてないんですよ、直接」
「あ、そういうことか」
ここまで聞いて城牙の言わんとすることを察したエベリスさんが、驚愕するような目の見張り方をしながら呟く。
「どうせ解体されるなら今日、今、この瞬間、部隊を解体しちゃいましょう。どうせ無くなる国家の将軍位なら今日、今、この瞬間、捨てちゃいましょう。それぞれが軍人、兵士で無くなれば無条件降伏の枠にぶち込まれることは無くなります」
あっけらかんと言い放った彼の言葉は、スターリン将軍ら歴戦の雄であればあるほどに驚愕に値したことだろうが、横で聞いていた俺ですら驚愕する。反射的見上げた城牙の顔は悪戯に成功したかのように晴れやかな笑顔だった。
「いやっ、捨てっ……えっ?」
「その上で周陽を頭目に義勇軍と、何なれば義賊とでも名乗り上げてやりましょうか。カキュラム国の非道を実体験してますし、掲げる旗印としては十分です」
戸惑いを見せるクイックリィー将軍に叩き込むように言葉を紡ぐ城牙。エリファさんやクラバースさんも互いに顔を見合わせるも言葉なく困惑する。
「でもそんな急拵えの建前で向こうは、はいそうですか、ってなるか?」
「ならないでしょう。というか、ならなくて良いんですよ」
ルークス将軍の疑問に答えたのはエベリスさん。どうやら誰よりも早く城牙の真意を察した彼は、ルークス将軍に返しながらも答え合わせを求めるように城牙に向かって語り始める。
「カキュラム側に立って考えた時、我々が立場を捨てた上で反旗を翻した、と察しても彼らの取れる手段というのは存外多くないんですよ。今回の戦、略奪を目的としているならともかく、この国を吸収、統治することが前提にあるので、反旗を翻したことを罪として降伏をしたサオン王を断罪することは、憂いを残すことになるから出来ません。何よりサオン王には無条件降伏した、という事実を大々的に拡げてシルタンス国民の恨みを、カキュラム国の進攻より我が身可愛さで降伏したことへと世論を転換したいはず。それまでは手を出さないで居られるなら出したくないでしょう」
なるほど。国民としても永らく納税しながら国に守護を願っていたのに、それを成さなかったと喧伝すれば……。小さくない反響があるだろうし、カキュラム国側には不利益にはならないだろう。
「残念ながらこの国は長い間選民思想が蔓延り、貴族と平民の間に不満と差別による亀裂があります。ここを絶ち切り平民たちの味方として振る舞えば、カキュラム国の支配を受け入れるのに反発は減るでしょう」
「……だがそれは希望的観測の側面が強くないか?確かにサオン王を人質としての価値を思えばエベリスの言う通りかも知れんが、そうなると限る話では無いだろう?」
「そのための建前なのですよ」
ね?と言って城牙に確認をするエベリスさん。それを受けて頷いた城牙が説明を引き継ぐ。
「軍属のまま反旗を翻したならシルタンス国主としてサオン王に罪を問わなくてはならなくなりますが、そうで無いならカキュラム国が治安維持活動する案件になるだけです。そのちょっとした違いがサオン王の処し方に意図があるカキュラム国の思惑に合致することになり、結果サオン王の命を守りつつも、独立することが出来る手立てになります」
「……こちらの詭弁だとわかっていても、それを指摘してまで王に罪を被せる理由もなければ必要もない、ってことか」
「破狼軍と戦闘の上物資等を失っていることも向こうからしたら考慮出来る副材料の一つになるわけだ」
言い分に納得したように頷くルークス将軍に追従するフェスト将軍。そんな二人の間を遮るようにクイックリィー将軍が平手を差し出した。
「いやいやいや、例えそうだとしてよ。俺たちが纏めてキミらの下に付く理由が弱くないか?勿論詭弁の辻褄合わせに過ぎなくてもさ、四驍のうち二人に太平の八傑に名を連ねる面子がいて、中位将軍以上の将軍九名だ。さらに将兵合わせて千五百はある部隊の旗頭を一村人に背負わせて独立部隊、ってのは建前にしても筋が通らなくないか?」
「あ、それは大丈夫です」
ともすれば、クイックリィー将軍のその言葉を待っていたと言わんばかりの返事をすると、城牙は俺の隣へと歩き寄るなりポンと肩へ手を置き、空いた反対の手を水平皿に傾けて、万座御覧じろと注目を集める。
「こちら、父を月代輝煌、母にアイリ・エメリアを戴く一粒種、月代周陽と申す者にございます」