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復讐者の逃亡劇 16


エベリスの指示が行き渡る頃。金糸で囲い縫った赤生地に、同じく金糸で狼のシルエットを描いた旗の下、馬に跨がる三人が横列に並ぶ。平原とはいえなだらかに均されてない以上、丘陵に似た一段高い位置から戦場を睥睨する。その後ろには二千騎の騎兵を連れ立っている。


カキュラム国の誇る十の軍閥“十臣軍”の一つ、破狼軍(はろうぐん)は総勢二万五千の将兵を抱える軍である。この軍にはその特異性から明確な入団基準が設けられている。それは馬に乗れること。


二万五千総騎兵隊。機動力を武器に浸透進軍を得意戦術とする。故に東のカキュラム国よりも西のスコール領国の国境が近い位置にまで軍を派遣しており、破狼軍の名に恥じぬ働きを見せたと言っても過言ではない。


とはいえ全軍引き連れているわけではない。総数の五分の一に当たる五千騎。さらには戦いに投入しているのはその内三千騎のみ。それも破狼軍でも新入りに属する若手主体だ。


「おう、わかった。少し休んだら戻れ。……おいー、ラキも下がるってよ」


三人並びの右、馬の上で方胡座に臂を立てて頬杖を付く垂れ目の男。上背のせいもあるが、背を丸める姿と滲み出す粗暴さに、スキンケアなど考えたことが無いのであろう肌荒れ。元々は良い仕立てであったのを見て取れるも、着続けたことでくたびれた服も相まって清潔さを感じない。空いた左手で白髪が混じった無精髭を指先で摘み、プチンッと抜きながら伝令の言葉を自らの言葉に噛み砕いて伝えると、三人並びの左が無言で頷いた。


右の男と異なりピンと背筋を伸ばした姿が凛々しくも美しい女性。身体のラインを見れば華奢と呼ぶべき細さをしているが、背負う長剣を見れば、それを扱えるだけの技量と膂力を持ち合わせているのだと感じ取らざるを得ない。感情の読み取りづらい眼差しは、前衛の部隊を注視し続けている。


「アスター。彼我の損耗比率はどれくらい?」


「んぁ?……死者数的には一対十くらいか?負傷率だと向こうが八くらいになるかもな」


視線を向けることなく尋ねてくる女性に、如何許か悩んでから答える不衛生な男ーーーーアスター・シェネイブ。カキュラム国上級上位将軍にして破狼軍第三席を担う。元々は傭兵上がりであるため腕っぷしに自信があるが、率いていた団のメンバーがあまりにも算術に疎かったため、経理や兵站確保など裏方も熟せる才能を認められてカキュラム国に仕えるようになり、今では破狼軍の参謀としても評価されている。


「言うて六、七十は殺られてそうだけども。……まだ大将起さんで良いだろ、キリちゃん?」


「そうね。百騎超えたら指示を仰ぐとしましょう」


アスターに気安く呼ばれることにも馴れてきたのは左の女性ーーーーキリト・ブランシェリウス。カキュラム国の上級上位将軍にして破狼軍第二席を担う。齢二十三にしてこの地位に属しているのは稀であり、威天軍第二席のアイン・テュグリスの次に若い重席次将軍である。


ブランシェリウス家は代々カキュラム国に仕えてきた貴族の名家であるが、その歴史の中でも白眉たる才媛として名高い。しかし才能豊かなことが災いして、父アッケンドル・ブランシェリウスが跡目を告げぬまま没すると、彼女の三兄妹で跡目争いが起きてしまった。


兄、姉を差し置いて末子であるキリトを当主に、とする勢力が少なからずおり、本人の意思とは異なる形で争いに巻き込まれてしまった。


結論から言えばキリト自身は国に殉じるつもりはあっても家名を残していくつもりはなく、それでも野心の強かった兄と姉を頭から捻じ伏せるように叩きのめし、家督の権を握った上で放棄。傀儡化した姉に押し付けて自分はこうして軍属しているという、イーストリア大陸を見渡してもそうは居ない人物である。


そしてそんなキリトが頼るに足ると信頼しているのが、三人並びの真ん中で馬の鬣に背を預け、後頭部に組んだ手を枕代わりに置いて高いびきを立てる銀髪の青年である。


チラリと視線だけ送ったキリト。戦が始まってしばらくの後、こうして眠り始めた上官に呆れるやら幻滅するやらの感情は一切無く、ただただ器用だな、と思っている。何せ戦況が動く度に馬が勝手に歩いているのに、落ちる気配も起きる気配も全く無いのだから。


さりとて初めて見るわけでもない。何なら起きてても同じように寝転びながら馬を走らせるような男だ。無論普通に騎乗した方が速いし手綱捌きも段違いだが、本当に急ぐ必要がある場合、この男は馬に頼らない方が速かったりする。


三人並びの真ん中の青年ーーーーグラビスト・サウンゼン。カキュラム国の上級上位将軍位にして破狼軍筆頭・破狼将軍位の地位を戴く者。そしてアスターとともに傭兵をしていた頃、“神脚(しんきゃく)”のグラビストと呼ばれた、馬より速く走る男(・・・・・・・・)である。


「大将ばっかずりぃなー。俺も寝てぇ」


「斬り捨てますよ?」


言いながら鞘紐をズラして抜きやすい位置に持ってくるキリト。感情の薄い眼差しが捉えるアスターは、慌てるというより呆れたように手を払う。


「ジョークジョーク、マジになるないや」


「と言いつつ許可してたら?」


「…………寝ねぇッスよ。とうぜんじゃないかー」


力強い返答だがその前に視線を泳がせたのが彼の本心を窺わせる。剣を抜きこそしなかったが、冷たい視線で射抜くキリトの眼差しを避けるように、前線へと目を向けたアスターは、話題を変えようと呟いた。


「あー……でもやっぱ、老いてもスターリン・クラドルは傑物だったな。初手の奇襲でほぼ決まってた戦をここまで盛り返してくるたぁな」


「……スターリンが傑物と言うよりは、初手の後前線を率いていた将軍が優秀だったわね。戦線の構築の暇を与えてしまったし、ガンテス隊を中途半端に使ったから」


後悔……ではなく淡々と反省の弁を述べるキリト。破狼軍の今回の目的は戦場の空気を知らない、破狼軍の中でも経験の浅い者たちに実戦を踏まえさせることが第一目標であった。


五千騎もの兵を引き連れて来たが元々全軍投入の予定はなく、三千騎ですら多く投入してしまったぐらいだ。最初は三千騎を三つに分けてサイクル回すようにしてそれぞれに経験を積んで貰いたかったのだが、奇襲が上手く行き過ぎて余勢を駆ってしまったことと、立て直された後の敵の前衛が想定以上に強かったことに気付くのが遅れたため、救援として待機させていたガンテス隊を投入するタイミングが中途半端になってしまったことが、戦の泥沼化を生んでしまった。


おかげで死者こそそれほど出てはないが、負傷者は大分出たし、仕留めきれなかったが故に別部隊との合流を許してしまった。


「てか、あの赤毛つえーなぁ。あー、霧舞くん死んだわ」


「霧舞……鑑霧舞(かがみむま)?」


自部隊の将軍の名を知らぬわけがなく、キリトが問い掛けるとアスターは頬杖のまま頷く。


「おぅ。槍の一薙ぎでザクゥッて。焔を纏わせて蹂躙とか極まってんな」


「焔……あぁ、豪炎槍将とか謳う将軍ですか。確か……シーザ・クラウド」


「だねぇ。俺も話だけには聞いてたが、あの暴れっぷりならなるほど、名が轟きもすらぁな」


眠気も吹き飛ぶとはこのことか。アスターの細めた垂れ目は睡魔による目蓋の重さより焔を纏いし騎将に釘付けとなる。キリトも斬り殺された我が軍の将よりも敵の将軍に意識を奪われている。まぁ名前こそ全員頭に入っているが顔と一致するかは別の話で。霧舞なる者の容姿はまったく記憶の引き出しから出てくることはなかった。


「馬術もうめぇし。あら馬も中々上等な感じだなぁ。いや、強ぇ強ぇ」


「アスター。貴方なら仕留められる?」


「んー……相討ち覚悟で確率三割か。いや、言い過ぎた。二割切るぐらいかな?……キリちゃんは?」


「一割」


「まぢかよ。キリちゃん俺より強いのに?」


「癖を知ってるから勝率良いだけよ。豪炎槍殿の癖がわからないままやり合えばそのぐらいが目処かしら」


淡々と語るキリトだがその眼差しは踊り狂う炎槍の舞を見つめて離さない。膝の上で人差し指をトントントン、と叩いてリズムを刻むのは、シーザの攻撃リズムをインプットしているようで。


「まぁ癖は多そうだし?キリトでも馴れれば勝てるんじゃない?」


「大将、起きたん?」


「キリトの殺気でな」


二人の会話に割って入ったのは真ん中で高いびきを立てていた銀髪の青年。いつの間にか馬首を横に向け、仰向けのまま戦況を眺めていた彼は欠伸を噛み殺す。明らかに寝起きの表情こそすれ、意識がしっかりしているのは寝起き、寝付きの良さに定評ある彼ならばこそだろう。


「いやぁ荒削りだけど強いねぇ。むしろ素材が優れ過ぎてて、磨くにも研磨剤となる相手が居ないヤツか、あれ?」


「おん、なるほど?それはあるかも知んないなぁ。イティ辺りぶつけたらもっと強くなるかも知れねぇッスねぇ」


「あとはフィンさんか?……いや、槍使いをフィンさんに当てるのは可哀想か」


「そっすね。最強の槍術士をぶつけるのは気の毒かと」


グラビストがシーザに対する評を述べれば、アスターもニヤニヤと見る人によっては不快な笑みを浮かべながら返す。そんな二人のやり取りの間も破狼軍兵は次々に斬り伏せられていく。


「どう致しましょう。流石に放置しては被害が馬鹿になりませんが……」


「いや?ほっとけば良いんじゃない?」


キリトの問いかけに何故?と質問を返すような答えをするグラビスト。


「勿論、被害が少ないに越したことはないけどさ。俺としては肥大化し過ぎた軍の調整の意味としても、最悪この三千騎は失っても良い計算してるし。何より、あいつらが使える駒であることがわかったのが何より重要だよ」


そう言って見つめる眼差しは、前線の破狼軍では無くシーザを始めとしたシルタンス国軍。その眼差しの意味を正しく知る二人は理解を示しはするものの、どこか納得出来ない複雑な感情を、それぞれ態度や空気に滲ませる。


「ま、糧食もそんなに持ってきてないし。日が暮れる頃には撤収の方向で」


言い終わるなり欠伸を一つ大きく放ち、また何事もなかったかのように仰向けに寝転び夢の世界に潜り込むグラビスト。


どこか冷徹……というよりは無関心な性格を思わせる己の上官に思うところはあれど、信頼に足るだけの実力を示してきた男の言葉に、二人は顔を見合わせてから小さく肩を竦めて「了解」と呟いた。

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